第14話 裏ギルド

「で、結局あんたは本当に何者なの?」


 屋敷から少し離れた裏路地で、真一は先客の人に捕まっていた。


「まず自分から名乗るべきでは?」


 真一がそう言うと、先客の人はハァと溜め息を吐いてから身に纏っていた黒装束を一瞬で脱いだ。

 黒装束を脱いだ先客の人は、赤髪で強気そうな美人なお姉さんであった。二十歳ちょいくらいであろうか。服装は地味な町娘風の服装に変わっている。


「あたしはレイア、裏ギルドのサブマスターだ。領主ブヒルの不正の証拠を掴む依頼を受けてあそこに忍び込んでいた」


 予想以上に情報が開示され、真一は目を見張る。


「……いきなり情報を晒し過ぎでは?」

「あんたが悪い人間ではないということは分かっている。これくらいすればあんたも多少はあたしを信頼してくれるでしょ?」


 そう言ってレイアは不敵に笑った。

 真一は苦笑しつつ、フードを取った。


「冒険者のシンイチだ。ここの領主が盗賊と繋がっていると思ったから、証拠を得るために忍び込んだ」


 真一の容貌を見て、レイアは軽く目を見張った。


「……思ったより若いわね。その情報をどうするつもり?」

「国の上層部に知り合いがいる。その人に送って対応してもらうつもりだ。……貴女も似たようなものだろう?」


 真一はセリーヌ王女に情報を送ろうと思っていた。彼女に送れば相応の対応を取ってくれるだろう。

 そしてレイアも恐らく国の上層部か権力を持つ貴族からの依頼であると真一は予想していた。

 それは正しかったようで、真一の話を聞いてレイアは苦い顔をして真一を見る。


 レイアは少しの間真一をじろじろと観察し、口を開いた。


「……あんた、裏ギルドに来ない?」


 真一は意味を捉えかねて首を傾げた。


「それはどういう意味だ?」

「裏ギルドに入らないかってこと。あんたの諜報能力と洞察力は使える。あたしの直属の部下になってほしい」

「……まず裏ギルドが何をする組織なのか、よく分かっていない。まぁ大体の想像はつくが。それに僕にはやらなければならないことがある」


 レイアは不敵に笑った。


「あんたが何をやらなければならないか知らないけど、裏ギルドに入ったからといってあんたを拘束することはしない。裏ギルドの仕事は報酬が良いし、様々な情報も手に入る。一度試しに来てみない?」

「……裏ギルドは、他種族領にもあるのか?」

「なんだあんた、他種族領に行くつもりなの? 勿論、世界中に裏ギルドは根を張っているよ」


 真一は顎に手を当てて思案する。

 他種族領に飛ばされた柚月達の情報を得やすくなるというのは助かる。

 真一のように旅をしている可能性を考えると、裏ギルドの情報網は非常に魅力的であった。


「ついでに、あんたも無属性なんだろ? 見たところ全然使えてないみたいだけど。あたしの部下になりゃ少しくらい魔力の使い方を教えてやってもいいよ」

「ッ!?」


 真一は凄い勢いでレイアの肩を掴む。


「む、無属性でも魔術を使えるのか!?」

「ち、ちょっと落ち着きな! ち、近い近い! 魔術は使えないが、身体強化をすることができるよ。身体強化してりゃ普通に飛び乗れるのにあんた、鉤縄なんて使ってただろ? 魔力を使えてないって一目見りゃ分かる」


