第18話 暴露

 盗賊団のアジトから外に出て、真一はマスクをとり外し朝日に目を細める。


 そんな自分たちを救ってくれた年若い少年の素顔を見た女性たちから、ほぅという息遣いが漏れる。

 獣人少女の尻尾はぶんぶんと大きく揺れていた。



 真一はまず、自らが宿泊している『愛楽歩亭あいらぶてい』に獣人少女を連れて行った。


「あらん、朝帰りかしらん? しかもか・わ・い・い女の子を連れて帰ってくるなんて♡」


 そう、バルレッタの街にあったバケモノ宿の系列店である。

 このバケモノ宿『愛楽歩亭』はあらゆる街に系列店があるようであった。


 真一はこの宿を一度味わってしまったため、他の宿のクオリティが低すぎて耐えられなくなってしまっていた。

 店主は恐ろしいが、その他全てのクオリティが非常に高くリーズナブルであるため、真一は一部の問題点に目を瞑ることにした。


 ちなみに獣人少女は店主を見て怯えきってしまい、真一の陰に隠れていた。


「一人分追加で支払います。僕の部屋で寝かせるので、部屋の清掃はいりません」

「うふふふ♡ わかったわん♡ お楽しみにね♡」


 真一は愛想笑いを失敗して顔を歪めつつ、獣人少女を部屋に連れて行く。


「疲れているだろう、ベッドで寝ていて構わない。僕は冒険者ギルドに行ってくる」

「うん、分かった! ありがとう」


 獣人少女はニッコリと笑って手を振って見送ってくれた。



「えーっと……つまり、シンイチ様はたまたま出会った冒険者の人からブラックウルフの首を貰い、女性たちを預かったと、そういうことでよろしいでしょうか?」

「はい、そういうことです」


 冒険者ギルドの受付嬢が胡乱な目で真一を見つめる。


「……その冒険者の方の特徴は?」

「白い鎧に赤い剣。ガッシリとしたガタイの騎士っぽい人でした」


 適当なでっち上げである。陽炎で檻を溶断していたりしたので、一応火属性っぽい赤い剣という設定にしている。


「……囚われていた女性たちと情報は一致しますね……」


 受付嬢は数枚の書類を照らし合わせ逡巡した。


「……承知いたしました。シンイチ様のブラックウルフ討伐を受理いたします。また今回のギルドポイント加算でDランクにランクアップいたしました。おめでとうございます」


 受付嬢にギルドカードを預けると、緑色から青色に変化して帰ってきた。

 カードにはDと記載されている。


「もしまたその冒険者の方にお会いしましたら、冒険者ギルドにご報告いただけますと助かります」

「分かりました、もしまた会ったら報告しますね」

「よろしくお願いいたします」


 真一はランクアップに頬を綻ばせ、冒険者ギルドを後にした。


 真一が『愛楽歩亭』に着くと、店の前に一人の女性が立っていた。


「帰ってきたか、聞きたいことがある」

「……分かった」


 待ち伏せしていた女性、レイアに連れられて裏ギルドのサブリーダー室へやってきた。


「シン、何か報告することがあるだろ?」

「……何の話だ?」


 真一は心当たりがあったが、特に報告する義務もないため惚ける。

 レイアはそれが分かっているようではぁとため息をついた。


「別に責めてるわけじゃない。でもせめて一言くらい言ってくれてても良かったんじゃないか?」

「あの程度の些事、別段報告も必要ないと思った」


 レイアは真一の返事を聞いて天を仰いだ。


「この街を悩ませていた黒狼団を壊滅させることが些事……ねぇ……。ねぇシン、あんた本当に何者なんだ? 一人でブラックウルフ含めた黒狼団を全滅させるなんて、ただ事じゃないぞ?」


 レイアの真剣な眼差しが真一を射抜く。

 真一は一瞬また適当に誤魔化そうと考えたが、裏ギルドに誘ってくれて無属性魔力の使い方を教えてくれたこの女性にこれ以上嘘はつきたくないと思いはじめた。


「……絶対に誰にも漏らさないと約束するか?」


 レイアは真一の言葉に若干顔を綻ばせて、即答した。


「勿論、絶対に誰にも漏らさないと約束する」

「……分かった。僕は先日オルタリア王国に召喚された異世界人だ。知っているかも知れないが、異世界人が持つ《異能》という特殊能力で黒狼団を全滅させた」

「――ッ!?」


 レイアが口を手で覆い、息を呑む。


「……異世界人、勇者……。なるほど、ようやく納得できた。しかし先日召喚された勇者たちはまだ王城で鍛えているという情報だったんだが、誤情報だったのか……」

「いや、それは多分……僕が影が薄いから」

「影が薄い?」

「影が薄いから、いなくなっても気づかれていないのだと思う」

「……真面目に言ってる?」

「……大真面目だ」


 レイアが呆れたようにこちらを見てくる。

 事実なのでどうしようもなく、真一は肩を竦めた。


「ところで、勇者様のあんたがなんで獣人族領を目指してんだ? もしかしてスパイとか?」

「……勇者様はやめてくれ。この間の召喚魔術は人族、獣人族、魔人族で同時に行ったことは知っているか?」

「あぁ、勿論」

「恐らく獣人族と魔人族にも、僕らの仲間が召喚されている」

「なんだって!?」

「その仲間たちを助けるために旅をはじめた。そして元の世界に帰る方法を見つけて、皆で帰ることが最終目標だ」


 レイアは俯いてこめかみを揉みほぐしていた。


「本気……なんだよな……?」

「本気だ」

「……険しいなんて言うのも生ぬるいくらいヤバイ道のりだな」

「百も承知だ」

「……分かった! あたしも協力してやんよ!」


 レイアは膝を打ち、笑顔で提案した。

 真一は不思議そうに首を傾げる。


「なぜそこまでしてくれる?」

「シンはあたしの部下だからな。最後まで面倒みてやるのは上司の努めってな!」

「……ありがとう、レイ」

「とりあえずは獣人族領へ向かいながら無属性と体捌きの鍛錬ってところだな」

「……ついてくるのか?」

「ちょうどオルヴィアでの任務を受けるつもりだったからな、そこまでは一緒に行くぜ。それまでにあたしの教えをマスターしてもらうつもりだから、覚悟しろよ?」


 レイアが嗜虐的な笑みを浮かべる。

 しかし真一にはそれは照れ隠しにしか見えなかった。


「助かる、ありがとう」

「……いいってことよ」


 そう言うとレイアはふいと視線を逸す。

 その頬は若干赤く染まっているように見えた。

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