第12話

「おい、サッサとコッチに運べ!」

「は、はいっ!」


 現在、俺はキッツい怒鳴り声に晒されながら倉庫整理の仕事に従事していた。

 場所はギルドが保有している倉庫の1つで、冒険者が日々運び込んでくる品物を管理保存するための場所だ。

 それなりに大きい街であるこのバンゲリンのギルドは、ソレに比例して冒険者の数も多く、納入される品物も多数に上るようだ。

 その為か倉庫整理の仕事は常に人手不足となっているらしい。 


 しかし、コレは正直に言ってかなり辛い。

 自虐発言では有るが、俺は肉体派から程遠い人間を自負している。この先、元の世界に帰る方法を探すにしても、自分の足で情報を集める必要が有る。其のためには先ずは体力が必須だというのも頭では理解しているのだが――


「体力が付く前に、明日の筋肉痛が怖いっ!」


 情けないことにヒィヒィ言いながら荷物を運ぶ俺の姿は、他所から見れば随分と情けないモノに見えるのだろう。


「フラフラすんな! ヒョロヒョロな体しやがって、飯食ってんのかオマエは!」

「すいません! 今日はまだ食ってません!」

「だったら食えるように働けアホが!」


 何処の軍隊だ? と言いたく成るほどの怒声を浴びせられる。

 昨夜は朝まで飲み食いをして、そのまま仕事に来てしまったので朝ごはんと呼べるものは摂っていないのだ。

 まぁ、彼等からすれば俺みたいなヒョロい人間が何の役に立ってるんだ?ってな感じだろう。

 なんだかゴメンよぉ……。


「全く糞の役にも立たないような小僧だな! キン○マ付いてんのか!」

「見せられませんが付いてます!」


 ヨタヨタとしながら木箱を運ぶ俺に何度も怒鳴り声を叩きつけてくるのは、このギルドで倉庫管理をしているオッサン。

 名前はまだ聞いていないから知らないが、オッサンなのは間違いがない。

 推定年齢40歳だ。


 ついでに言うと、俺が大声で返事をしてるのは最初にそう言われたからだ。

 決してオッサンの耳が悪いわけではないらしい。

 あぁ、しかしコレでは、確実に明日は筋肉痛だ。

 体力が付く前に俺の精神が摩耗してしまうんじゃないか?


「何してんだ小僧!! さっさと運ばねぇと、今日の仕事が終わらねぇだろうが!」

「申し訳ありませんッ!」


 言われて次の荷物を取りに俺は走る。

 因みに俺が一つの箱を運ぶまでに、オッサンは最低でも3つは運んでしまう。

 うぅ……情けない。


 しかし、オッサンの筋肉は凄いな。

 俺もこの仕事を続けていたらあんな風に筋肉が付くんだろうか?

 オッサンの腕、俺の2倍くらい有るぞ。


「……てめぇ、何を人のことジロジロ見てんだ? 俺にはその気はネェぞ」


 俺だって無ぇよ!!?



 ※



 就業開始から数時間後。

 手足がブルブルと震えて俺の身体は使い物にならないくらいに疲弊してしまった。

 何せ何かを持ち上げるどころか、立っていることさえ困難なくらいに弱っているのだ。所謂、生まれたての子鹿状態。


「ったく、オマエよりも年下のガキだって、もうちっとは仕事が出来るぞ? いったいどんな場所で育ってきたんだ? 情けねぇ」


 現代日本です。ごめんなさい。

 呆れたように言うオッサンの言葉が胸に刺さる。自分のひ弱さが情けないとも思うが、これじゃ本当に邪魔をしに来たようにしかなっていないことに、申し訳ない気持ちで一杯になる。


「まぁ、しょうがねぇ。誰にでも得手不得手は有らぁな。今日はコレで終わりだ。明日、また気が向いたら働きに来い」


 と、オッサンは俺にそう言ってこの日の賃金を俺に手渡してくれた。

 しかも、こんなにも役に立っていない俺に対して通常通りの賃金を……。


「オッサン……給料を差っ引かないでいいの? 俺、何の役にも立ってないんじゃ?」

「まぁ、確かに人並みの仕事をしたとは言えねぇがな。だからって流石に何の役にも立ってないってことぁねぇ。オマエは出来る範囲で働いてんだ。真面目にな。手ぇ抜いてあの様だってんなら俺もぶっ飛ばしてるが、本気でやってるのだけは分かったかよ、その賃金は正当なものだぜ?」


 お、オッサン……。

 思わずウルッと成るような事を言ってくれる。

 俺、この世界に来てから涙もろくなったかも。


「ありがとう、オッサン。超格好いいよ」

「馬鹿なこと言ってねぇで、宿舎に行ってさっさと休め。10日後の試験を受けるんだろ。だったら早く休んで、明日の仕事に備えとけ。明日も何かしらの仕事をしないと、ギルドの宿舎も追い出されるぞ」


 そうだった。

 世知辛い世の中で今の俺は生きているんだった。

 いや、まぁ、元の世界も十分に世知辛い世の中だったが、今は其処にプラスαみたいな感じだ。


 とにかく休もう。


 オッサンに礼を言って先に上がらせて貰った俺は、職員に聞いて充てがわれた部屋へと移動する。


 当然だが其処は個室ではなく共同の部屋だった。

 それでもベッドが二つとなっているので、それ程に窮屈感は感じない。

 最悪、カプセルホテルみたいな物を想像していただけに有り難いことだ。


 先に寝泊まりをしている人物が居ると言われたのだが、どうやら席を外しているようだな。

 もしかしたら、まだ仕事から帰って来てないのかもしれない。


「――ふぅ……死ぬ」


 ボスん! と、綺麗に整っている方のベッドに身を投げた。

 このまま寝てしまいたい欲求に駆られるが、そうも行かない。


「このまま寝たら、確実に明日は筋肉痛だな」


 出来れば風呂に入って入念なマッサージでも受けたい所だが、しかし今現在の俺は金もなければ身分もない。

 受けたいと思ってもそうは行かないのだろうな。


「……えーっと確か、筋肉痛ってのは筋繊維の損傷のことだから……何か回復を早める方法でも分かると良いんだけどなぁ」


 そう言って枕に顔を埋めながら、俺は天空神の記憶を掘り起こす。

 Q&A方式で答えてくれないものだろうか?

