井上真登佳による解釈

「まず、おまえたちは鋏上巫女が犯人だと決めつけているが、とんだ見当違いだよ。犯人は片柳老人だ」

 それを聞いた舞美は、すかさず反論する。

「ありえません! それこそ見当違いです! 片柳老人の娘が血吸い蔵の最初の犠牲者なんですから。それとも実の娘を殺したとでも言うんですか」

「別に、過去の事件のことを言っているんじゃない。あくまで、今回の里美殺しの犯人は巫女じゃないってことだよ。今回だけ異質なんだ。過去四回の事件が夏に発生したのに対し、今回は冬。前回の事件から三年しか経っていないから、五、六年おきという周期からも外れる。規則性を完全無視だ」

「でも、現場の状況は酷似しているでしょ。床に血が無い点と、現場が密室だという点で」

「利用したんだよ、過去の事件を。罪から逃れるためにな」

「でも規則性から外れているってだけで、片柳老人を犯人だとするのは、ちょっと強引じゃないかな」

 もともとが犯人自身で決めた規則だ。その気になればいくらでも変更できるはずである。

「一応、それらしい描写はあっただろ。ほら、蔵に現れたとき。片柳老人は防寒着を着ていなかった。いくらなんでも着るのを忘れるか、普通。着なかったんじゃない。着られなかったんだよ。焚き火で燃やしちまってたから」

「それじゃあ焚き火から見つかった、血液反応があった繊維の燃えカスは――」

「片柳老人の血で濡れた防寒着だったってわけだ。鎌を里美にぶっ刺したときの返り血。それと床の血を拭くのにも防寒着を使ったんだろう」

「とりあえず、片柳老人が犯人たりえるってのは分かったんだけど、肝心の方法は? 足跡の問題が一番のネックでしょ」

 もともとアリバイがない時点で片柳老人は犯人候補だったのだ。警察を悩ませたのは現場が密室だったという不可能状況の方だろう。

「単純なトリックだよ。犯人は、自分の足跡を消したんだ」

「足跡を? 一体どうやって」

「幟で覆ったんだよ。殺意を持って里美の後を追いかけた犯人は、彼女が蔵に入って行ったのを見て、彼女の足跡を消さないようにその脇を歩いたんだ。堂々と蔵に入った後は鎌で背中をグサリ。蔵から出て、幟を下ろし、蔵の前に残っている自分の歩いた跡に被せたんだ。足跡が残っている部分の長さは六メートルかそこらだ。電柱ほどの高さの幟で充分隠しきれる」

「そのトリックは無茶です。さすがに幟が落ちてたら気付くはずですからね!」

 機会を窺っていたのだろう、舞美は敵討ちとばかりに指摘する。

 しかし、真登佳は狼狽えるどころか不敵な笑みを浮かべただけだった。

「おいおい。大事なことを見落としてるぞ。里美が殺されたのが十一時。死体が発見されたのが十三時以降。そして死体発見の直前まで雪が降っていた。里美の足跡がぼやけるくらいにな。その間に降り積もった雪によって幟は隠れていたんだ」

 雪によるカモフラージュ。トリックばかり考えていたせいで、雪という自然現象にまで注意が及んでいなかった。だが、言われてみればその通りである。

 舞美も反論が考えつかないのか黙っている。

「あとは誰かが神社に行くのを小屋から監視して待ち、やってきた奴の後をつける。そいつに、蔵の周りに里美の足跡しかないことを目撃させたら、隙を見て幟を回収して焚き火に放り込むだけだ」

 つまり、蔵に現れたとき、片柳老人は足跡の隠蔽に使った幟を処分した直後だったということになる。しかし、そう都合良くいくだろうか。第三者が知らずに幟を踏みつけてしまう可能性もあるだろう。

「もし、誰かに地面に敷いた幟を発見されても、後をつけていればリカバリーが効く。大声を出すなりして注意を逸らして、駆け寄ったついでに足跡をぐちゃぐちゃにしたりな。幟はもともとぼろかったらしいし、風で飛んで行ったとかの言い訳もできる」

