第11話
「―――まだ終わらないの?」
と、職員との会話中に後ろから声がかかる。
首を捻って視線を向ければ、其処には笑顔のミィナが立っていた。
「早かったね、ミィナ」
「うん。結構な金額に成ったわ。なんと50万リル!」
「そんなに!?」
「まぁ、私も途中で幾つの耳を切り取ったのか数えてなかったからねぇ」
500000……。なんとも景気の良い話だ。
こっちはその十分の一の金額に頭を悩ませているというのに。
と言うか、女の子が耳を切ったとか言うなよ。
「登録なんて、パパーッと終わっちゃったでしょ。だから今日は、この後に3人で御飯に行きましょうよ!」
「御馳走ですね!」
「そうよ。御馳走よっ!」
途端に喧しくなったが、しかしこういった話をしている方が女の子らしい。
世界観や社会状況が違うのだから仕方がないとは思うが、出来れば血なまぐさい話は遠慮願いたい。
だが、それにしても
「あー、この二人は無視していいから。早く登録を済ませてくれ。………なんだか、こう、異世界転移物のテンプレをなぞってる気がして疲れてきた」
「てんぷれって何です?」
「もう良いから。余計なことを聞かないで仕事してくれよ。兎に角、な? さっさと早く寝たいよ」
「あ、仮登録をすれば、2週間はギルドの宿舎で泊まれますよ?」
「……野宿を覚悟してたから有難い話だけど、そういうのはもっと早く言ってよ」
※
「それじゃあ―――乾杯ッ!!」
「かんぱぁ~い!」
「……乾杯」
テンション高く盃を持ち上げたミィナの声に合わせて、アイーシャも陽気に声を上げた。
俺は残念ながら其処までのテンションはない。
なにせ明日から重労働の日々が待っているのだから。
「ん、ん、ん、ん―――ぷはぁ! エールって最高!」
「疲れた体に染みますよねぇ!」
「この呑兵衛共が」
楽しげに酒を煽る二人を他所に、俺は氷も入っていない温い水で乾杯だ。
この世界的にはどうか知らないが、俺の元居た世界では未成年なんでね。
「この良さが解らないなんて、カナデはお子様だね」
俺よりも年下な上に、体型まで実際に年下のアイーシャよりも平坦なミィナに言われたくはない。
Aってことはないだろうが、B? ……Cってことは100%有り得ないな。うん。
「まぁまぁ、ミィナ。カナデ君にもいずれ、この飲み物の素晴らしさが分かる時が来ますよぉ!」
「なに言ってるのよ。今わからないことが重要なんじゃない」
「………それもそうですね」
「ねー」
顔を僅かに紅潮させながら、アイーシャはポンっと手を叩いた。
その動きに合わせて胸が僅かに揺れて、その存在感を主張している。
隣りにいるミィナとの対比も有るだろうが、本当に14歳かコイツは?
あぁ、それにしても。女三人寄れば姦しいとか言うだろ?
二人でも十分に喧しいよ。
報酬と成った500000リルというのがどれ程の金額なのかいまいち分からないが、少なくとも端金と言う訳でもないのだろう。
飲んで、食べて、騒いでとやっているのだからな。
まぁ、もしかしたらこの飲食店の値段設定が安いという可能性もあるか。なにせ、ギルドの直営店とかって話だし。
はぁ………。ギルド直営の飲食店で打ち上げか。
順調に何かのレールを走ってるような気がしてくるよ。
「どうしたのよ、カナデ~? 何だか元気ないんじゃないの?」
「そうですよぉ。女の子二人と楽しく食事が出来るなんて、ソレだけでテンション上がっちゃったりしないんですか?」
それは、『私達は美少女です』って暗に言ってるわけか?
