第13話 領主邸
ゴブリンの討伐クエストを終わらせ、真一はギルド酒場で食事をとっていた。
酒場なだけあって濃い味料理ばかりで真一の舌にはあまり合わないのだが色々な噂話が耳に入るため、情報収集の点では優れた食事処だと言えた。
「あの豚、また俺らの税金で獣人奴隷を買いあさってやがるらしいぞ」
「あの金はどっから来てるんだか」
「またバルレッタから来る途中に行商人が黒狼団に襲われたそうだな」
「豚領主は一体何やってやがるんだ。とっとと討伐隊でもなんでも出してくれねぇと、誰もこの街に行商に来なくなっちまうぞ」
ギルド酒場で聞こえてくる話はこの街の領主の悪口ばかりであった。
どうも盗賊団を放置して、獣人族やエルフ族の奴隷を買い漁っているようだ。
真一の脳裏に泣きはらした少女とその母親の姿が浮かぶ。
あのように大切な人を失い悲しんでいる人が山程いるというこの現状を放置している領主に不信感を覚える。
そもそも盗賊団を放置して行商人が減れば領主の収入も減るはずだ。
それを平気で放置しているということが真一には不思議でならなかった。
(本当は獣人族領へ進むのを優先したいが……)
真一は額をトントンと叩き、ギルド酒場を後にした。
◆
「できておるぞ。自信作じゃ! どうじゃ!?」
そう言って生き生きとしたドワーフが、カウンターの上にクリアリザード製の装備を置いた。
カウンターの上に置かれたのは、フードがついた黒いマントであった。
シックで目立たないが、中々格好良く仕上がっていると真一は感心した。
「普段はクリアリザードの基本色である黒じゃが、魔力を通すことで周囲に馴染むよう色彩が変化し視認阻害効果を発揮するのじゃ。流石に生きているクリアリザードの視認阻害能力には及ばないがのう」
試しに羽織って魔力を通してみると、確かに周囲に馴染むように色が変化した。
決して見えないわけではないが、パッと見では見逃してしまう可能性があるだろうと思えるレベルだ。
もともと真一には《隠密》があるため、これでも十分すぎると言えた。
「素晴らしい出来です、ありがとうございます」
真一が嬉しそうに笑うと、ドワーフもニッカと笑い満足そうに頷いた。
◆
夕日が消え行く頃、真一はフードを被り領主邸の裏手に来ていた。
《隠密》を発動し、裏門をよじ登って敷地内に侵入する。
勿論、門番には全く気づかれていない。
門番がいるためか裏口の扉は鍵がかかっておらず、すんなりと邸内へ入ることができた。
《観察眼》で人の位置を確認しつつ、真一は上の階へ上がっていった。
こういう所に住んでいる偉い人間は、大体一番上の階の角部屋にいると相場が決まっている。
奥の部屋から見ていこうと真一が進んでいくと、一部屋目にいきなり二人……いや三人の魔力反応が見えた。
壁越しに何か聞こえないかと耳を立ててみたが、ほとんど何も聞こえなかった。
防音性のいい部屋なのだろう。いきなり怪しい部屋に当たったなと真一は自らの勘の良さに驚く。
どうにかして中の様子をうかがいたいが、流石に《隠密》でも扉を開けるとなると、その瞬間を目撃されてバレる危険性が高い。
少し思案した真一は、おもむろに窓を開け放った。
真一は窓から身を乗り出し、鉤縄を屋根に向かって投擲し、それを伝って屋根に登った。
懐から陽炎を取り出し、真下に人がいない箇所で陽炎を屋根に突き刺した。剣を軽々溶断することができる陽炎は、何の抵抗もなく建物に吸い込まれていく。
真一はそのまま人が一人通れる程度の大きさに屋根を四角く切り抜き、そのまま屋根を取り外して天井裏に降り立った。
真一がコンコンと床を叩いて厚さを確認すると、軽い音が響く。
壁は防音のため分厚くしているようだが、天井はさほど厚くはないようだ。
真一は先程の部屋の上まで這い進み、陽炎で天井に小さな穴を開けた。
穴を覗くと、中にはぶくぶくと太った豪華な衣服を身に纏った男と、痩せ型の執事服の男がいた。
「おい、次の奴隷はいつ来るのだ?」
