無影の冒険者 ~最強レベルの影の薄さ《隠密》と観察力《観察眼》で異世界無双~
丁鹿イノ
人族領編
第1話 プロローグ
出欠確認で教師に気づかれないなんてことはいつものこと。
友達に話しかけると、突然話しかけるなよと驚かれる。最初から隣にいるのにも関わらず。
実の両親であっても、リビングでテレビを見ているのに出掛けていると思われて食事が出てこないなんてこともままある。
子どもの頃は、誰も自分を見てくれないと悲しみに涙を流す日も少なくはなかった。
朝霧 真一は、人を視る。
人から見られたいのなら、まずは自分が人を視れば良い。
真一はそう思い、人を観察するようになった。
何が好きなのか、嫌いなのか。
何が得意なのか、苦手なのか。
何に興味が有るのか、興味が無いのか。
何をして欲しいのか、して欲しくないのか。
影が薄いことに変わりはなかったが、人を深く視る真一の周りには自然と人が集まり、高校に入る頃には真一を見てくれる友人も増えていた。
何時しか、寂しさで枕を濡らすことはなくなっていた。
◆
昼寝をしている真一の耳に、鐘の音が薄っすらと響いてくる。
……眠い。あと五分だけ……
誰に言い訳するでもなく心の中でそう呟いて再び夢の世界へ旅立とうとする真一の頭に、突如鈍い衝撃が走った。
突然の衝撃に覚醒した真一は、頭を抑えながら隣の席を恨みがましく見る。
「ユズ、痛い……」
「もうすぐ先生来るのにシンが寝てるから起こしてあげたんじゃない、感謝しなさい?」
丸めた教科書を手に持ち悪びれずにニシシと笑うこの少女は、
真一の幼馴染で、所謂腐れ縁という奴だと真一は思っている。
「アサシンまた寝てたのか? 七瀬もよく気づくよなぁ」
近くに座っていた委員長、
影が薄くいつも人に気づかれない真一であるが、なぜか結月には真一のことがよく見えているらしい。
また何かと真一の世話を焼く姿から、夫婦だのなんだのとからかわれることが多かった。
皆が冗談で言っていると分かっているので真一は気にしていないが、結月は毎回赤くなりながら凄い勢いで否定している。
その度に、そんなに嫌なのかなぁと真一は若干凹んでいた。
ちなみにアサシンとは、真一のあだ名だ。
アサギリ シンイチ、略してアサシンである。
暗殺者のように気配を消して近づいてくることにかけられているらしいが、真一は気配を消しているつもりは全くない。ただ影が薄いだけである。
真一はクアァと声を漏らしつつ伸びをして、机に教科書を並べだす。
そろそろ教師が来ると教室が徐々に静かになる中、真一の鼓膜にキーンと甲高い音が聞こえてきた。
真一がこめかみをグリグリしつつ耳鳴りかと思い周囲をうかがうと、他のクラスメイトも落ち着かない様子であった。
周囲の様子から、これは自分一人の耳鳴りではなくどこかから音がしているのだと真一が察したところで、急に教室の床が光を放ちはじめた。
「えっ!? 何!?」
「な、なんだなんだ!?」
「こ、これドッキリじゃね?」
教室の床には三つの円が浮かび上がっており、それぞれ白い光を放っていた。
一瞬ドッキリかと思った真一であったが、どうもこの光は電球やLEDによる物ではないという直感があった。
どちらかと言うと太陽や月のような、言葉に表すことが難しいけれども、
そして光によって描かれている三つの円、これはよく漫画やアニメで見る魔法陣のように見える。
真一の観察力そしてオタクとしての知識から、この現象に心当たりがあった。
突如地面が消失し落下するような感覚を感じつつも、真一は注意深く周囲を観察し続ける。
キラキラと光の粒子が踊る、暗闇の空間を。
◆
周囲に光が包まれた瞬間、フッと浮遊感が失われた。
真一を含めた数人の生徒は、いつの間にか広い空間の床に座り込んでいる状態であった。
やはり、異世界転移……
真一は自身がオタクだと自覚しているため普段は自重しているが、これは客観的に見てもそうとしか思えなかった。