まぁ、可愛い部類には入ると思うが、残念ながらそういう目で見ることは出来そうにないな。
守備範囲外だ。
アイーシャは惜しいが、まだ年齢が子供すぎる。
「―――いや、少し気になることが有ってな。お前たち二人が受けた依頼って、いったいどんな依頼だったのかなって?」
口元を軽くナプキンで拭き取りつつ、俺は思っていた内容を誤魔化すことにした。
もっとも、質問したことも全く気にしていなかった内容というわけではない。
「依頼内容ですかぁ? えぇっと、最近森の方でゴブリンの出没が多く見られるように成ってまして。こういった大きな街の近くでは珍しいんですが、問題になる前に間引いてしまおうって話になったんですよ」
「そうそう。それで、参加自由の成果報酬型の依頼が出てたんだ」
「成果報酬型って?」
「殺ったら殺った分だけ報酬が出ますよって意味で―――」
「女の子が殺るとか言うなよ……」
「なんで?」
なんでって……何だかなぁ。どうにも女の子がそういった言葉を使うのに慣れない。
そりゃ此処は俺の知っている現代ではない事は良くわかってるつもりだが。
あー、このままこの世界で過ごすことに成ったら、この世界の常識にそのうちに慣れていってしまうんだろうか?
「はぁ。まぁ、良いや。それで?」
「そう? んで、成果報酬型っていうのは、ギルドからの特別任務の場合が殆どだからね。今回はゴブリンの討伐っていう比較的安全なモノだったし、通常の報酬よりも2倍近い金額が提示されていたしね」
「はい。それで私達も依頼に参加することにしたんですよぉ!」
明らかに依頼の選択ミスだったことを理解してるんだろうか、この二人は?
今こうして酒を飲み、料理に舌鼓を売っていられるのは、運が良かっただけだぞ?
後一歩で、ドキッ! ゴブリン達に捕まってR18―――な展開が待っていたというのに。それを無かったことかのように元気だとは。
いや、もしかしたら無理に元気を出して居ると言った可能性もあるが、どっちにしろ俺なんかよりも精神的にタフではあるようだ。
「まぁ、何にせよ。しばらくは私達もゆっくり出来るわね」
「そうですねぇ。とは言え、1週間もしたら新しい依頼を探さないと駄目でしょうけどねぇ」
「500000リルって、1週間くらいで使い切っちゃうものなのか?」
貨幣価値を正確に把握できていない状態でも、1週間は無いんじゃないの? と思うぞ。この二人のコレまでの言葉を考えるに、結構な金額の筈じゃないか。
すると予想通り、ミィナの方が呆れたような表情で溜め息を吐いてきた。
「そんな訳無いでしょ。でも、今回は駄目になった装備の買い替えもしないといけないからね。ちょっとした贅沢をして、後は少し溜め込んでおくってことよ」
「そうですよ。有るだけ使うなんて事、する訳ないじゃないですか」
「将来のためにも貯金しておかないとね!」
「うん。結婚資金!」
貯金なんてシステムが有るのか、この世界には。
そりゃ、大量の金を持ち歩いて行けるゲームなんかとは違うんだから必要な措置何だろうが、色々と進んだシステムも有るんだな。
だが、それよりも
「お前ら、そんな歳なのに結婚相手が居るんだ。凄いな」
コッチのほうが気になる。
だって14歳と15歳だぞ? 俺なんて彼女いない歴=年齢なのに、向こうは結婚のための資金を貯めるなんて言ってるんだ。
気になっても仕方がないだろ。
「……」
「…………」
「なんで黙ってるわけ?」
二人の雰囲気がザワッと変化する。まるで地雷を踏み抜いたような、そうじゃなければ正座で痺れた足を触ったみたいな……
「未来への投資だから」
「そうですね。私達は未来に向かって投資をしてるんです」
「……つまりは独り身か」
「うっさいな! 良いじゃないの別に!」
「そうですよ! 適齢期にはまだ時間がありますもん!」
「いや、なんでキレてるの? 別に馬鹿になんかしてないから」
14とか15で結婚相手が居るって方が、俺としては驚きに成る。寧ろその年令なら、精々が『彼氏が居る』って程度のほうが受け入れやすいよ。
だが、なんだ。
この世界じゃ、こいつらの年齢で結婚相手が居るってのが普通なことだったりするのか? だとしたら随分と生き急いでる世界だな。
昔の日本も若い内から結婚するのが当たり前で、20を超えたら行かず後家みたいな感じだったらしいけど……そんな感じなのだろうか?
