第10話
「さて、私達は向こうのカウンターに行きましょう」
と、アイーシャは俺に笑顔を向けながら、ミィナが向かった方向とは違う場所を指さした。
「向こうって、もしかして登録?」
「はい!」
出来れば違うと言って欲しかったのだが、やはり冒険者に登録をしなくては成らないらしい。
いや、身分証の代わりになるのなら是非とも手に入れておくべきなのだろうが、なんというか面倒くさい。
しかし街に入るってだけでも身分証の提示が必要なことを考えると、な。
日本じゃ電車に乗って移動しているだけで隣町に行けたのに、面倒なことだよ本当にさ。
「すいません、宜しいでしょうか」
ズルズルと俺のことを引き摺るようにしながらカウンターへとやって来たアイーシャは、そこで幾分眠そうにしている職員へと声を掛けた。
職員は見た限りおっさんではないが、残念なことに性別は男である。
「ふぁい? ………失礼。はい、何でしょうか?」
欠伸のような返事をしてから再度尋ねてきた職員に、思わず欠伸で返してしまいそうに成る。
うつるってのは本当にあるよな。
「実は、この方の冒険者登録を御願いしたいのですが?」
「………え、冒険者登録? こんな時間にですか?」
「時間制限でも有って駄目なんですか?」
ズイッと乗り出すようにしながら職員の顔を覗き込むと、相手は「うっ!?」と呻くようにしながら身を引いた。
いや、ちょっと失礼な態度じゃないか? もしかして怖い顔でもしていたのだろうか。眉間に皺が寄ってたかなぁ。
「い、いえいえ。時間の制限がある訳じゃないですが、今からでは何かしらの仕事を紹介するのも難しいと思ったものですから」
「良いんです。取り敢えずは登録と予約だけしていきますから」
「予約も、ですか? 畏まりました」
今日は仕事を紹介できないってのは理解が出来る。
もう、いい加減日が沈むからな。
それに俺だって、こんな疲れた状態で仕事をしたいなんて全く思わない。
だが、
「なぁ、アイーシャ。予約ってなんだ?」
「明日やる分の仕事を、今のうちに登録しておくってことですよ。
さっき見たような仕事はだいたい朝方からやってますから、前の日から予約しておいたほうが早めに仕事に取り掛かれるんです」
なるほどなぁ。
そりゃそうだよな。
『○○を外に行って取ってこい』って仕事とは違って、普通の職場は労働時間が決まってるもんだろうからな。
自由に仕事をされては困るし、朝も早いうちから可動している職場だって有るだろう。
前日に登録しておかないと駄目な場合だって有るってもんだ。
「……それでは、えーっと、先ずは名前の確認をさせてもらっても宜しいでしょうか?」
「あ、はい。名前は
「はい。ではカナデさん。コレは真面目な話なのですが、冒険者登録をなさりたいですか?」
いや、登録を御願いしますって人に、『なさりたいですか?』ってのはどういうことだよ?
「冒険者ギルドとしましては、その方に犯罪歴がなければ登録を認めないといった事はありません。ですが、中には本格的に冒険者に成りたい訳ではない方もいらっしゃいますので」
「どういうことです?」
「その日限りの日雇い労働を欲しがる方もいらっしゃいますから。冒険者と成ってギルドの定めた依頼をランク別に行い、こなしていくことで地位やお金と名声を手に入れるか?
それとも安全に労働力として、日雇いの仕事を行って収入を得ていくか?
さて、何方にしますか?」
「………………」
いや、ちょっと待って。どういうこと?
登録をしなくても仕事自体は貰えるってこと?
「登録をしてもしなくても日雇いの仕事ならば斡旋事態は可能です。
ただし冒険者登録をしている方は日雇いの日当の5%、未登録の方は15%が報酬から引かれます。
―――まぁ、ギルドの手続費用としてですがね」
15%も引くのか。さっき見た倉庫整理の仕事は1日5時間の労働で3000リル。
ギルドに手数料を引かれると、俺の手元に残るのは2550リル。
………この街で食事をとるとするなら、一体どの程度の金額が必要なんだろうか?