「は、本日確認をとったところ、未定とのことで……」
「未定だとォ!? あの薄汚い盗賊ども、最近調子に乗っておらぬか!?」
「仰る通りでございます。近頃はブヒル様への恩を忘れて、仕入れを怠るようになっておりますな。本日少々脅しをかけておきましたが、あの蛮人共にどれほどの効果があるか……」
「ま、まぁあいつらが使い物にならなくなったら殺して、また新しいゴミを雇えばいいだけなんだがな。捨てられたくなくば早く次の奴隷をよこせと奴らに伝えておけ!」
「は、承知いたしました」
完全に真っ黒であった。黒すぎて清々しいほどだ。
あまりの黒さに真一はドン引きし、
その後もゲスい話をしていた二人であったが、食事ができたとかで部屋から退出していった。
すると先客の人が天井の板を外して部屋に降りていった。恐らく最初から外していたのだろう。
同じことをしようと思っていた真一も、その外れている箇所を利用させてもらい部屋に降り立った。
先客の人はサクサクと部屋の中を漁っていた。こういうことに手慣れているのだろう、凄く手際が良い。先程の表情といい、恐らくこの領主に敵対しているのだろうということだけは見て取れる。
真一も何か証拠が欲しいと思い、領主の机をうかがう。
確かデス◯ートとかこういう場所に隠してたよなぁとおもむろに引き出しの下を覗いてみると、小さな穴が空いていた。
「……」
あまりにテンプレートな隠し場所に真一は呆れつつ、床材を細く棒状に切り取って穴に刺した。
引き出しを開けると二重底が棒に押し出され、その下の書類の束が顕わになった。
領主の椅子に座りながら書類をペラペラと捲ると、奴隷に関することや取引に関することが記録されていた。
どうやら盗賊行為を見逃すことで、誘拐してきた獣人族やエルフ族を融通させているようだ。
「あぁ、あったぞ。証拠っぽい書類」
真一は資料を持った手をヒラヒラと振りながら先客の人に語りかけた。
「――ッ!?」
先客の人はバッと真一の方を振り向き、弾かれたように跳躍して真一と距離を取った。
腰に下げたナイフの柄に手を添えて、真一を睨みつける先客の人。
「僕と同じく、ここの豚領主の悪事の証拠を探しに来たんだろ? 良かったらこの証拠少し分けようか?」
真一は穏やかに、小声で語りかけた。跳躍ですら無音であった先客の人の喉がゴクリと鳴った。
「あ、あんた……何者?」
「ただの通りすがりの旅人だ」
「……本気で言ってる?」
「事実を述べたまでだ」
先客の人は女性のようであった。顔も黒い布で包まれているので、どのような容姿かは分からない。目線から戸惑いは感じるが殺意は感じない。
「……いつからここにいた? なぜその書類をあたしに渡そうと思った?」
「天井裏で奴らの話を聞いているときから。なぜかと言われると……貴女もこの豚領主に敵対している人間のようだから利害は一致するかと思った。あとは……珍しい僕と同じ無属性の人だから、親近感が湧いた……ってところかな」
真一の言葉を聞いた先客の人は目を大きく見開いた。
「なぜあたしの属性を……しかも同じだと……?」
先客の人がぶつぶつと呟きはじめたところで、《観察眼》に近づいてくる魔力反応が映った。
「奴が帰ってくるみたいだ……資料の半分はここにおいておくぞ。僕は帰る」
真一は天井に鉤縄を引っ掛けて天井裏に戻る。
「ちょっ! 待ちさない!」
先客の人も資料を掴み、真一を追いかけて天井裏へ跳躍した。
凄まじい跳躍力だ。
真一は来た時に切り抜いた天井を取り外して屋根に登った。
当然の如く先客の人もついてくる。
「……屋根をこんな綺麗に切り抜いたというの……?」
真一はまた鉤縄を利用して、屋敷の外へ脱出した。
ちなみに先客の人は普通に飛び降りてついてくる。
三階建ての建物から平然と無音で飛び降りた先客の人を見て真一は唖然とした。
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