「俺だって結婚相手は勿論、彼女だって居ないし。まぁ、おあいこだよ」
「そうは言っても、カナデは男じゃないか」
「そうですよ。女と違って明確な旬がある訳じゃないし。女の盛は短いんですよっ!」
「十代半ばで女盛りを語るとか、この世界にはどんだけロリコンが多いんだ」
現代日本の感覚で頭を動かしている俺からすると、そういった性癖は眉間に皺を寄せる案件だ。
まぁ、生物学的に言えば、二次性徴が始まれば問題はないらしいのだが……要はイメージ問題である。
「ロリじゃないです! ちゃんと胸だってありますからぁ!」
「そ、そうだ! 私だって、ちゃんと―――」
「いや、アイーシャは兎も角として、ミィナは嘘つくなよ」
「酷ぃッ!!」
腕を胸元で交差させながら自身の胸をアピールするアイーシャに便乗して、控えめな胸を張るミィナ。
失礼な話だろうが、左右に並んだ二人にそれぞれ視線を向けてから、俺は首を左右に振るのだった。
「ごめんなさいね、ミィナ。やっぱり私のほうが女性としては魅力的みたいですねぇ」
「し、脂肪の塊が私よりもちょっと大きいだけでしょ! 世の中には私みたいなスレンダー体型が好きって人だって一杯居るわよ!」
「でもぉ、その脂肪の塊が好きって人の方がその何倍もいっぱい居るんでしょうねぇ」
「脂肪の塊を自慢するなんて、そのうちククババみたいに成っちゃうんじゃないかしら!」
「ちょっ! ククババは酷いですよぉ!」
何やらヒートアップしていく二人他所に、俺は目の前の料理にフォークを伸ばす。因みに、ククババ言うのは猪を巨大化させたような生き物で、取れる時期にもよるが程よく締まった肉と適度な脂肪を兼ね備えた獣のことらしい。
ついでに言えば、今現在目の前にククババのステーキが存在し、俺はその肉をモキュモキュと食べていたりする。
いや、確かに美味いよ。ただ、もう少しソースに工夫が欲しい所だけど。
あとコッチのマッシュポテトも中々。出来れば、ポテトサラダみたいなのが食べたいんだけどねぇ。
「カナデ! カナデはどうなの!」
「そうですよ! カナデくん! カナデくんはどっちが好みなんですか!」
「んぁ?」
二人を放って食事をしていたのに、不意に鬼気迫った様子の二人が話を振ってきた。
面倒な話をコッチに振るなよ。どっちでも良いじゃねぇか。
だって、そもそも
「お前達二人とも、どっちも年齢的に守備範囲外だから」
「は?」
「……え?」
声を張り上げていた二人は、まるで冷水を浴びせられたかのように静かに成る。守備範囲外って言われたのそんなに意外だったのだろうか、俺は二人を無視するように再び食事にフォークを伸ばす。
あぐ……あぁ、大根おろしも欲しい。
「カナデ……あんた―――」
「カナデくんも、何だかんだで―――」
「「若いほうが良いんだ!!」」
「は?」
不意に、奇妙な所に落ち着いた二人の論理にフォークを落としそうに成ってしまう。料理に向けていた視線を二人の方へと持っていくと、其処には怒ったような表情を浮かべたミィナと、憐れむような、怯えるような表情を浮かべたアイーシャが居た。
「カナデのロリコン野郎ッ!」
「このペドフィリア!! 異常性欲者!」
「巫山戯んなっ! なに人様に勝手に変な属性つけようとしてんだ!」
「だって年齢が駄目だって言ってたじゃないか!」
「そうですよ! 私達は年齢的に駄目だって言ったじゃないですか!!」
「それはだなぁ―――」
グズグズとし始めてる二人に、俺は言葉の意味を説明しようとしてピタッと止まった。いや、そもそも年齢的に若すぎるから駄目だって意味で、歳を取りすぎって意味ではない。
だが、この二人のこの反応……もしかして、吊り橋効果的な何かで俺のことが好きになった、とか?
「ぉ、お前達さ、もしかして俺のことが好きなのか?」
「はぁ? 馬鹿なこと言わないでよ。キモ……」
「うわぁ……。流石に、其処まで自意識過剰な発言は引きますよねぇ……」
「……いや、だって、あの―――何なんだよ、お前らさぁ!?」
口元に手を当てながら蔑むような視線を向けてくる二人に、俺は女性の怖さをちょっとだけ感じるのであった。
まぁ、俺の勝手な勘違いが原因なんだけどさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます