第8話




 一通りの作業が終了したようで、二人は切り取ったゴブリンの耳を適当な布に包んで纏め上げた。

 ちなみに俺は途中で見ているのが辛くなって空の青さを眺めていたよ。

 異世界でも地球と同じく空は青い。

 大発見だろ?


「ありがとう、カナデ。御蔭で何とか食いつなぐことが出来そうよ」

「うん。命を助けて貰っただけじゃなく、お金の方まで助けて貰っちゃった」


 パレオにチューブトップ。そして腰元に差した剣やら杖やら。

 下着を身に着けているものの、担ぐようにゴブリンの耳が入った布袋を持つ二人のことを、なんとなくアマゾネスと考えた俺は悪くはないだろう。


「いいよ。どうせ俺には価値がいまいち分からないし、ゴブリンとは言え耳を切り落とす事に抵抗があるから」

「そう言えば、カナデって学生さんって言ってたもんね」

「私もぉ、最初は怖かったですよぉ。でも何度かやればカナデ君も出来るようになりますよぉ」


 要は慣れってことだろうが、出来れば慣れるような状況になりたくはない。


「思わぬ収入になったけど、この格好で野宿するのは嫌ね。アイーシャ、まだ動ける?」

「ちょっと疲れてるけど、野宿が嫌なのは私も一緒だよぉ」

「じゃあ、ねえカナデ。私達はこれから街に戻るけど、カナデも一緒に行かない? さっき言ってた話の内容だと、カナデはこの辺りに詳しくないんでしょ?」

「うん。まぁ、この辺りというかね」


 世界全体見渡しても詳しくないよ。

 仮にアジアンテイストな街並みがあっても、俺には何処が何処やらだからね。


「街が何処に有るのかとか、俺にはサッパリだからね。一緒に行っても良いなら、寧ろ御願いしたいくらいだよ」


 まぁ、多分もう一度さっきみたいな格好に変身して人の多く居そうな場所を探せば街に辿り着けるんだろうが。

 アレをやると頭が痛くなるからやりたくはないな。


「ここからなら、多分街まで2~3時間くらい歩けば着くと思う。急げば夜になる前には到着できるわ」

「夜にこんな格好で外を彷徨くとか絶対に嫌だよぉ」

「え、2~3時間?」

「大した距離じゃないけど急いだほうが良いわね」


 歩いて2~3時間って、大した距離じゃないんだ……。

 今居る場所は若干開けた場所だから良いけど、向かう先は鬱蒼と生い茂る森の中だろ?

 俺、体力持つかな。


「それと、カナデ。もしもの時は一緒に戦ってね」

「え? 戦うって、俺が?」

「だって私達こんな格好だし」

「さっきの規模でゴブリンが来ることはないと思いますけど、私達が無理して戦うよりもカナデ君が戦ったほうが確実そうだもんねぇ」


 二人の言い分に思わずひよこ口に成ってしまう。

 確かにさっきまでの俺は、ゴブリンに集団でタコ殴りにされても傷一つ付かなかった。

 よ~いドンで戦う場合はこの二人よりも戦えるのかもしれない。

 けど、俺は今の状態では普通の人間と変わらない様な気がする。

 寧ろ二人よりも弱いんじゃないか?

 まぁ、だが、しかし……


「………まぁ、解ったよ。ギブ・アンド・テイクで行こう」


 悩んだ結果、戦闘は俺が行うということで了承をした。

 今現在、俺は自分に何が出来るのか良く解っていない。

 だがソレを一つ一つ実証していくには時間が足りなさすぎる。


 野宿が嫌なのは俺も一緒だし、此処は潔く頷いておこう。



 ※



 ウルトリア王国の首都より北へと離れた場所にある街、バンゲリン。

 更に北へ向かえば大森林と霊峰と呼ばれるラールブル山脈が広がっていて、自然環境の豊かさから冒険者と呼ばれる者達が集まり易い街である。


「よ、ようやくだ。もう少しで街に入れる……っ!」


 肩で息をして情けない台詞を口にしたのは何を隠そう俺だった。

 森の中を突っ切るように歩き続けて3時間ほどで平地に出られ、其処から街道沿いに歩いて1時間ほど。

 そんな道程を越えてやっとの思いで目的の街への入り口が見えてきたのだ。

 遠目から城壁のような街の囲いが見えたときは、ほんの少しだけ感動してしまったよ。

 予定より時間が掛かりすぎ? 俺のせいだよ。悪かったな。


 で、現在は街へ入るための順番待ち。

 入り口で番兵の人が街へ入ろうとしている人達を捌く列に並んでる。


「カナデって、アレだけの戦闘行動が出来るのに不思議なくらいに体力が無いのね?」

「荷物を持ってる私達よりも足が遅いとは思わなかったですよぉ」

「………クッ、言葉の刃が痛い」


 結構グサッと来る一言をありがとうございます。

 本当にさ、今の俺って神様と合体したはずなのに元々の体力とかに変化がないとかどういう事なんだろうね?

 あんなに痛い思いをしたのに、あまりにも理不尽じゃないか?