転移してきた場所は椀状になっており、真一達は底の部分にいた。
高いところには数人の人が立っており、見下ろされる形となっている。
「あ……あぁ……そんな……」
真一達を見ている人々は皆一様に驚きに顔を染めていたが、その中で一人だけ絶望感に染まった表情をしている人が居た。
透き通るような白い髪と白い肌で、今にも消えてしまいそうな儚げな印象の少女。しかし儚げな容姿とは裏腹に、なぜか強い存在感が感じられた。
その同年代くらいに見える少女は、手に持っていた豪華な装飾の杖を落とし地面に座り込んだ。
すぐに両脇に立っていた鎧姿の人達に抱えられ、連れて行かれた。
真一は連れて行かれた少女がなぜか非常に気になったが、思考を切り替えてクラスメイトの状況を確認する。
人数的に教室に居た人数の三分の一程度、真一を含め十人の生徒がいた。
皆一様に混乱しているようだが、幸い叫びだしたりするほど錯乱している人はいなかった。
「あぁ……いや……死にたくない死にたくない……お父さん、お母さん……」
一人、目を塞いで蹲ってガタガタと震えている生徒がいた。
小柄で引っ込み思案、勉強も出来るし容姿も整っているのにいつも自信なさげな女の子、
他の生徒もそれぞれ混乱しており他人に気をかける余裕はなさそうなので、真一は陽毬の背に軽く手を置いてできるだけ優しく話しかけた。
「小鳥遊さん、大丈夫だよ。僕達はきちんと生きているよ。皆も居るから、安心して」
陽毬は恐る恐るといった様子で真一の顔を見た。そしてギュッと真一の制服の裾を掴み、他の生徒たちに視線を巡らした。
「わたし、私達……生きてる……」
小さくふるふると震えてはいるが、少し冷静になったようだ。
「朝霧君、ありがとね」
涙で少し赤くなった瞳で、陽毬はにこりと笑った。
他の人達も大分落ち着いてきたと感じられたところで、真一は周囲の人々に目をやる。
最初は普通の服装の人が多くいたが、その人物らの姿は徐々に減っており、代わりに各所からガチャガチャと金属のぶつかり合う音が聞こえてきていた。恐らく鎧を着た兵士でも集まってきているのだろう。
見える位置に兵士が集まり囲まれたところで、兵士の中でも一際体格の良い男性が一人近づいてきた。
「あー……良く来てくれた、勇者達よ。私はオルタリア王国騎士団長ヴェインだ。……私の言葉は伝わっているかな?」
こういうのはお姫様の役割じゃないのか? と、真一はしょうもないツッコミを心の中で入れた。
西洋系の顔付きの男性に見えるが、言語は日本語のように聞こえる。
兵士に対して、委員長の翔がおずおずと答えた。
「はい、理解できます。ところで勇者とは…… ここは、どこなのでしょうか?」
「言葉は通じるか、良かった。ここは…… 君達がいた場所とは別の世界だ。召喚魔術により召喚させていただいた」
銃器ではなく剣を装備している鎧姿の兵士といい、ここは剣と魔術のあるファンタジー世界ということかと、真一は一人思案する。
「召喚……魔術……俺は、俺達は、元の世界に戻れるのでしょうか!?」
「う、うむ、勇者殿、落ち着いてください。そういう詳しい話は我が国の国王から話をさせてもらっても構わないだろうか。申し訳ないが付いてきていただけるかな?」
「国王……わ、分かりました……」
翔は納得できなさそうな表情を浮かべつつも、渋々と頷いた。
兵士達はクラスメイトを左右から挟み込むように配置され、まるで誘拐される宇宙人のような状態になる。
「申し訳ないが、安全のため兵士達をつかせていただく。変なことをしなければこちらは絶対に何もしないから安心してほしい」
生徒達は皆顔を青ざめさせ、カチコチになりながらヴェインについていく。
安心して欲しいと言うがやっていることは完全に脅迫である。
あまりの影の薄さに兵士に気づかれず独りぼっちである真一は、軽く溜め息を吐いて皆の後を追いかけた。
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