五度目の惨劇

 言葉を失い、どうしたらよいか、何も考えられなくなっていると、唐突に祖父が立ち上がった。

 蔵にひとつしかない明かり取りの小窓を調べ、鍵がかかっていることを確かめると、今度は外へと出て行った。

 どういうことか理解できなかったが、とりあえず祖父に続いて外へ出る。

 祖父は蔵の周りを遠巻きに一周した。一緒に見て回ったが、ただの平らな雪面が蔵の周りを囲んでいるだけで、その他には何もなかった。

「こりゃあ、えらいことになったけ」

 祖父は、父と私に村へ行って人を呼んでこいと言った。父はすぐに動き出したが、私は死体を見たショックが遅れて来たのか、足が固まってしまい、よたよた歩くのがやっとであった。

「仕方ない。お前はわしと一緒に残れ」

 見かねた祖父に肩を担がれながら、私は蔵の中へと戻った。正直、死体を見るのは嫌だったが「仏さんの番をせにゃならん」と祖父に言われてはどうしようもない。

 私を入り口横の壁にもたれかけるように座らせると、祖父は死体の周囲を調べ始めた。

「血がきれいに拭き取られとるな」

 蔵の奥の壁には、飾り矢や獅子舞の頭など神楽で使う祭具が埃を被って並んでいる。衣装が入っていると思わしき古びた箪笥に、柳行李も壁面を埋めるように置かれていた。

 さらにその壁の上部、天井に近いところに手作りらしい棚があり、鋤や桑、竹竿などが横倒しの状態で積まれていた。

 棚板の手前の側面には複数の釘が水平に打たれており、小さな金槌や錐などの工具が、その柄についた紐の輪によって吊るされている。

 少女の背中に突き刺さっている鎌も、柄に紐の輪が付いている。丁度、少女の真上にも、棚板に水平の釘が打たれており、何もぶら下がっていないことを考えると、鎌は元々あそこに吊るされていたのだろう。

「いったい何事じゃ!」

 急の大きな声に体がビクッと跳ねる。

 蔵の入り口に、よれよれの作務衣を着た老人が立っていた。

「片柳さんか。残念だが、また、じゃ」

 どうやら下の小屋に住んでいる片柳老人らしい。ぼさぼさの長髪に作務衣が合わさり、まるで陶芸家のようだ。防寒着を着ていないのを見ると、慌てて小屋を飛び出してきたのだろう。

「……これで五人目か」

「しかしのう、今までこれが起こるのは夏じゃった。なぜ、こんな真冬に」

 重い沈黙が辺りを包む。

 しばらくして、蔵の外がざわつき始めた。外を見ると、父を先頭に、駐在やその他大勢の村人がこちらに向かってきていた。

「こっちです!」

 父が蔵を指差すと、駐在が父を追い越して蔵へと駆け寄った。その他の村人もわらわらとその後ろに続く。

 少女の足跡。その脇にある片山老人の足跡。それを大きく迂回する祖父と父と私の足跡。

 蔵の前の雪を幾人もが踏み、もはや足跡は判然としない状態となってしまった。

「いやああ! 里美――」

 里美の母は、蔵の中を見た途端に崩れ落ちた。

「こりゃあ酷いですな」

 辺りを見回す駐在に、祖父は発見時の状態を事細かに伝えた。

 詳細を聞いた駐在の顔からは血の気が引き、そして野次馬にも動揺が広がった。

「血吸い蔵の呪いじゃ……!」

 誰かがそう口にし、ざわめきは一層大きくなる。

「おまえら、里美ちゃんと会っとったんか!」

 怒鳴り声がした方を見ると、青ざめた顔の小学生らしき男子が三人、大人に囲まれて立っていた。

「――やっぱり、俺たちのせいじゃ」

「ち、ちがう! 里美が勝手に……」

 側にいた祖父にもそれが聞こえたのか、男子たちに話しかけた。

「今朝、公民館で遊んでたときに――その、里美に、お年玉を血吸い蔵の中に隠したって嘘ついたんだ。そしたらあいつ、本当に探しに行ったみたいで……」

「なぜに、そげな嘘を……。ほんで、それは何時頃じゃった」

「はっきりとは覚えていないけど、十時半くらいだったはず……」

「神社までは子供の足だと二十分くらいじゃろか。――そうか、わかった」

 祖父は惨劇の引き金とも言える男子達のいたずらを怒らなかった。しかし、その子の父親が、彼の頬をひっぱたき怒鳴り付けた。辺りにぎゃんぎゃんと響く泣き声。気まずさと沈痛さに満ちた空気が、その場の全員にのし掛かる。

「まあ、何の騒ぎですか」

 声の方を見ると、防寒着に身を包み、斧を持った女性が石畳の上に立っていた。

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