第12話 盗賊団

 真一は馬車に揺られつつ、荷台に寝転がり空を眺めた。

 現在、行商人の護衛クエストを受注し、バルレッタの街からアルタムーラの街へ移動していた。


 馬車はお世辞にも乗り心地が良いとは言えず、振動により腰と背中が痛みを訴えていた。

 Eランク冒険者である真一に仕事を頼むくらいお金のない駆け出し行商人で、馬車も小さい中古品であるため仕方ないと言えよう。

 依頼人の馬車に乗せて貰えるだけありがたいとは思いつつも、ゴムタイヤの車に慣れ親しんでいる真一にはかなりしんどいものがあった。


 真一が起き上がり腰をトントンと叩きながら周囲をうかがっていると、進行方向に馬車と複数人の武装した人間が《観察眼》により強化された真一の目に映った。

 どう見ても馬車が野盗に襲われているようにしか見えない。


「レントさん、この先で馬車が野盗に襲われています」

「えぇっ!? マジですか旦那? あっしには何も見えやせん……ん? 言われてみると何か見える気がしなくもありやせんが……よくこの距離で野盗ってわかりやすね」


 旦那と呼んでくる行商人レントであるが、最初に真一と顔合わせした時はいかにもハズレを引いたとでも言いたげな顔をしていた。

 しかし真一が道中に出現した魔物を何匹かサクッと狩ったところ、目を輝かせて真一に懐いてしまった。


 真一は周囲をうかがい、他に野盗が居ないことを確認する。


「ここらで一旦止まってください。僕は様子を窺ってきます。周囲には人も魔物もいないことは確認しているので大丈夫です」

「わ、わかりやした! お気をつけて!」


 真一は馬車から降りると《隠密》を発動させて前方の馬車に駆けて行った。


 野盗は十人程おり、馬車の周りには護衛の冒険者と思わしき人物や野盗が数人血を流して横たわっていた。


 野盗は荷台の中身を漁って騒いでいた。

 またその荷台には一人の少女が縄で簀巻きにされているのが見える。何回か殴られたのか頬が腫れているようだ。

 馬車の持ち主達は、その少女を残し全員殺されているようだ。


 真一はあまりの凄惨な光景に怒りを堪え奥歯を噛み締め、より一層脚に力を込めて近づいていく。

 護衛クエストを受注した時には自分に人が殺せるのだろうかと不安に思っていたが、不安を他所にこの野盗達をいかに素早く片付けるかという思考に切り替わっていた。

 本当は生け捕りにしたいところではあるが、身体能力が並であり奇襲が主戦法の真一としては非常にリスキーであった。また縛っても魔術が使われる可能性もある。

 野盗の討伐は生死は問われないとレントからも聞いていたため、一人だけ生け捕りにして他は息の根を止めようと真一は判断した。


 野盗に気づかれることなく接近した真一は、まず荷台上にいる野盗四人の喉元を斬り裂く。

 真一が荷台から降りると、少し遅れて自分が斬られたことに気づいた野盗達が口から血を吐き出しながら膝をついて倒れた。


 それに気付き振り向いた近くにいる野盗三人の首も狩る。


「て、敵襲だっ!! 魔術攻撃か!? 周囲を警戒し――アガッ」


 唐突に血を吐いて倒れた仲間を見て周囲の仲間に呼びかけはじめたリーダーらしき男の首に後ろから手刀を入れて気絶される。

 本拠地や仲間について聞き出すためである。


「ひっ! ひぃっ!? 逃げ――グフゥッ」


 仲間の惨状を見て逃げようと背を向けた男達の胸に陽炎を突き立てる。


 瞬く間に十人もの野盗を手に掛けた真一であったが、自然と心はそこまで波立っていなかった。

 なんならクリアリザードの親子を手にかけた時の方が罪悪感があった程だ。


 真一は荷台に戻り、《隠密》を解除して少女の縄を斬った。


「――ッ!? え? えっ!?」


 少女は突然の出来事に戸惑っているようで真一と周囲に倒れる野盗達を交互に見た。

 そして倒れている冒険者たち、行商人と思われる男を見て、目から涙が溢れてきた。


「ふ、ふぇ……お、おとうさ……」


 真一はこういうときどうしたらいい物かと眉を下げ、とりあえず頭を撫でてみる。

 安心して実感が湧いたのか、少女はわんわんと泣きはじめた。



「流石旦那ですね! 野盗を一方的にやっつけちまうなんて」


 その後レントを呼び、そこら中の死体を集めて襲われた馬車に乗せて走らせていた。

 不幸中の幸いに、馬が無傷であったため、行商人や野盗の死体を積んでアルタムーラへ運ぶことが出来た。

 レント曰く、野盗には懸賞金が賭けられていた場合、報奨金と冒険者ギルドポイントが貰えるとのことらしい。


 馬車の業者など初めてである真一であったが、賢い馬であったお陰でただ業者席に座っているだけで馬はレントの後を走ってくれていた。

 膝の上では泣きつかれたのか少女がすやすやと寝息を立てていた。


 アルタムーラの街へ到着し、衛兵に事情を説明して馬車ごと預ける。

 少女は亡くなった商人の娘であったようで、街にある商店に住んでいる母親の元へ送り届けられた。



