千敷舞美と小瀬良氷波の推理

「ちょっと! 呪い、続いてるじゃないですか!」

 舞美は抱えていたクッションを放り投げて立ち上がり、怪談を語り終えた氷波の腕を揺する。

「まあホラー的にはよくあるオチでしょ。解決したと思わせといて最後に復活する殺人鬼とか」

「この真夏に冬の話をするか、普通。それに怪談じゃないだろこれ。事件性が強すぎる」

 真登佳は組んでいた腕を解き、ぐっと伸びをした。

「季節については僕に言われても……。――まさか、もう真相が分かったとか言わないよね」

「こんなのミステリでは初歩だよ」

 さもつまらなさそうに真登佳は言った。毎度ながら、ミステリ作家である彼女の頭の回転の良さには舌を巻く。

「それじゃあ、さっそくその解釈を聞かせて欲しいな。この前の人形の怪談、あれの解釈をサイトにアップしたら予想以上の反響でね。他にはないのかってコメントがたくさん来てるんだ」

「また勝手なことを」

 はあ、とため息をつくと、立ち上がり玄関へ向かう。

「おまえのサイトの閲覧数に貢献する義理はないからな。今日はもう帰る」

「減るもんじゃないし、聞かせてくれたっていいじゃないか。頼むよ。ほら、またケーキでも奢るからさ」

 なんとか宥めようとするが、真登佳は聞く耳持たずといった様子だ。

「それなら、わたしが解いてあげる!」

 上着の裾を引っ張られ振り返ると、得意気な顔をした舞美がこちらを見ていた。

「ね、氷波さん。私じゃダメ?」

「おい!」

 玄関で靴を履いていた真登佳は凄まじい剣幕で戻ってくると、氷波と舞美を一睨みし、どかっとソファーに腰を下ろした。

「いいだろう。おまえの推理を聞いてやる。ま、どうせ豆みたいな知識しか持ち合わせていない小娘には分かりっこないが」

「ふん! 私だって有名どころのミステリは読んでます。経験値はそれなりにありますが?」

「それで、舞美はどんな風に考えているのかな。この血吸い蔵の事件について」

 この際、推理の出来は問わない。真登佳の対抗心を煽るためにも、先を促す。

「私はですね、やっぱり巫女が犯人だと思うんですよ。見た目の描写からして怪しさ満点です」

「見た目で判断するのはどうかな」

「それで、私が注目したのは焚き火です。なぜ巫女はお焚き上げの二日前にもかかわらず火を起こしたのか。ミステリのお約束として考えるならば、お話の中でも出たように証拠品の隠滅を疑うべきでしょう。しかしですよ、もし目的が違っていたとしたら……」

「火で燃やす以外に、なにか意図があったってことか」

 思ったよりもしっかり考えているらしい。氷波は感心し、聞きに徹する。

「そこで思い出してほしいのが、凶器の鎌についてです。私たちが鎌と聞いて想像する刃と柄が直角のL字のものではなく、直線に近い形をしているんです。その鎌は、里美ちゃんの死体の真上に吊るされていた。――ここまで言えば、もう分かりましたよね」

 ニコッと笑い、深呼吸。すっかり名探偵になった舞美は、充分に間を開けてから言い放った。

「犯人である巫女は、焚き火の熱によって蔵の屋根に積もった雪を落下させた! 落雪の振動により、鎌を吊るしている紐が釘から外れ、お年玉を探していた里美ちゃんの背中にグサリ! という具合です」

 満足そうな彼女に申し訳ないなと思いつつも、氷波は率直に意見を述べた。

「落雪の時限装置か。確かにアリバイも足跡問題もクリアできるけど、だいぶ厳しいような。まず、巫女は事前に里美ちゃんが来ることを知っていなければ焚き火の準備ができないだろ。里美ちゃんが蔵に来たのは、当日の朝、男の子がたまたまついた嘘が原因だ」

「うぅ、それは……。あ、ほら! 蔵に入っていくのを見てから急いで準備したんですよ。片柳老人とすれ違った時刻は鋏上巫女だけの証言です。十時半に伐採所へ行ったというのは嘘で、十一時ちょっと前、里美ちゃんが神社に来た後で、焚き火の準備をしてから伐採所に行ったんですよ」

「時刻の偽証の可能性はもちろんあると思う。でも、里美ちゃんが神社に来たのが十一時ちょっと前で、死亡推定時刻が十一時。その短時間で焚き火の準備は可能なのかな。ましてや、屋根から雪が落ちる時間のコントロールは無理だろうし、鎌が落ちない可能性だって大いにある。鎌が落ちたとして、そのとき鎌の真下に里美ちゃんがいる確率は相当低いと言わざるを得ないよ」