 こちらの考えを察したのか、真登佳は先回りするかのように反論の芽を摘んだ。

「犯行可能なのは理解できたけど、動機が分からないな」

「気が触れていたんだろう。憶測になるが、神社へ向かう里美を見て、死んだ娘と重なったんじゃないか。接触したはいいが、里美にとっては知らないジジイだ。当然ながら拒絶される。それでカッとなって殺した、とか。ホラーでもよくあるだろ。『そんなことを言うおまえは私の子供じゃない』って殺してまわる精神異常者とか。拘留中に自殺したのは、正気に戻って自分の犯した罪の重さに気付いたからか、はたまた、娘だと信じ込んでいる里美に拒絶されたショックからか」

 片柳老人がひとりになってまで小屋に住み続けたのは、娘がいつか帰ってくると信じていたからなのか。本当のところは分からないが、氏が置かれた状況を考えると、気が病んでしまっても無理はない。

「まあ、今言ったのはあくまでも解釈のひとつに過ぎない。もしかしたら、特殊部隊の隊員がパラシュートで降下してきて、犯行後、ヘリで回収されたって話なのかもしれないし。語られていない事象が存在する可能性を否定できない以上、限られた情報の組み合わせでしかないわけだ、私の推理は。あんまり真に受けるなよ」

 いつものことながら推理に対し予防線を張る。おそらく、これ以上、反論に答えるのが面倒だからだろう。

「今回は片柳老人が犯人だった、というのは認めます。悔しいけど反論できないので。でも他の事件の犯人は巫女だったんですよね」

「おそらくな。奴が村に来てから血吸い蔵の事件が始まったわけだし。神社から見つかったっていうクエン酸も、犯行を匂わせるしな」

「確か、クエン酸は血液の凝固防止にも使われるんですよね」

 舞美は持ち前の豆知識を披露した。何をどこまで知っているのか見当もつかないが、たまには役に立つ。本人に言うと図に乗るので、氷波は決して口にはしない。

「定期的な殺人と、なぜか拭き取られた血。もしかしたら巫女は、子供の死体から採った血液を美容液として使っていたのかもしれないな」

 吸血鬼伝説のモデルになったとされる、血の伯爵夫人の話がある。十六世紀のハンガリーにおいて、美肌のために若い娘の血を求め、残虐行為を繰り返したというエリザベート・バートリ夫人。

 それと同じようなことが、鋏上巫女によって行われていたというのか。

「話の中で、語り部は巫女の白い肌に注目している。実際、血液が美容に良いのかどうかは知らないが、もしかしたりしてな」

 果たして、血吸い蔵の惨劇は続いてしまうのだろうか。氷波は、胸騒ぎのような嫌な感覚に襲われた。

「はい! この話はここまでです! せっかくの天気なんですから、陰気な話は止めにしましょう!」

「どの口が言う。もともと怪談を聞きに来たんだろ、おまえは」

 舞美は、唇に人差し指を当てながら、

「偵察も兼ねて、ですけどね。あ、私このあと友達とショッピングの約束があるんだった!」

 偵察とは何なのかと訊く間も無く、舞美は玄関へ駆けていった。

「浴衣、楽しみにしていて下さいね」

 そう言うと彼女は、熱気で揺らぐ陽光の中へと姿を消した。

 怪談に浸っていた頭に、鮮やかな景色が、今が八月であることを思い出させてくれる。近所の神社でも、近々、夏祭りが行われるはずだ。

「真登佳も、もう帰るかい」

 扇風機の首振りを止めて風を独占している彼女に語り掛ける。

「あー。そうだな。……もう一話。もう一話だけ聞いてから帰る」

 氷波は「はいはい」と嬉しそうに笑いながら、次はどの怪談にしようかとパソコンをいじり始めた。

 怪奇と推理に彩られた夏は、まだ始まったばかりだ。


                                   〈了〉

 

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偽怪証明 真瀬 庵 @kozera_hinami

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