第6話



 ガン! ガゴン! ゴツ! ガン!ガン!! ガギン!


「――って、まだ話してる最中だったんだけどっ!?」


 ガバっと起き上がってから目の前に居るゴブリンの頭を左右の手でそれぞれに掴み、立ち上がった勢いをそのままに地面に向かって叩きつけた。

 そしてそのまま腕力だけ二匹のゴブリンを持ち上げ、奴らに向かって返投へんとうして上げることにする。


「フンッ! ヌンッ!!」


 放り投げられたゴブリンに巻き込まれて吹き飛んでいくゴブリンズ。

 それなりに力を入れて投げたつもりだが、ぶん投げたゴブリンの速度は甲子園には出られる程ではなかった。残念である。


「ちょっと油断しすぎたが、自分でも驚きのハードボディで無傷のままだな。今なら銃弾でも弾けるようなきがする。怖いからやらないけどなっ!」


 軽く自身の身体を見渡して見るが、アレだけガツガツやられても特に傷一つ付いては居ない。

 コレなら……


「いける!!」


 自分に言い聞かせるように言いながら、地面を蹴るように駆け出した。

 身体が軽い! 元の体とは打って変わって、全身に力が漲る。

 一足で一番近くに居た相手の懐に飛び込んでしまった。


「あれぇええ!?」


 ドンッ!!!

 と、まるでタックルを決めるように飛び込んでしまったのだ。


 バランスを崩して巻き込むように倒れ込む、俺とゴブリン。

 こういった説明の仕方をすると、途端にキラキラした少女漫画のような雰囲気に成るから不思議である。


 実際は、アクションシーンに失敗したヒーローと戦闘員といった構図でしか無いのだが。


「あたた……力の配分が難しいな―――って、うぉッ!?」


 首を左右に振って自分に言うように口にした所で、俺は組み伏せるようにしていたゴブリンの事に気がついた。

 思わず『クッ!』なんて小さな呻き声を漏らしながら、俺は押さえつけるようにしていたゴブリンに拳を振るう。


 グシャリ……っ!


 ―――うぅ、やはり力も加減が難しかったようで、軽く振るったつもりの拳はゴブリンの頭を熟れたトマトのように簡単に潰してしまった。


 拳に伝わる微かな感覚に、ちょっとだけ胃の奥から込み上げるモノが有る。


 つまりだ、感覚が追いつかないのだ。

 今までのんべんだらりと生活をしてきたツケが出てきているようだ。

 急激に身に付いた力を持て余してしまうのである。


「えぇい、おのれ……ッ!」


 まるで悪役のようなセリフを吐きながら、俺は立ち上がってゴブリン達を睨みつける。こんなことなら最初から破壊光線を撃っておくんだった。

 周辺環境なんて気にしないで於けば、今頃は任務完了だったはずだ。

 まぁ、どこからの任務なんだ?って気もするが。


 格好良く何とかしようってのがそもそもの間違いだったんだ。

 多少不格好でも確実な方法で……


「ふんッ!!」


 適当に近くに居たゴブリンを捕まえると、そのゴブリンの腕を掴んで力任せに振り回す。

 やはり今の俺の力は凄いものだ。

見た目からすると数十キロは有りそうなゴブリンが、まるで羽か何かのように軽々と振り回せる。

 これは……まさか伝説の聖剣、ゴブリンスレイヤーっ!?


