曳谷村の冬

 怖い話といえば、祖父母の家がある曳谷ひきたに村で遭遇した事件が頭に浮かぶ。

 中学三年生の冬だった。

 幼い頃から正月は母方の祖父母宅で過ごす習慣になっていて、その年も例外ではなかった。大晦日から一週間の予定であったが、その年は父親の仕事の都合がつかず、一週間遅れでの帰省となった。

 田舎というのは子供にとって非常に退屈で、進んで行きたいわけではなかったが、お年玉が貰えるため背に腹は代えられない。

 祖父母の家に行くと、家事の手伝いが課せられる。何せ小さな商店しかない村だ。家でごろごろテレビを見るくらいしかやることがない。

 手持ち無沙汰でいると必然的に、暇にしているくらいなら爺ちゃん婆ちゃんを手伝いなさいと両親にせっつかれる。渋々手伝っていると、まるでお寺の修行僧にでもなった気分であった。

 その手伝いのなかでもとりわけ億劫なのが雪かきだった。

 曳谷村は豪雪地帯ではないが、それでも多少の雪は積もる。連日、雪が降り続くと、膝が埋まるほどになってしまうので、小まめな雪かきは必須だ。

 雪の降りが強いときには、多くの村人が防寒着に防水手袋というお決まりの格好で除雪用のスコップを振るう姿がそこかしこで見られる。奇妙な一体感が村を包み込むのだった。

 晴れた日の雪かきはまだいいが、雪が降りしきっているなかでの雪かきは地獄だ。どんよりとした雲の下、頭の上に雪を積もらせながら家の前の道路を除雪していく。すると、ついさっき雪をかいた場所に、また雪が積もっているのだ。賽の河原で石を積むかのような苦行を、雪が止むまで半日おきに繰り返さなければならないこともよくある。

 一月十三日、その日も父親と祖父と三人で家の前の雪かきをしていた。

 昨日から降り続いていた雪がようやく弱まり始めた午後一時過ぎのことだ。見知らぬおばさんが小走りでこちらにやってくると、息も絶え絶えにこう尋ねてきた。

「娘の里美さとみを見ませんでしたか」

 話を聞くと、今朝の九時頃に遊びに行くといって出掛けたまま帰っていないらしい。昼になっても戻らず、さすがにおかしいと思い、こうして探し回っているのだそうだ。

「こっちには来てないですねえ。でも、こんな狭い村です。心配しなくてもすぐに見つかりますよ」

 励まそうとしたのか、父は明るく応じる。

「……そうですよね。すみません」

 里美の母親は暗い表情のまま、今来た方へと足早に引き返していった。

 その姿が見えなくなった頃、隣にいた祖父が小さな声で呟いた。

「まさかな。いや、あれは夏にしか……。――ちょいと確かめに行ってくる」

 表情を曇らせ、いつもより重く沈んだ声でそう言うと、雪かきのスコップを道の端に放り、どこへ向かうのか歩き始めた。

「こういうときは協力し合わないとな。人手が多いほうがいいだろう。さ、俺たちも行こう」

 どこか暢気のんきな父と共に、祖父の後を追いかける。

 子供が行方不明だという話はだいぶ広まっているらしく、雪がちらちらと降るなか、井戸端会議をするおばさん達があちこちで目に入った。

 祖父はひたすら歩き続け、気が付けば、人通りのほとんど無い村の外れに来ていた。この先には数軒の民家と寂れた神社しかない。

 道そのものは神社を超えても続いており、峠を越えると隣の村に出るが、冬は除雪が入っておらず通行止めの状態である。

 正月を過ぎた今、この辺りに用がある人間はほとんどいないだろう。

「お義父さん! こんな何も無いところに子供が来るわけ無いですって!」

「……いや。わしの気のせいだったらいいんだがのう」

 歩く速度は緩めず、祖父は訥々と語りだした。

「お前らがこの村に来るのは冬じゃけえ、それでも噂ぐらい聞いたことはあるだろうが。……あの神社の蔵でなあ、子供が四人、亡くなっとる」

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