「また、未登録の方が魔物等の討伐部位を持っていたとしてもギルドで報酬が出ることはありませんし、貴重な素材や薬草が有っても基本的にはギルドが買い取ることは有りません。
もしも貴重な物を換金したいとなった場合、買い手を探すのも自分自身で行って貰うことになりますね」
「それは、かなり面倒ですね」
「まぁ、ギルドでは時間を掛けずに買い取る代わりに、市場価格の最低値よりも若干下になりますので、オークションに掛けたほうが金額が上がる―――なんて品物をお持ちの場合は損をしますけどね」
「なるほど。金額を取るか、早さを取るかってことか」
冒険者登録をした場合は色々とメリットになる部分が多いように思える。
逆にデメリットは先程言っていた、品物の売値が最低値といった部分だろう。
まぁ、魔物の討伐でも金が出るんだから、一攫千金を目指す人間には良い商売なのかもしれない。
命懸けだけどな。
「まぁ、カナデ君は身分証を作るって意味も有るんですから、登録自体はしておいたほうがお得ですよ」
「まぁ、ソレは理解が出来るんだけどさ」
そう、理解は出来る。だが尚更不思議なんだが、それならどうして登録しないって選択肢があるんだ?
誰だって登録したいって思うだろ。
「さっき、犯罪歴がなければ登録できるって言ってたけど、登録って
「まさか、御冗談を。登録料が掛かりますよ。当然じゃないですか」
「おい、アイーシャ。当然って言われたぞ?」
「え? 当たり前ですよね?」
そりゃあそうだ。そんなお得な特典を、なんの制限もなく受けられるわけがない。
それなら誰だって登録を済ませておきたいと思うだろうからな。
でも、倉庫の仕事が3000リル。
一般人の一日の賃金がコレくらいだと仮定して、いったい登録にいくら掛かるんだろうか?
「お幾らです?」
「登録費用が50000リル、ソレとは別に登録証の発行が10000リルで合計60000リルです」
「60000………? え? 飲まず食わずで10日以上働いても追いつかないんだけど?」
そうか、どうりで美味すぎる話だと思ったよ。登録しようにも金が無いと何も出来ない様になってやがる。この悪質な価格設定が原因か!
だから登録をしないで日雇いを探す人達が居るってわけだ!
あーくそ! 何たる悪の巣窟かっ!
「いや、そんな恨みがましい目で見ないでくださいよ」
「そんなに恨みがましい目で見てるか、俺?」
「少なくとも眉間に皺が寄って、目が細くは成ってますねぇ」
「そうか―――ギロッ!」
「いや、どうして『そうか』って言った後に睨み付けるような目に成るんですかっ!?」
だって恨みがましいじゃなくて、恨むように視線を向けたつもりだったからな!
「落ち着いてくださいよカナデ君。冒険者ギルドっていうのは確かに拝金主義的な所もあります。品物の買取価格は市場の最低値よりも下に設定しているのが良い例です。
ですが、ちゃんとお金が無い人が登録できるように考えられても居るんですよ。ね?」
「も、勿論。勿論そうですとも。冒険者ギルドはいつでもクリーンです。利用される方々に迅速な対応と安定した情報と報酬を、そして街や村に平和な環境をお届けするのが冒険者ギルドですからっ!
お金がある=優秀な人間と言うわけではないことも重々承知しています。
そのため、冒険者を目指す方のためのプランもちゃんと用意されていますよ!」
そう力強く言うと、ギルド職員はカウンターの下側をゴソゴソと漁り始めた。
なんと言うか、言葉巧みに判子を押させようとする営業マンのような印象を受けてしまう。
「御覧ください。冒険者養成スタートアッププランを!」
自信満々ドーンとに取り出した数枚の紙。
しかし、いや、コレ何よ?