 ―――って、冗談だが、ゴブリンのことを鈍器のように振り回し、迫り来る連中を千切っては投げ千切っては投げ―――と、急に腕に感じる重みが減ってしまった。


「うぇ……本当に腕が千切れてる」


 モザイク修正物のグロ画像だ。

 周囲を見渡すと、恐らく自分が振り回していたであろうゴブリンがボロボロの状態で転がっている。

 自分で殺っておいてなんだが、結構来るなコレは。


 だが連中はこんなことで戦意喪失するほど殊勝ではないらしい。

 コッチとしては、この世界で最初に追い掛け回された恨みは在るも末代まで祟ってやると言うほどでもない。


 なので相手が逃げるのなら追うつもりもないのだが


「ゴブブ、ゴブゴブブブっ!」


 何を言ってるのかはサッパリだが、戦意が衰えてないことだけは良く解る。

 全員が目を血走らせて、武器を構えて突撃をしてくるからな。


 掛かる火の粉はなんとやら、で。

 今度は直接拳や蹴りを使って千切っては投げを再開する。

 殴り、蹴り、一撃毎にゴブリン達はひしゃげ、潰れ、弾けていく。


 だが、


「ちょ、ちょっとタンマ、俺のグロ耐性が底をついた……」


 飛び散る血飛沫や臓物と香り。

 実際は臭いなんて感じちゃいないのだが、イメージが俺の鼻を刺激して鉄臭さを再現してしまう。


 御蔭で胃の奥からせり上がってくる酸っぱいものが……うぇ

 コレはダメだ。

 動くと吐き気が加速されて………。


「ちょ、ちょっとどうしたのよ! もうチョットじゃない!」

「お願いします! 頑張ってください!」


 オイ、巫山戯んな。

 勝手なこと言うなよ、もう吐き気が凄くてこれ以上は―――あ、これはアカン。

 口、口の部分を開けないと!


「限界だ……深呼吸を――――ゥオロロロロロロロロっ!?」


 口の周りを保護していたパーツが左右に開き、外気に触れた途端にナマの臭いが飛び込んできた。

 其処で俺の我慢は決壊し、耐えに耐えた液体がキラキラと輝いて溢れ出す。


「――――………ハァハァハァ、胃液しか出ないかと思ったら、思いの外に出てきたな。ぅ、うぇ……」


 口の中が酸っぱい感じがして気持ち悪い。

 水で濯ぎたいよ。


 だがお陰で吐き気も回復した。

 コレなら残りのゴブリンを倒すくらいは出来そうだな。


「―――ウップッ!!!」

「ちょ、ちょと大丈―――う!!」


 心機一転に頑張ろうかと思っていたら、不意に背後から届く嫌な合唱。

 音を聞くだけでどうなっているのか想像できる。あーあ。


「もらい○○、か。なんかゴメンな?」


 恐怖と疲労、そして緊張感と、まぁ、俺の吐き出したキラキラした液体の匂いが引き金になったのだろう。

 切っ掛けを作った俺が言うことじゃないが、女の子のこういった姿を思い浮かべると何だか居た堪れない気持ちになるよな。

 キラキラした『何か』を吐き出しているであろう二人に心の中で謝罪をし、やる気が一気に低下しつつもゴブリン達に視線を向ける。


 すると、


「ごぶ、ごぶぶぅ………」


 連中も明らかに戦意を低下させていた。

 ざわざわとさせながら、連中は俺の足元と背後の二人の足元に視線を向けている。

 いや、かなり失礼じゃないか?

 試しに一歩、足を踏み込むとゴブリン達は後ろに二歩下がる。

 更に一歩踏み込むと、今度は三歩後ろに下がった。


 いやいやいや、途轍もなく失礼だぞっ!


「おいっ!」

「ゴブっ!? ごぶ! ゴブゴブブ!!?」


 声を荒げて襲いかかる素振りを見せた瞬間、ゴブリン達は恐慌を起こして我先にと一目散に逃げ出してしまう。

 コレは、なに?

 え? 『キラキラした液体』を吐き出した結果、匂いに彼奴等がやられたって事なのか?


「凄い、理不尽……」


 去っていくゴブリン達の背中を呆然と眺めた俺は、あまりの出来事に悲しくなってしまった。


 超格好悪いよ。


 ガクリっと項垂れてしまいそうに成るが、取り敢えずは救出作戦完了である。

 「はー……」っと溜め息を吐きながら女の子たちへと振り返ると、


「駄目っ! こっち見ないで!」

「………ダメです、絶対!」


 なんて、何かの標語のような静止をかけられた。

 意味が分からん。

 もう周りにはゴブリン連中は居ないのだし、いい加減緊張状態を解除したいんだ、こっちは。


 二人の願いを無視するように体ごと振り向くと、其処には


「あぁ、なるほど。忘れてた」


 『キラキラした液体』を前に半裸の女の子たちが蹲っている構図が展開していた。

 眼福と言えなくもないが、うん、なんと言うかゴメン。


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