 次々に浮かぶ映像や言葉の羅列。それらを吟味すること1時間。


 魔力と呼ばれる何かを身体の中で循環させることで、体の機能を高められる事が解った。

 なんともファンタジックな話だが、一応とはいえ神と同化した俺もそのファンタジーな一員なのだろう。

 問題が有るとすれば、魔力という言葉がどういうものなのかが分からないってことだ。


 いや、当然だろ? そもそも、変身していたのだって俺が狙ってそうなっていた訳じゃないんだから。


 だがそうなると……


「今の俺って、変身できるのか?」


 ガバっと起き上がり、頭に浮かんだ疑問を口にしてみる。

 確かに元の状態に戻った時は自分の意志だったが、変身していたのは自分の意志とは関係がない。

 もしもこれから先、何かしらの荒事をやっていくのであれば変身できた方が良いんじゃないのだろうか?


「―――……変身」


 口にした瞬間、身体が眩しく光を放つ。

 次の瞬間には全身を白い装甲が覆い、俺の視界は広範囲に伸びるように周囲の状況を捉えられるように成った。いや、視界自体は変わらないんだけどさ。ズーム機能とか、便利な事が出来るように成ったってこと。


 そして、変身することで


「あ、ちょっと疲れが抜けてきたかも」


 魔力云々の効果が出てきたのか、体中に重く伸し掛かっていた疲れが少しづつ楽になっていくのを感じた。

 だが元が地球人なためか、魔力がどうした―――とか言われても、何が何やらサッパリである。

 おそらく、神であるヴォルバーグと合体したからこその効果なのだろうが、自分でどうやっているのか理解が出来ない力というのは嫌な気分だ。


 コレが才能あふれる天才君ならば、『魔力ってのはコレか』みたいな事が出来るんだろうが、残念なことに俺にはそういった才能は無いようだ。


 あぁ、しかしこの状態は凄いな。立ち上がることすら億劫に成っていたのに、ものの1~2分で力が溢れるような状態になってきたぞ。

 コレなら、明日からの仕事はこの格好でやった方が良いんじゃないかな。


 ちょっと想像してみるか? …………うーん、駄目だな。

 余りにも怪しすぎる。力的にはゴブリンと戦った際の感覚からするとだが、今日やった程度の仕事ならホイホイと出来そうではある。多分、同じ仕事量でも1時間と掛かるまい。

 だけど、なんだ。それは流石に、ちょっとズルいよな。せめて他の頑張ってる人達と同様に、少しづつ体力を付けていくべきだろう。

 まぁ、こうやって一気に回復してるのもズルと言えばズルなんだけどさ。


「―――お?」


 体の疲れが急速に回復していくに従って、不意にお腹が『クー』っと音を立てた。


「成る程。体の代謝が上がって体の状態を良くしたから、その分だけ身体のエネルギーが不足してるのかな?」


 長時間このままで居たら簡単にダイエットでも出来そうな気がするが、どうなんだろうか?

 だが少なくとも、明日からも仕事の後には変身をしたほうが良いかもしれない。強制的にとは言え肉体を活性化出来れば、俺自身の自力も早い内に付いていくだろう。


 さて、ソレはソレとして食事だな。

 昨夜と同じく、ギルド直営の店で安くて大量の飯を食べるとしよう。

 まずは変身を解いて―――


「―――あぁ~、もうマジで疲れたぜ」


 元の状態に戻ろうかと思った矢先、部屋のドアが勢いよく開かれた。

 思わず肩をビクッと震わせ、俺はそちらへと目を向けると、其処には背の高いイケメンが一人。

 赤色の逆だった髪の毛。高い身長とスラリとした四肢。とは言え俺のように贅肉が乗った状態ではなく、薄っすらと筋肉が浮いて見える鍛えられた身体をした男だ。


 そのイケメンは、部屋に居る俺に視線を向けた状態で動きをピタリと止めている。

 いや、まぁ、そりゃそうだろう。

 部屋に入ったら、全身を鎧のようなフィットスーツで覆った人物が立っているのだから。俺だって同じ状況に成ったら動きを止める。


「えっと、はじめまして」

「あ、あぁ、はじめまして」


 ペコっと頭を下げて挨拶をすると、相手も面食らいながらも挨拶を返してくれる。どうやら、思ったよりも愛想は良さそうだ。


「……あーっと、もしかしてルームメイトって奴か?思い出してみりゃ、ギルドの職員が相部屋だって言ってたもんな」


 イケメンの言葉に、俺の方も成る程と頷いた。実際、この部屋はベッドが2つの相部屋仕様だ。昨夜この部屋に泊まった時は一人だったが、今日になって新しいメンバーがプラスされたようである。


 だが、そのメンバーがイケメンさんだとは……自身の容姿との対比で苦笑いが浮かんでしまうな。


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神とはいえど楽じゃない 高知尾光 @nitro2708

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