第7話



 ズタズタに成った服はどうしようもなく、最終手段として二人は胸元と腰回りに巻きつけるようにすることで局部を護ることにしたようだ。

 ソレはソレで目の保養に成るのだが、口にすると色々とアレなので言わないでおこう。


 一応はゴブリンの身に纏っていた服?というか布切れ?を使ってはどうかとも言ったのだが、何やら凄い蔑むような怒りを込めたような視線を向けられた。


 まぁ、俺もソレを身に付けろと言われたら似たような反応をすると思うので、コレばかりは此方が考えなしだったと反省している。


「取り敢えず、有難うございました。危ない所を助けて頂いて」


 一段落した所で、女の子の片割れ、セミロングの髪の毛をした女性が頭を下げてくる。

 チラチラと見える四肢はそれなりに筋肉が浮いていて、少なくとも俺よりも運動を良くしていることが伺える。

 言わば健康的な肉体というやつだ。


「ほらアイーシャ、貴女も」

「うん。……ありがとうございました」


 と、促されるように今度は内ハネショートの女の子が頭を下げてくる。

 先の女の子と比べると筋肉量は少なめ、だが程々に肉付きは良いので女性らしさが其処には有った。


「いや、こっちこそ。色々とスマートに行かなくてゴメン」


 本気で思ってのことだが、もう少し格好良く立ち回ることが出来れば良かった。

 しかし現実は残酷で、俺達はお互いに無様な状態を晒してしまっていた。


「―――あーうん。いえ、あのままだと私達は揃ってゴブリンの慰み者になってただろうし。助けてくれて本当に感謝をしてるわ」

「うん。私も途中まで、『死にたくない』と『死にたい』って言葉が頭の中で交互に浮かんでたもん」


 死にたくないと死にたいが交互か。

 すごい状況だ。

 死にたくないって感情ならば、数時間前に俺も経験したばかりだから良く解るんだけどな。


「あ、そうだ。自己紹介をしましょう。私はミィナ。見て解ると思うけど冒険者よ」

「わ、私はアイーシャです。ミィナと同じく冒険者をしていますっ!」


 多少の落ち着きを持って話してくるミィナと比べ、アイーシャの方は慌てるように言ってくる。

 流石にそう簡単に落ち着けってのが無理だろう。

 だが、『見て解ると思うけど』って言われてもなぁ。


 今の俺に解るのは、半裸の女性が目の前に居るってことだけだぞ。

 でも、やっぱり居るんだ。冒険者。

 ってことは、最初に俺に声をかけてきた剣士っぽい奴もそうなんだろうか?


「ミィナにアイーシャね。了解」

「えぇ………」

「うん………」

「…………………俺の自己紹介待ちだったりする?」


 首を傾げて聞くと、目の前の二人は『とうぜんでしょう』と言いたげに頷いてきた。

 まぁ、そりゃそうだ。


 だがコレはチャンスじゃないか?

