第1話
「どういう状況?」
ポカンとしながら思わず呟いた台詞だが、もしも今の俺と同じような状況に陥ればテレビの中のスーパーヒーロだって似たような言葉を口にすると思う。
朝――俺はいつも通りに家を出た筈だった。仕方がないことだが、世間一般で言う学生さんというのが今の俺の職業だからだ。
真面目で優秀な生徒とは言い難いが、それでも遅刻はしない程度に家を出たつもりだったのに……。
気がつけば、見たこともないような草原にポツン――と一人で立っている。
扉を開けたら一歩で草原、とか。いつからウチの玄関は、『未来的青狸』の秘密道具になってしまったのだろうか?
正に『え?』といった状況だろう。
「お前! 何をボサッとしてるんだ!!」
突然横から怒声を浴びせられ、脳内『?』な状態の俺は更に頭を困惑させた。
いや、まぁ、客観的に見れば怒鳴られても仕方がないのだ。
何せ今現在、この草原では良く解らない奇妙な生き物と、妙なゲーム的な格好をした連中が本気で殺し合いをしているのだから。
怒号が響かせ、剣や槍を振り回す鎧を纏った人々。
それと対峙するように、見てくれの悪い奇妙な二足歩行の生き物が粗末な武器で反撃をしている。
「おい! 聞いてるのか! ゴブリンとの戦闘現場に、そんな軽装で何考えてるんだ!」
「ゴブ……リン?」
肩をグイッと引かれ、怒鳴るような男の言葉に首を傾げる。
ゴブリンというと、アレか? ファンタジーな初級の敵役筆頭?
言われてみれば、奇妙な生き物の方はなんとも『ソレらしい』見た目をしているようにも思える。
「いや、でも、俺も何がなんだか―――」
「チッ! 何を呑気な―――オラぁッ!」
現状の把握が全くできない俺に男は呆れたように言うと、後ろから迫ってきていたゴブリン? とやらを一撫でに斬り捨てた。
と言うか、普通に血が出てる。本当の血だ。
周囲に漂うにツンとした血の臭いが、一瞬だが思考をぼやけさせる。
あ、いや。ゴブリンも血が赤いんだ―――くらいには考えたけど。
「クっ、しょうがない。オイ、今お前に構ってる余裕はない。その辺に落ちてる剣を拾って自分の身は自分で護ってくれ!』
「血、血溜まりが……え?」
突然過ぎる出来事が多くて、とてもじゃないが頭の処理が追いつかない。
言われた内容に目を丸くしてしまう俺を置き去りに、男は剣を構えながら『うおぉおおお』と叫びながら走り出してしまった。
え、剣を拾えって?
ソレってこの辺に落ちてる錆が浮いたボロボロの奴のことか?
色々と疑問は尽きないが、言われた通りに取り敢えずはしてみようと思う。
出来れば触れたくもないのだが、血で汚れた剣の柄を握ってグイッと持ち上げる。ソレは思いの外に重量が有り、ズシッとした重みを俺の腕に伝えてきた。
刃物なんてのは包丁やハサミ位しか握ったことのない俺が、錆だらけの刃毀れだらけとは言え剣を手にすることになるとは。
男だから多少は刀剣に憧れも有るが、しかし、だからと言って生き死にの闘いに憧れてる訳じゃない。いや、戦国武将とか剣豪とかは好きだよ?
でも、それとコレとは別問題だろ?
しかも、いま手にしているのはとてもじゃないが、男子が眼をキラキラさせて憧れるような素晴らしい剣なんかじゃないと来たもんだ。
「これで身を護るって……俺も、あんな風にしなくちゃ駄目だってことなのか?」
チラリと視線を地面へと向ける。
其処にはビクビクと痙攣をしている、斬り捨てられたゴブリンが居た。
チョットだけ、ほんのチョットだけだがどんな生き物なのか興味も湧いたが、だからと言って手に触れて調べたいとは露程にも感じない。
逆に鉄臭い血の臭いが嫌悪感を刺激して、少しばかり吐き気を催す。
暫くは肉を食べるのも無理そうだ。
うぅ……今日の昼はビッ○マックって決めていたのに。
思わず溜め息を漏らしそうになるが、しかし
ガサ……ッ!