「まぁ、此処まで来るのに戦闘行動が無かったのは良かったわね」

「そうだねぇ。安全無事に来れたもんねぇ」


 あぁ、戦闘が無かったのは本当に良かった。

 ソレに関しては俺も同意するよ。

 疲れてる所で襲われるとか、本気でシャレにならん。

 いや、まぁ、そもそも解らないんだけどさ。

 疲れてる状態で変身するとどうなるのか、そもそも変身が出来るのかどうか。


「あ、そろそろ私達の番よ。アイーシャ、身分証を出して」

「はーい」


 ぞろぞろと、動いていく列ももう直ぐ終わり。

 俺達の順番まで後少し、しかしチョット待ってくれよ。


「街に入るのに身分証が必要なのか?」

「当たり前でしょ」


 そんな当たり前を俺は知らん。

 ゴソゴソとやっている二人を知り目に、俺は平静を装いながら同じ様にゴソゴソしてみる。

 うーん、学生証じゃダメだよな。やっぱり。


「次っ!」


 大きな声で呼ばれ、俺達は3人揃って門番の前に歩いていく。

 ズイッと先に歩を進めたのはミィナである。


「はい。ギルド登録証」

「うん? お前は朝方に出ていった、ゴブリン討伐隊の一人だな? 随分と遅い―――あぁ、なんだ。その、大丈夫だったか?」


 門番の男性はミィナの顔を覚えていたようだが、彼女の格好を見て心配そうに表情を歪めた。

 そして視線を後ろに控えているアイーシャへと向けると、更に眉間の皺を深くする。

 まぁ、元々はそれなりの格好をしていただろう二人が、夕刻に戻ってきたらズタボロのボロ布の様な物を纏って帰ってきたんだ。

 しかも性欲旺盛なゴブリンの討伐から。

 そりゃあ、ねぇ?


「………辛いことが有ったとは思うが、ヤケになったりするなよ?」

「何を想像したのか何となく解るけど、違うからね!? 私もアイーシャも清いままだから! 変な想像しないで!!」

「お、おう。そうか」


 ミィナの気迫に押され、門番はたじろいでしまう。

 まぁ、実際に二人が無事なのは本当だからな。


「じゃあ確認するぞ」


 門番はミィナから渡された登録証を水晶に当てると、其処に文字が浮かび上がる。

 って、おいおい。

 何語だか分からん文字が浮かんでるのに、不思議と書いてあることが理解出来るぞ?


 やべぇ。初めて神と同化したって実感が湧いた。

 変身してたときは、アレはどちらかと言うと知らない間に改造されたような、よく分からない武器を振り回してるような感覚だったからなぁ。

 え、ミィナの奴、俺よりも3つも若い。15歳だと?


「―――えーっと、登録証の確認は済んだぞ。Fランク冒険者ミィナ・プリウム入ってよし」

「やっと街に入れる。……ったく。早く新しい服を買わないと」


 溜め息を吐き、ミィナは一足先に門を潜ってしまう。


「次は―――えっと」

「私も何ともありませんから」

「解った。解ったから睨むな。えぇっと、Fランク冒険者のアイーシャ・ミニッツだな。通ってよし」


 ムスッとしながら登録証とやらを渡したアイーシャはさっさと確認が済んでミィナと合流をする。してしまう。


 そして


「次っ!」


 ついに俺の番になってしまったか。


「じゃあ、身分証を出して」

「はい」


 何食わぬ顔で懐から学生証を取り出して門番に渡す。

 そしてそのまま横をすり抜けるようにスススっと、


「待て! 勝手に入るな馬鹿者が!」


 残念。門番からは逃げられない。

 グイッと肩を掴まれて中に入ることは出来なかった。

 

「ったく。そもそも何だこりゃ? 身分証のつもりか?」

「えーっと―――」

「良く分からん変な紋様の羅列が書いてあるが、何かのいたずら書きか」

「いや、それは―――」

「そもそも、街に入るための身分証がこんな物で良い訳ないだろ」

「まぁ、確かに―――」

「身分証が無いなら無いで、ちゃんと言え。そういった常識を持ち合わせるのは、社会人として最低限の礼儀だぞ」

「……」


 すいません。お願いだから喋らせてよ!?

 此方が何かを言う前に次々に捲し立てられては、何も出来ないし何も言えない。

 俺にも少しは弁明の機会をちょうだいよ!

 まぁ、幸いにしてイキナリ捕まえようとしてくるなんてことは無かったから良かったけど―――


 ガチャリ!


「え、がちゃり?」

「取り敢えず、身分証がない奴はこっちの詰め所に来てもらう」

「何これ。手錠?」

「そうだな、手錠だ。逃げられたら困るからな。おーい! 身分証無しの奴だ! 詰め所に連れていけっ!!」

「え? いや、嘘でしょ! だって俺、悪いこと何もしてないって! ちょっと!?」


 気づけば俺の両腕にはカッチカチの鉄の輪っかが嵌められていて、新たに現れた鎧姿の門番Bに連行される事になっていた。

 急転直下すぎる。なんだよこの物語は!?


 この後の展開が予想できない俺は、視線をミィナとアイーシャの二人へと向ける。無論、助けての意味を込めてだ。

 だが二人は俺のことをポカーンとした表情で見つめているだけで………。

 いや、いやいやいや!

 ポカーンとしたいのはこっちの方なんだけど!?



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