「………」
「おや、言葉も出ませんか? ふふふ、ちゃんとギルドは色々なことを考えているって解ってくれましたかね?」
いや、そうじゃなくて。予想以上にそれっぽいプラン名なのに、出てきた資料が『ぽやぽや』した手描きな所に唖然としたんだよ。
此処で重要なのは手書きじゃなくて手描きだってことだな。
相変わらず読めはするけど書けそうにない文字が紙に書かれている。
内容は職員の話を信じるのであれば『冒険者養成スタートアッププラン』に関する内容なのだろう。
だがソレに付随するように所々に描かれた、クレヨンで描いたようなポップな絵がどうにも緊張感を削ぎ落としてくるのである。
ハハハ、
「あらやだ、可愛い」
「え! 本当ですか!! いやぁ、頑張って描いた甲斐がありましたよ!」
「いや、皮肉だからマトモに受け取らないでくれ」
「え、私は可愛いと思いましたけど?」
「そうだな。アイーシャはなんだかんだで俺よりも子供だもんな」
年齢14歳だろ?
俺よりも若いのに確りとした子だよ。本当にさ。
それにしても、
「これ、アンタが描いたわけ?」
「えぇ。自分で言うのもなんですが、解りやすく描けたんじゃないかと自負してます!」
「画家とか芸術家にでも成ったほうが良いんじゃないの」
「いやぁ、ソレも一度は考えたんですけど。どうにも私の絵は一般受けしにくくて……」
一度は考えたのかよ。まぁ、この手の絵は芸術の一つでは有るだろうが、絵画と言うよりもイラストって表現するような物だからな。
どうしても好き嫌いは分かれる。
皆だってダヴィンチの残した作品の中に萌え萌えな絵が残っていたら唖然としちゃうだろ?
まぁ、絵本作家ならやっていけるんじゃないかな? そうでなければイラストレーターとか?
この世界にそんな需要があるかどうかは知らないけど。
「―――っと、冒険者への仮登録を行い、10日間の業務従事。その後、試験の合格を持って冒険者費用の免除とする?」
「そうです。いい制度でしょ?」
「内容自体は其処まで面倒なことじゃないのに。説明するために描かれた絵の所為で、無駄に枚数が増えてる」
「無駄じゃないですよ!?」
「そうですっ! 無駄なんかじゃないですってば!」
「………なんで?」
「可愛いでしょ!」
「可愛いじゃないですかぁ!」
いや、可愛いかどうかと無駄かどうかは別問題だろ?
「……まぁ、良いや。此処に書いてある業務っていうのは普通の冒険者としての仕事じゃないんだよな?」
「毎日ギルドへ上がってくる日雇いの仕事のことですよ。仮冒険者登録と言っても、冒険者と同じに扱うことは出来ませんから。言ってしまえば『試験中ですよ』っていう初心者マークみたいなものです」
「仮免かよ………」
「そうですけど?」
いや、そうじゃなくて自動車の仮免のことな。
言っても解らないだろうから言わないけど。
「じゃあ、最後の試験っていうのは?」
「内容に関しては何とも言えません。試験官毎にまちまちですから」
「内容が決まってないのか?」
「はい!」
いや、『はい!』って………。
それは試験としては色々と問題だろう。ちゃんと統一しておけよ。試験官によって採用者の能力に差が出るだろうが。
「基本的には適正を見るってことに成ってますが、なにも一人でゴブリンを数十匹始末しろッ!? みたいな事をさせる訳じゃないですから、心配しないでくださいよ」
「ソレよりは楽ってことだよな?」
「勿論。ソレ以外の意味に聞こえましたか?」
ソレ以外の意味というか、それっぽい意味には聞こえたかな。
とは言え、ゴブリン数十匹を倒すよりも楽だって言うなら望みは有る。なにせ俺はソレが出来るからだ。
「解った、じゃあ、宜しく頼むよ」
「仮登録をするということですね。畏まりました。従事する仕事の内容は―――」
「体力が付きそうなのを御願いします」
「アイーシャ?」
「体力は必須ですよぉ」
「現在有るのは、ギルド内の倉庫整理ですね。無論、明日の朝からですけど」
倉庫整理………結局其処に落ち着くのか。
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