足で地面を踏みしめる音が耳に届き、俺はビクッと体を震わせた。
視線を向けると其処には
「ゴブ……ゴブブッ!」
と、言葉なのかも良く解らない声を放ちながら剣を向けてくる、数匹のゴブリンが居たのだった。
しかも、見て解るくらいに苛立った様子でだ。
思わず視線を周囲へと向けるが、いつの間にか先程の剣士は遥か遠くへと行ってしまっている。
「じょ、冗談キツイぜ……っ!?」
顔を顰めて言った台詞が言い終わる前に、目の前のゴブリン達は襲い掛かってきた。
慌てて横っ飛びをして、ゴロゴロと地面を転がりながらも勢いを利用して立ち上がる。視界の中には未だにいきり立ったゴブリン達が存在するが、距離を取れたことは幸いだ。
が、奴らの戦意――いや、この場合は殺意だろうか?
俺に向けて放たれるソレは、残念なことに一向に萎えては居ないらしい。
―――と言うか、俺がオマエ達に何をしたよっ!
俺の内心の思いなどゴブリンには関係ないのだろう。
相変わらず理解の出来ない『ごぶごぶ』といった言葉を口にしながら、ジリジリと迫ってきた。
「チ、チクショウ……ぅ巫山戯んなっ!!」
負けじと大声を放ち、相手を威嚇する。
急に降って湧いた理不尽に、実際俺は心底の怒りを感じていた。
もっとも、その怒りによって眠っていた『力パワー』に目覚めるなんてことは当然ない。
そんな能力が有るのなら、俺は日常生活でとっくに使っていたはずだからだ。
俺がこの状況で出来ること、ソレは逃げることだけだ。
連中の持っていたのは、錆びた剣と無骨な棍棒。
距離の空いている状況ならば、逃げることは不可能じゃない筈だ。
「オラァ!」
ゴブリンズぬ向かって手にしていた剣を思い切り投げつけ、俺は回れ右をして駆け出した。投げた剣がどうなったか、なんて考える間もなくだ。
相手に背中を見せても何をしても、兎にも角にも逃げる。
今の俺に出来ることは、最早ソレしかない!
「ぬぉおおおおおッ!!」
声を上げながら直走る俺だが、白状しよう。
小、中、高と運動部でもなかった俺は、ハッキリ言って動くことが苦手だ。
嫌いなスポーツはなんですか? 聞かれれば、一番がサッカーで二番がバスケットだと答えるだろう。
走り回る競技だからな。
たが、此処で問題にしたいのは、そんな運動嫌いを公言する俺が果たしてどれだけ動き回れるのか?ということだ。
「ぜはっ! ぜぃ! ぜはっ!」
まぁ、こうなるのは必然だったのだろう。
ものの数分もしない内に俺の足はもつれ始め、肩を大きく上下させて呼吸が乱れ始めてしまう。
あぁ、こんなことなら、少しはマトモに運動をしておくんだったっ!
後悔先に立たずとは正にこの事―――って、結構心の中では余裕があるな。
もっとも身体の方に余裕はまるでなく、十分に取っていたはずの奴等との距離も
「ゴブブーーッ!!」
ほんのちょっと後ろでゴブリンの声が聞こえる始末。
「クソっ……! なんだって、俺が……こんなめに……ッ!?」
草原から森の中へと入り込み、藪を掻き分けて更に走る。
自分でも良く走ると思えてしまうくらいに、未だに俺は走り回っていた。
火事場のクソ力と言うのは、正しくこういった事を言うのだろう。
ただ、まぁ、運勢の方はそれ程に良くはないようだ。
「う――うそ、だろ?」
闇雲に走っていたからだろうか? 気がつけば、俺は崖まで追い詰められていた。
いや、この辺の地理なんて知らないんだ。闇雲意外にどうやって逃げろと言うんだ?
