第24話 潜入捜査

 真一とレイアは、気配を消しつつターゲットの家へと歩いていた。

 最初屋根を飛び移って行くかと真一が提案したところ、そんなことしたら屋根を傷つけるし流石に着地した時の音で目立つとレイアに笑われた。


 今回は、とある商会への潜入である。国内で製造販売を禁止されている麻薬を仕入れているという疑いがあるそうだ。

 そういうことはどこの商会でも大なり小なりあるそうですぐに捕まえるという訳ではなく、それを弱みとして握っておきたい、という趣旨らしい。


 麻薬や煙草が嫌いな真一は倉庫を燃やしてやろうかとボソッと呟いたが、それを聞いたレイアにマジで止めろよと真剣に止められた。




 潜入は真一だけであれば正面からでも行けるのだが、流石に隠密行動が得意なレイアであってもそれは厳しいそうだ。当たり前である。

 こっそりと窓から入るのが普通であるらしい。


 しかし窓を損傷させると潜入がバレるじゃないかと真一が主張し、屋根を陽炎で切断してそこから屋根裏に入ることとなった。

 《魔纏ブースト》で屋根に飛び乗り、レイアが事前に入手していた見取り図を元に侵入口を選定する。

 真一は念の観察眼で館内を探る。


「レイ、奴の部屋の真上に誰かいるぞ」


 真一の瞳には、商会長の部屋の真上、天井裏に緑色の光が視えていた。風属性の魔力を持った人間だ。風属性は移動速度強化、遮音、目立たない攻撃魔術と隠密に適した魔術が多くあるため、風属性使いの隠密は油断ならない相手である。


「……本当か? あたしには気配を感じられないが……」


 レイアが若干の疑いを込めた眼差しを真一に向けた。


「本当だ。そこに人間がいることは確定事項だ」


 真一は微塵の不安も覗かせずにそう答えた。

 レイアは一瞬だけ眉をピクリと動かし、すぐに何か納得したように表情を引き締めた。


「そうかい、分かった。これで限りなく黒に近いグレーになったね。今回はその情報だけでもまぁ十分か……」


 レイアは顎に手を当てて、思案する。

 屋根裏に潜む隠密、これを無力化、もしくは殺害するのは簡単である。

 しかしそれをした場合、何者かが調査に入ったと自白するようなものである。

 それは商会長を警戒させることになり、即座に逮捕に移らなければ証拠を隠滅されたり逃亡される恐れがある。そして現状、依頼主はそこまで強行するつもりはない。

 つまり見張りがいる段階で、レイアが取れる選択肢は「見張りがいた」という事実を依頼主に報告することくらいしかない。


 しかし、真一はそう考えてはいなかった。


「僕が潜入してこよう」


 何の気負いもなく真一がそう告げると、レイアは目を瞠った。


「いや、いくらあんたの気配が薄くても流石にそれは……」

「僕と出会った日を忘れたのか?」


 真一はニヤリと笑って、レイアと出会った時のことを示唆する。

 裏ギルドサブマスターであるレイアは高位の隠密と言っても過言ではない。

 それを持ってしても、同じ部屋で家捜ししていた真一に全く気づくことができなかった。レイアはそれを思い出し、呆れたような表情を表した。


「はぁ……忘れられるわけないじゃないか。まぁシンなら、行けるだろうな。ここは多少のリスクを冒してでも情報を取りに行こう、あんたを信じるよ」

「あぁ、任せろ」


 真一は見取り図を頭に叩き込み、屋根裏にいる隠密から少し離れた箇所で陽炎を取り出した。


「そのナイフ、本当に凄まじい代物だね」

「騎士団長から譲り受けた激レアマジックナイフだからな。そりゃ凄いさ」

「よく言うよ、半ば奪ったくせにね」

「人聞きの悪いことを言うな。正当な決闘の対価だ」


 レイアにからかわれつつも真一はサクッと屋根を長方形に切断し、潜入した。

 《隠密》を発動させ、足音を殺して移動する。

 館内は完全に光が消え、静まり返っていた。

 真一は同じく天井裏にいる隠密を視界に収め、緊張で背中に汗が伝うのを感じていた。

 ちなみに真一の《観察眼》には暗視能力もあるため、相手隠密のことはハッキリと視えていた。


 真一はそのままそろりそろりと隠密の脇まで歩いていき、陽炎で天井を切り取った。

 こんな近くで天井を切り取っているのにも関わらず一切の反応がないことに、真一は改めて自身の《異能》の強力さを実感する。


 レイアとの特訓の甲斐もあり、音も立てずに部屋に着地する真一。

 大きな動きはせず、音を立てないように細心の注意を払い部屋の中の書類などを漁っていく。

 レイアと邂逅した時には多少の音を立てていても気づかれなかったので、そんなに大きな音をたてなければ大丈夫……だとは思ってはいても、依頼人が裏にいるため真一はいつも以上に注意を払い行動していた。


 真一は自身の隠密の効果は、自分自身だけではなく自身が触れている無機物にも効果を及ぼすという検証結果を得ている。

 この検証から本棚から本を取って読んだりしても他の人から見たら何の違和感も感じないということが分かっているため、真一は堂々と部屋を漁っていく。



 部屋の中の書類や書籍をある程度見て回ってもこれと言って決定的な物は見つからない。

 真一は一度息を吐いてリラックスしつつ部屋を見回した。


 本棚や引き出しなどの細かい部分ではなく、部屋全体を俯瞰して観察する。

 すると、真一は壁の一部に不自然な継ぎ目を発見した。

 いや、普通の人間であれば不自然などと感じない程に自然にカモフラージュされてはいるのだが、真一の持ち前の観察眼を持ってすればそれは不自然なものだと感じられた。


 真一がその部分を軽く押すと、カチッと小さな音がした後に箱が壁から引き出された。

 その中には小さな革袋数個と書類の束が入っていた。


 小さな革袋の中には白い粉が入っていた。流石にこんな場所に隠していて小麦粉ということはないだろうということは自明の理であるが、これが何かということをこの場で確認する術を真一は持っていない。

 ペロッこれは……などと一舐めでこれが何かと判断できる人間は、余程有能な名探偵くらいしかいないであろう。

 真一は自分の革袋に白い粉を少しだけ移し、元の位置にそっと戻した。


 一緒に入っていた書類には各所との取り引きの記録や顧客リストが入っていた。勿論の取り引きとまでは明記されてはいないが、これも分かりきっている。

 真一はとりあえず顧客リストを手持ちの羊皮紙に殴り書きで簡単に書き写し、取引記録を中程から数枚だけ抜き出した。

 流石に顧客リストを抜き出すのはすぐにバレるだろうが、取引記録なんかは数枚抜き出しても簡単にはバレないだろうという魂胆である。


 真一は引き出しを元の位置に戻し、《魔纏ブースト》で脚力を強化して天井へ跳躍して戻った。

 やはり天井裏にいる隠密は全く気づくことはなく待機している。

 真一はその姿を若干滑稽に感じつつも、やはり細心の注意を払って屋敷の屋根まで戻ってきた。


「お疲れ、首尾はどうだった?」

「上々だ、詳細は戻ってから話す」

「了解、さっさと戻るとしよう」


 二人は頷くと、すぐに宵闇に消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無影の冒険者 ~最強レベルの影の薄さ《隠密》と観察力《観察眼》で異世界無双~ 丁鹿イノ @inovel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