 レイアは、肩を掴む真一を引き剥がしながら答えた。


 完全に無駄だと思っていた無属性魔力に使い道があったことに真一は感動し、打ち震えていた。


「裏ギルドに入る」


 真一の態度の変わりようにレイアは苦笑した。


「そ、そうか……まぁよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしく」


 二人は固く握手を交わした。



 真一は、レイアに連れられて裏通りの寂れたバーに来ていた。

 裏通りはいかがわしいお店やガラの悪い男がチラホラと目に入る。

 普通に生活していたら絶対に近づきたくないような場所だ。


「グレイソルティ、マリーンルージュ、デスネローズ、二つ」


 カウンターに座ると、レイアはカクテルを注文して銅貨を二枚弾いてマスターに渡した。

 何を注文したのかよく分からない真一であったが、確かデスネローズは最も辛い唐辛子だということは聞いたことがある。

 他の二つが何であれ、まともな飲み物じゃないぞと真一は頬を引きつらせる。


「予約席は奥だ」


 銅貨を受け取ったマスターは、無愛想に奥の部屋への入口に首を振った。


 レイアは特に気にした様子もなくスタスタと奥の部屋に入っていく。そこには地下へ降りる階段があった。

 階段の下には金属製の扉があり、レイアは懐から木札を取り出してちょうど空いている穴に投入した。

 すると中からコンコンと叩く音が聞こえた。


「レイ」


 レイアがそれに応えると、扉の鍵がガチャリと開いた。

 レイアの後ろから真一が一緒に部屋に入ると、入口の両脇に立っている男達がナイフを向けてきた。


「レイ、こいつはなんだ?」


 レイアは男たちにヒラヒラと手を振って答えた。


「加入希望者だ。あたしの部下にする」

「……そうか。なら早く契約しておくことだな」


 男たちは真一に不審な目を向けつつナイフを仕舞って下がった。


 レイアはスタスタと奥に進んでいき、受付カウンターのようなところに真一を連れて行く。


「加入登録を頼むよ」

「分かった」


 受付カウンターには目つきの鋭いお姉さんが座っていた。冒険者ギルドのような愛想の良さは皆無であり完全にタメ口だ。それに本人の身のこなしを見るに相当の強さを持っているようだ。

 受付嬢は羊皮紙とペンを机の上に置いた。


「これに記入して、内容がよければ血を垂らしな」

「なぜ血が必要なんだ?」

「……契約魔術だ。お前さんが契約を破るとすぐに分かる」

「なるほど、分かった」


 真一は契約書に目を通す。大体、部外者に情報を漏らさないとかギルドを裏切らないだとかそういう基本的なことしか書いていない。

 最後に記名欄と血を垂らす欄がある。


「あんたの名前はシンだ」


 真一が記名しようとしたところ、レイアがそれを止めた。裏ギルドは本名で登録している人間の方が少ないそうだ。

 真一はシンと記入し、ナイフで指を切り一滴血を垂らす。


 受付に契約書を渡すと、受付嬢は魔術陣の刻まれた板の上に契約書を置いて魔術行使した。契約書と真一の体がほのかに発光する。

 最後に黒いギルドカードを渡されて登録は完了した。

 登録完了後、レイアは真一を個室に案内する。


「ここはサブマスター室だ。防音の魔道具があるから安心しな」


 レイアは紅茶を入れて、向かいに座る真一に差し出した。


「で、シン。あんたが送ろうとしているお偉いさんってのは誰なんだ?」

「単刀直入だな…………セリーヌ王女だ」

「王女……思ったより大物が出てきたね」


 レイアは驚きで目を見張り、口に手を当てた。


「レイア……いやレイって呼んだ方がいいか? レイはどこからの依頼だったんだ?」

「あぁ、レイで頼む。代表で宰相ってことになっているが……まぁ国からの依頼だな」

「国か……裏ギルドはそういうところから仕事を請けることが多いのか?」

「国やギルドからの仕事がメインだな。そういう機関が表立って動けないような仕事がこちらに回される。今回の不法侵入とか……な」


 裏ギルドは公共の機関に肩代わりして黒い仕事を行う組織のようだ。

 ギルド内で目についた何人かの人達をとっても、冒険者ギルドに比べてかなりの戦闘能力を持っていそうな人ばかりであった。

 恐らく今回みたいに引き抜きで人員を揃えているのだろう。


「まぁ今回は二人とも資料を国に送るために侵入してたってことだな。ちなみにその証拠をどうやって王女に送るつもりだったんだ?」

「冒険者ギルドに依頼して送ってもらおうかと思っていたが」

「それはダメだ。王女への荷物だったら絶対に中身を改められる。不法侵入によって盗まれた資料だってバレて逆にシンが捕まっててもおかしくなかったよ、それ」

「そ、そうだったのか……レイに会えて良かった……」


 真一は自らの浅はかさに冷や汗をかく。


「では、レイはどうやって送るんだ?」

「裏ギルドに荷運び依頼をするんだ。それを専門としている奴らに任せれば検問も問題なく通る」

「なるほど……便利だな」


 裏ギルドの周到さに感心する真一。

 流石は国から仕事を請け負う組織である。


「ところで、無属性魔力の扱い方はいつ教えてくれるんだ?」


 真一は身を乗り出してレイアに尋ねる。


「わ、分かった、分かったから下がれ。……無能無能と言われる無属性だ、シンも苦労してたんだな」


 レイアは真一に憐憫の眼差しを向け、俯いた。

 大して苦労していた訳ではないのだが……と真一は思いつつ、レイアがやる気を出しているようなので何も言わずに黙ることにした。

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