自分で自分にツッコミを入れるも、当然好転なんてしようもない。
此処で何らかの奇跡を願いたい所でもあるが、
「ゴブゴブ、ゴブブブッ!」
ガササ!っと藪を掻き分けて現れたのは、俺を追ってきたゴブリン達である。
此処まで追って来る間にゴブリンの方にも多少の疲弊が有るようだが、それでも俺よりはマシなようだ。
コッチは肩を大きく動かして『これでもか』と言うほどに酸素を補充している状態だが、向こうは精々『ちょっと疲れちゃいましたね。うふふ』くらいなものである。
あー、ゴブリンが『うふふ』とか想像するんじゃなかった。
だがファンタジー系の王道とも言えるゴブリンが此処まで強いことに驚くべきか、それとも自分の体力の無さを嘆くべきなのか。
まぁ、先ず間違いなく後者の方であろう。
「ゴブっ! ゴブブっゴッゴブ!」
剣を突きつけ何かを言ってくるゴブリン。
そうだ! 人形の相手と言うことは、多少なりとも意思の疎通が出来るのではないか? 犬だって愛情を注げば分かってくれるんだ。
必死になって訴えれば、もしかしたらゴブリンだって……
「ゴブブブ、ゴブ、ゴッゴブブ!!」
いや無理! 何言ってるのかサッパリ解らねぇ……っ!
そもそも、俺の耳には『ゴブ』とか言う単語しか聞こえないから法則性も見いだせない。もしかしてアレか? 言葉の区切りや発音で意味が変わるとか? いやいや、そんな言語の解読は無理だって。英語の方がまだ理解が速いよ。
俺は英語も喋ればいけどな!
相手が人間なら白旗でも上げれば言葉は解らずとも理解はしてくれそうだが、目の前のゴブリンにはそういった知性を求めるのは無理な気がする。
なんというか、子供の時に動物園で見た猪豚を思い出させるからだ。
もっとも猪豚とは違って食べても美味しくはなさそ―――
「うおぁ!?」
突如襲ってきたゴブリンの一匹が、此方に向かって剣を振り下ろしてきた。
驚いて大きく避ける俺だったが、しかしこの場所が崖の近くであることを思い出して動きが鈍る。
「絶体絶命……っ!?」
此方の生命を奪おうと躙り寄ってくるゴブリン 後ろには切り立った崖。最早、逃げ場は何処にもない。
こういう時は、皆ならどうする?
・男の子だろ? 戦うしかない
・神の奇跡が起きて助かるように願う
・逃げる場所なんて無いが、それでも逃げる
俺の選択肢は―――
「―――逃げるっ!」
敵に背を見せ、勢い良く崖下に向かって飛び降りた。
最初にチラリと見た感じでは、崖の下は川が流れている。下までの高さは大凡20M程で―――
「やっぱこぇええええええ!?」
浮遊感を感じて直ぐに着水。
ドボォオン! といった音の後に、俺は水面に向かって浮かび上がった。
「プハぁ! 水深が有るかは賭けだったが、賭けには勝った、か!」
息を吸いながら、沈まないように身体を動かす。出来れば早く岸へと向かいたいのだが、如何せん力が入らずに泳ぎにくい。
「が、がぶ……。プハ! さ、さっき動きすぎた……! 力がっ!?」
服を着てるからかも知れないが、このままじゃ溺れ死んでしまう!
若い身空で溺死とか、幾らなんでも―――って、なにやらドドドドとか聞こえないか?
「ぶへ、とぅあ、ど、洞窟っ!?」
目の前には岩肌に囲まれた洞窟が、大きく口を開けて待ち構えていた。だが、普通に洞窟ってだけでは『ドドドドド』なんて音は聞こえないはずだ。
ソレはつまり、
「た、たたた、滝ーーーーーっ!!!」
詰まりそういう事で、地下水脈?への入り口が其処には在ったのだ。
「いや、ゲボ、そんあ―――ゲバボ!? しぬ! 死んじまう!」
必死になって抗うように手足をばたつかせていた俺であるが、そんな努力など無駄だというように身体は水の流れに流されて行く。
漫画やアニメに有るような、流れに逆らって泳ぐなんてのは不可能だ、と、俺はこの時に悟ったのであった。
そして結局、
「あ、あああああああああああ!!!」
為す術もなく滝壺に向かって真っ逆さまと成るのだった。
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