第3話 王女

 真一達が案内された部屋は一人一部屋であり、ものすごく広く超高級ホテルをも凌ぐような豪華さであった。

 ちなみに密会が行われないようにか、クラスメイトの部屋がどこにあるかは分からないようにされていた。


 真一はベッドに腰を下ろし、自らの手をじっと見つめる。

 自らの手に纏われている空間の揺らぎを見て、これは異世界に来たことにより発現した能力なのだろうかと思案する。

 魔力か生命力か分からないが、人によって色が違うのは何かしらの性質の違いなのだろう。


 見えた色は全部で赤、青、緑、黄の四色であった。

 ちなみに真一はである。この世界に来てから真一が視た人数は少ないが、無色は真一しかいなかった。

 それが良いことか悪いことか現在の情報では判断出来ないので置いておいたとして、他人の性質を視覚的に把握できるというのはそれなりに有用な能力なのではないかと考察した。



 真一は、これからどうしたものかと思考を巡らせる。

 まず第一に、突然転移してきた真一達はこの世界のことを知らなすぎる。何をするにしても、情報の収集は最優先事項であろう。


 真一は少しでも情報を集めるため、そこまで疲れていないこともあり部屋を抜け出した。

 特に行く当てがある訳では無いが、城内を探索しておけばいざと言う時にも役に立つはずである。

 見つかったときに若干面倒なことになりそうではあるが、影が薄いためそう簡単に見つかることも無いだろうと考え、真一は部屋を出た。


 静かな廊下を歩いていると、曲がり角の先から話し声が聞こえてきた。

 真一は息を潜めて曲がり角の壁に背を当て、ゆっくりと覗いてみた。

 潜入調査みたいだと思っていると、ふと言い知れぬ違和感を覚えた。

 見つからないように息を潜めているが、それ以上に自分の存在感が希薄になっているような気がするのだ。

 ような感覚だろうか。

 真一は自身でも理解できない不思議な感覚に戸惑いつつも、聞こえてくる話し声に耳を傾けた。


「姫様が気づかれたそうだぞ! 食事を頼む!」

「承知いたしました。すぐにご用意いたします」

「あぁ、私はジェシカを呼んでくる。君は食事を用意したら姫様の部屋へ持ってきてくれ」

「承知いたしました」


 女性のメイドと男性の兵士が少し早口で話をしていたが、話が終わると別れて別々の方向に歩きはじめた。


 姫様……もしかして……


 真一の脳裏に、自身が転移してきた直後に見た儚げな少女の姿が浮かぶ。

 あの悲しみに満ちた表情がどうしても頭から離れない。


 そんなことを思い出していると、メイドが真一の方向に歩いてきている事に気がついた。

 真一は咄嗟に廊下に置いてある壺の陰に隠れたが到底体を隠せるような大きさでなかったため、見つかった時の言い訳を必死で考える。

 しかしメイドは真一の真横を通り過ぎたが、全く気づくこと無く素通りしていった。


 真一は自分の影の薄さに感謝しつつ、メイドの後をつけることにした。



 メイドは先程の話の通り料理を用意し、最上階の部屋の前に運んできていた。

 その部屋の前には兵士が二人とメイド服の老婦人が立っていた。


「ジェシカ様、姫様のお食事をお持ちしました」

「ご苦労だったね。あとは私がお渡ししておくから、また食後に取りにおいで」

「承知いたしました」


 メイド服の老婦人、ジェシカは若いメイドから食事を受け取る。


 ちなみに真一は、若いメイドの背中に隠れるように立っていた。

 こんなところにいて気づかれないのかと思うが、誰にも気づかれていなかった。


 真一にとって友人にも近くに寄るまで気づかれないことは日常茶飯事であったが、気配を消そうとすると起きるのお陰か、より一層気づかれにくくなっているようであった。

 真一は、もしかしてこれも異世界に来たことにより発現した能力なのかも知れないと思い始めていた。


 ジェシカが扉をノックすると、中から鈴を転がすような声の返事が聞こえた。

 ジェシカは扉を開き、食事を運び込みはじめた。


「姫様、お食事をお持ちしましたぞ」

「……いりません」

「少しでもいいからお食べなさい。食べないとお胸も小さいままですぞ?」

「ッ!? 余計なお世話です! ……とりあえずそこに置いといて」

「ほっほっほ。じゃあここに置いときますから、少しでも食べるんですぞ」

「……」


 ジェシカは机の上に食事を置き、部屋から出ていった。


 真一はその隙を突き、王女の部屋に侵入していた。



 部屋の主である王女、セリーヌは溜め息をついて席についた。

 食事には手をつけず、代わりに淹れてある紅茶に口をつけてなにやら思案していた。


 真一は少し緊張しつつも、話しかけることを決意して机を挟んで反対側の椅子に座った。


「王女殿下、少しお話をお聞かせいただけないでしょうか?」

「ぴゃっ!!??」


 できる限り穏やかに話しかけたつもりの真一であったが、突然自分の目の前に見知らぬ男が現れた驚愕によりセリーヌの肩が跳ね上がるのは必然であった。


「な、なななななななな!?」

「お、落ち着いてください。僕は貴女に一切の危害を加えるつもりはありません。先程召喚された時にいらっしゃった貴女の話を聞きたかっただけです」

「し、召喚……あっ!? 貴方は!?」

「先ほど異世界から召喚された、朝霧 真一と申します」

「し、しししかし何故ここに!? いや、どうやって!?」

「普通に入ってきて座っただけなのですが……僕は影が薄いようで、人に気づかれにくいのです」

「影が薄いとかそういうレベルではないと思うのですが……いや、異世界人であれば、もしかして《異能》……」

「《異能》……?」

「《異能》は、異世界人が身に付けていることがある特別な能力です。貴方のその異常な隠密能力も、《異能》であると考えれば納得できます」


 元々異常に影が薄いのだが……と心の中で突っ込む真一であったが、あのは、もしかして《異能》なのかも知れないと思い当たる。


「そ、それよりも、貴方……アサギリ様に、わたくしは謝らなければなりません」

「謝る……?」

「我々の都合で異世界に住むあなた方を巻き込み、本当に……申し訳ございませんでした……」


 セリーヌは立ち上がり、真一に向かって深く頭を下げた。

 一般市民である真一は、王族に頭を下げられて焦って立ち上がった。


「お、王女殿下、頭を上げてください。確かに突然異世界に連れてこられた理不尽さは感じていますが、貴女の責任ではありません」

「……私の責任です」

「なぜですか?」


「あなた方を召喚したのは、私なのですから」

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