 翌日、真一が冒険者ギルドへ足を向けると、昨日の報奨金とギルドポイントが贈与された。

 また昨日助けた少女の母親がお礼をしたいから真一に会いたいとギルドに連絡をしてきているらしい。

 真一は一度断ったのだが、どうしてもと言われているらしく仕方なく彼女達が住んでいる商店の場所を教えられた。


 ギルド酒場から聞こえてきた噂話では、真一が生け捕りにしてきた野盗はすぐに殺されたらしい。

 情報も何も引き出さずに殺されたと聞いて、真一は眉を顰める。


 黒狼団という大きい盗賊団がこの周辺に巣食っているらしく、ここ最近はその被害が多発しているそうだ。

 今回生け捕った野盗から本拠地等の情報を引き出せば解決できた可能性もあったはずだ。


(この街のお偉いさんは一体何を考えてるんだ……)


 真一はこの街の対応について思案しつつ、少女らの住む商店へ向かった。



「この度は娘を救っていただき、誠にありがとうございます……」

「おにいちゃん、ありがとう」

「いえ……たまたま通りかかっただけなので……」


 商店について早々、入口で母娘が深く頭を下げてきた。

 二人の目は赤く腫れており、痛々しくて見ていられなかった。

 どうしようもないことではあったが、どうしても自分がもう少し早くあの場についていれば父親を助けることもできたのにと思ってしまい、唇を噛みしめる。


「あの、これは少ないのですが……受け取ってください」


 母親はジャラリと金属の擦れる音を立てながら革袋を差し出してきた。

 袋の膨らみ方から、結構な額が入っているように見える。


「いえ、僕はギルドからも報酬をいただいているので、そんなに受け取れません」

「しかし……! 娘を救っていただいたのです、どうか受け取ってはいただけないでしょうか!?」


 真一は善意を受け取りたいとは思ったが、これからの二人の生活を思うと首を縦に振ることができなかった。


「これから、娘さんを育てていくのに何かと入り用になるでしょうし、やはり受け取れません。それはお二人の生活費に充ててください。僕はそのお気持ちだけでも嬉しいので」


 そういうと母親は涙ぐみ、頭を下げた。


「ありがとう……ございます……。もし何かございましたらおっしゃって下さい。全力でお力添えさせていただきます」


 その言葉を聞き、真一は思い出す。


「それであれば、腕の良い防具職人の知り合いがいればご紹介していただけませんか? クリアリザードの素材で防具を作成して欲しいのですが」


 母親は即座に顔を上げ、パァッと表情を輝かせた。


「それでしたら! 我が商店の取引先にかなり腕の良い防具職人の方がいます! すぐに紹介状を書かせていただきます!」


 そしてダッシュで奥に走って行ったかと思うと、すぐに木札を一枚持って戻ってきた。


「ハァハァ……こ、これを、そこの角の防具店に持っていっていただければ……便宜を図ってくださるはずです……!!」

「あ、ありがとうございます。助かります」


 真一はそのまま受け取った木札を持って防具店へ向かった。

 店の戸を開けると、背の低いヒゲモジャの男性がカウンターに座っていた。

 人間にしてはあまりに身長が低く、もしかしてドワーフではないかと真一は興味深げに観察した。


「すいません」

「――むっ!? お主、今どこから入ってきた?」

「……普通に入ってきました」

「……そ、そうであったか? うむぅ……まぁいいじゃろ。何の用じゃ?」


 ドワーフは納得できてなさそうに首を傾げていたが、真一はいつものことなので気にせずに話を進める。


「この素材で防具を作っていただきたい」


 そう言って真一がクリアリザードの皮と紹介状の木札をカウンターに無造作に置くと、無愛想だったドワーフは目を見開いた。


「こ、これはクリアリザードか……? 珍しい物を持ってきたものじゃの。しかも傷もなく状態が良い」


 話しながらもドワーフは素材をぺたぺたと触ったり色々な角度から観察したりしている。


「フード付きの、通常の防具の上から羽織れる物が良いのですが、できますか?」


 真一がドワーフの様子をうかがいながら希望を告げると、ドワーフは機嫌よく鼻を鳴らした。


「できるか、じゃと? ……無論じゃ。マッセのところの紹介もあるからの、最高の物を作ってやろう」


 ドワーフはニヤリと笑い、再び素材に目を戻した。どうやら早く加工したくてウズウズしているようだ。


「どれくらいでできますか?」

「今から手をつければ明日中にはできるわい」


 二日で作れるものなのだろうかと真一は疑問に思ったが、早い分には助かるため任せることにした。


「では、それでお願いします。金額は――」

「明日、完成品を見てからで良い」

「分かりました、お願いします」

「ではの、儂はこれから作業に入るからもう店じまいじゃ!」


 そういってドワーフは店の外の立札を閉店変えて、店の奥に消えていった。

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