 天空神の奴は、名前を広めろとか言っていたし。


 少し考える素振りをした俺は、意を決して視線を上げた。


「コホン! えーっと、よく聞け。私は神だぁ!」

「………」

「………いや、そういうのは良いから。ちゃんと名前を教えてよ」


 恥ずかしさを堪えて言ったのに、呆れたような視線と言葉で返された。

 いや、そりゃそうだよな。

 俺だって目の前でそんな事言ってくる人が居たら同じ反応を返す自信があるもんな。


 でもだからってさ、


「ねぇ、大丈夫かなこの人。もしかしたらゴブリンよりも危ないんじゃ」

「戦闘力としては遥かに危険でしょうけど、マトモな部分もあるって祈りましょう」


 そんな会話を人の目の前でするなよ。


「ごめんなさい。調子に乗りました。俺は村雲奏むらくもかなでって名前の、その辺に掃いて捨てるように居るチンケな学生です……。

 しかも道に迷って右も左も分からない様な有様です………助けてください」

「あ、な、なんかゴメン。そんなに落ち込まないでよ」

「ミィナがキツイ言い方するから……」

「私の所為なのっ!? アイーシャだって似たようなものじゃないの!」


 いや、そうなんだよな。こんな格好しているけど俺はただの学生だし、訳の分からない土地に一人放り出されて行く宛もない。

 なんか色々とへこむなぁ。

 あと、二人共基本的には同じくらい俺の心を抉ってるのであしからず。


「そ、それにしても! 学生ってのは本当なの? その格好は普通の学生には見えないんだけど」

「そう、そうですよ。ゴブリンと戦ってるときも動き―――は少し精彩を欠いてましたが、凄く力強かったですし!」


 なんだか気を使わせちゃったみたいで申し訳ない。

 相変わらず素直に受け止められない言葉が端々に見られるし急な会話の逸し方だが、しかし今はそれに乗らせて貰おう。


「学生っていうのは本当だよ。この国?のじゃあないけどな。ただ気が付いたらこの辺りに居て、色々有って今は此処に居る」

「気付いたらとか、色々ってなに?」

「説明するのが難しいんだ。大変な目にあったってことで、理解してくれると有り難い。

 それとこの格好は……どうやったら元に戻るんだろうな? 脱げないんだけど」

「あ、ソレが基本的な容姿じゃないんですね?」


 元に戻ることを今更になって考えると、アイーシャが当たり前のことを言ってきた。

 こんなメタルメタルした格好が標準の見た目だったら嫌だよ。

 普通の鎧なら、何処かに留め金か何かが有ると思うんだが。


「気づいたら俺もこんな格好になってて困って―――うぉっ!?」


 元に戻れ―――と頭の中で考えていると、急に身体を包んでいた圧迫感が消失して外気に晒された。

 驚いた声を上げるも、見れば元通りのパーカーにシーンと言った服装になっている。


「も、戻ったな。………はぁ、一先ずは良かった。一生あのままかと思ってたからな。これで心配の一つは解消されたよ」

「なんだか、複雑な事情があるみたいね」

「まぁな。複雑過ぎて頭が痛いよ」


 玄関開けたら異世界に居て、ゴブリンに命を狙われて川に流され、神と合体して人助けをして今に至る。

 もう一生分のハプニングを経験したんじゃないかな。


「あ、思い出した! ねぇミィナ、彼処のゴブリン達の討伐部位……」

「あぁ……でも、うーん」

「なんだ?」


 思い出したように声を上げたアイーシャにミィナもハッとして眼を丸くした。

 しかし何かを伺うように此方に視線をチラチラと向けてくる。

 あれ? ちょっとだけ胸元とか太もも回りに視線を向けていたのがバレたのかっ?


「ねぇ、その、貴方が倒したゴブリンなんだけど」

「アレがどうしたのか?」

「いえ、その、討伐部位を切り取っても良いかなって」


 恐る恐ると言ったふうに尋ねてくるが、多分『〇〇を倒しましたよ』という証明になる場所のことだろう。

 先程この二人は冒険者だと言っていたし、ゴブリンというのも倒すとお金に成るのかもしれない。

 昔は地球でも、狼や虎なんかの肉食獣は賞金が掛けられたりしたって言うからな。


「まぁ、元々助けるのが目的で倒しただけだから好きにしても良いよ。

 素面で其処のスプラッタに近づく勇気が俺には無いし」

「本当にっ!?」

「本当に」

「よし。言質は取ったわ! アイーシャ、やるわよ!」

「うん。準備してた」


 パッと笑顔を浮かべたミィナは、はつらつとした様子でアイーシャとスプラッタな現場へと近づいていく。

 そして腰から大型のナイフを引き抜くと、次々とゴブリンの右耳を切り落としていった。


「1つ、2つ、3つ………フフフ。これなら壊された装備や服装を新調しても結構なお釣りが来るわね」

「それどころか、もうワンランク上の装備を買っても平気そうだよぉ!」

「待って待って、流石に其処まで贅沢するのは拙いわよ」

「じゃあ、帰ったら美味しいご飯を食べるのは?」

「それなら良しっ!」

「きゃー! なに食べようかなぁ!」


 何ともわくわくドキドキな会話である。

 女子らしいといえば女子らしい。

 ナイフ片手に耳を切り落としている場面でなければ、俺もホッコリしながら見ていられただろうに。


 あぁ、エグい。

 俺には無理。

 精肉工場の人って凄いな。

 今になってだけど、本気で尊敬するよ。



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