「私の出る幕も無いザル推理だったな」

 真登佳は鼻で笑うと、やれやれと肩を竦めた。

「そこまでボロカスに言わなくてもいいじゃないですかぁ……」

 潤んだ瞳で言われると弱ってしまう。ちらりと横に目をやると、真登佳がじっとこちらを見ていたので、露骨に慰めるような行為は慎む。

「ごめんごめん。でもね、僕も犯人は鋏上巫女だと思ってるんだ」

「氷波さんもトリックを思いついたんですか! 聞かせてください!」

 ころっと態度を変える様は、もはや女優だ。氷波は少し引きつつ、推理を続ける。

「僕が気になったのは、巫女は弓の扱いに長けていたって部分でね」

「祖父が巫女のことを語る中で触れていましたね」

「それで思いついたんだ。弓矢とロープを使って、空中に道を作れないかってね」

「空中の道。――それってロープウェイみたなものですか」

「そんな感じかな。さっき舞美ちゃんも言ってたけど、鋏上巫女と片柳老人の遭遇時刻は十時半より後、里美ちゃんが神社に到着してからだと思うんだ」

「むう。さっきは意地悪が過ぎますよ」

 あざとさを自覚しているのかいないのか、舞美は頬を膨らませた。

「でもこっちのトリックのほうが確実だよ。里美ちゃんが蔵に入ったのを確認した後、巫女は神楽で用いた矢の尻に細長いロープの端を括り付けて、反対側の端は神社の柱にきつく結ぶ。そしたら、蔵の前を通るように、その先の伐採所へと繋がっている林に向かって矢を放つんだ。

 次に、伐採所に行って木に引っかかっている矢からロープを解き、丈夫な木の幹に結び直す。ぶら下がっても弛まないようにピンとね。

 あとはロープを伝って蔵の前まで移動、中に飛び込んで犯行に及ぶ。持って行った幟で床の血を拭いたら、またロープを伝って伐採所に戻り、今度は神社に向かってロープを括り付けた矢を放つ。

 神社に戻ってロープと弓矢を回収、血の付いた幟とロープを焚き火に放り込んで証拠隠滅したら、アリバイも足跡問題も両方解決ってわけさ」

「スパイ映画みたいですね! ――でも、そんな長いロープ、神社にありましたっけ」

「ああ、それはね、幟を上げるためのものを使ったんだと思うよ」

「幟、ですか」

「普通、幟のポールには滑車とロープが付いていて、幟の上げ下げにはそれを使う。わざわざポールを倒す必要がないような作りになっているんだ。幟が電柱ほどの高さということは十二メートルくらい。さらにロープは環状だから倍の二十四メートル。神社から雑木林までの距離は書かれていないから分からないけど、これぐらいあれば充分届くんじゃないかな」

「なるほど! これはもう事件解決ですね!」

「おいおい、氷波。それ、本気で言ってんのか」

 がくんと項垂れた真登佳は、信じられないと言わんばかりの呆れ顔だ。

「まあ、ついさっき思いついたトリックだからね。多少の穴があるのは仕方ないとは思うけど――」

「穴どころか大穴だぞ。まず、神楽で使う弓矢は、夏祭りで使うとき以外は蔵の中に仕舞ってあったはずだ。そうすると、いつかの時点で弓矢を取りに蔵へ行く必要がある訳だが、たとえ里美が神社に来ることを事前に知っていたとしても、足跡を残さずに蔵へ行く手段がない。

 たまたま弓矢が手元にあってトリックを実行したんだとしたら、蔵と伐採所の間にある雑木林に何らかの痕跡が残るはずだ。だが、死体発見時、雑木林の木と笹には雪が積もったままだった。向こうが見えないほどの密度だから、雪に触らないようにうまくよけたっていうのも無理がある。

 お前の考えたトリックは実行不可能なんだよ」

「言われてみれば確かにその通りだね。僕の案でも無理だったか。残念」

 本当は全く残念に思っていないのだが、そのポーズだけは取る。真登佳を立ててその気にさせる作戦だ。

「じゃあ、まど姉さんは真相が分かるんですか! 犯人はどうやってこの密室を攻略したのか、言ってみてくださいよ!」

 舞美のアシストも決まった。ここまでお膳立てされれば、真登佳も自身の推理を語らざるを得ないだろう。

「仕方ない。今回だけだぞ」

 こめかみの辺りをわしゃわしゃしながら、怠そうに語りだした。

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