鋏上巫女の証言

 斧に警戒して、野次馬が女性から距離を取る。

 初めて見たが、どこか爬虫類を連想させる顔立ちで微笑みを湛えたその女性が、例の鋏上巫女だろう。雪のように真っ白な肌が、死人のようで不気味だ。

「ああ、鋏上さんでしたか。いや、実はですね――」

 駐在は血吸い蔵で起こった五度目の惨劇を鋏上巫女に話したが、それを聞いても「あらまあ」と言った具合で、驚きも恐怖もしていないようだった。

「それより、幟が飛んでいってしまったみたいなのだけど、どなたかご存知ないかしら」

 あまりの無関心さに駐在が固まっていると、祖父が駐在を押し退け、鋏上巫女に問いかけた。

「ほんで、あんたは今までどこにおったんだ」

「近くの伐採所で薪を作ってましたわ。この時期は木が乾燥しているので」

「それはほんまか。言うだけやったら誰でもできる」

「あら、アリバイを疑っていらっしゃるのですか。ええと、そうですね。朝に伐採所へ向かう途中、片柳さんとお会いしましたわ。ここの雪かきをした後だから、確か十時半頃だったかしら。そうですよね、片柳さん」

 野次馬の影に隠れてしまっていた片柳老人が「ああ、確かに巫女さんを見た」と言った。詳しく聞くと、はっきりとした時刻は分からないが、午前中、神社の方から伐採所の方へと歩いていく鋏上巫女を見たそうだ。片柳老人は午前中はずっと雪かきをしており、鋏上巫女を見たのはその一度だけだという。

 里美を見なかったのかという質問に対しては「見んかった。休み休みだったけえ、丁度、小屋の中にいたんじゃろ」とのことだった。

 駐在は鋏上巫女に質問を続けた。

「その伐採所というのはどこにあるのですか」

 鋏上巫女によると、ここへ来る途中に見た獣道の先に伐採所があるらしい。神社と伐採所は同じ斜面にあるが、その間には草木が生い茂り、行き来することが困難なため、一度下の道まで降り、再度、獣道を上る必要があるそうだ。

 蔵の右手を見てみたが、生い茂った木々と笹の葉のせいで向こう側は全く見えない。人が無理矢理通れないこともなさそうな雑木林だが、木の枝、笹の葉に積もった雪が崩れ落ちたような跡は無い。そもそも、雑木林から蔵までの間に足跡が無いのだ。鋏上巫女の言った通り、神社と伐採所を行き来するには下の道を通るしかなさそうだ。

「アリバイという意味でなら、疑うべきは片柳さんのほうではないかしら。私が見た後、どこで何をしていたか、証言できる人なんていませんもの」

 笑いを堪えるような、いたずらっぽい表情で駐在を見る。この鋏上という女性、やはり不気味だ。

「そういや、なんで焚き火なんぞしておった。お焚き上げは明後日のはずじゃろ」

「連日の雪で薪の状態が心配でしたから。当日になって火がつかない、というようなことは避けたいですし」

「何か燃やしちまいたい物があったんと違うか」

「さて。何のことでしょうか」

 淡々と答える彼女を、祖父はじっと睨み付けている。

「まあまあ。あとで警察が調べますので、ね」

 間に割り込んだ駐在が、おどおどした様子で尋ねる。

「ところでひとつ気になっているんですが、普段は蔵の戸に鍵は……」

「蔵の鍵は三年前の事件のときに壊したっきり直してませんわ。次の年の夏祭りまで祭具やらを仕舞っておいているくらいで、価値のあるものなんてありませんもの。村人全員が知っていることなので、泥棒の心配もないですし」

「はあ。あと凶器の鎌だったのですが、あれは蔵の中にあったもので間違いないですかね」

「ええ。棚の釘に吊るしておいたものです」

「例えば勝手に落ちたりなんてことは……」

「あら、事故を疑っていらっしゃるのですか。――そうですね。大きな振動、例えば地震などがあれば、鎌が落ちてしまうこともあり得るとは思いますが」

「地震は無かったですからねえ」

 うーんと唸りながら駐在は頭を掻いた。悩むのも当然だ。事故の可能性は低く、雪の足跡から里美以外の人物が蔵に出入りできたとも考えられず、背中に鎌が刺さっていたことから自殺という線も無い。まさに八方塞がりである。

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