第10椀 「ミートボールスパゲティ」。伊緒さんはあのアニメが大好きなんです

 伊緒さんは実はアニメが大好きで、特に不思議な森の精や浮遊する古代都市なんかが出てくる、某監督の作品は子どもの頃からのファンなのだという。

 休日の前夜なんかにはよく、お菓子をつまみながらふたりでノートパソコンの画面を前に、そんなアニメ映画を観たりする。

 その作品群では、ことに食事のシーンが印象的で、何回観ても思わず「おいしそう!」とふたり同時に叫んでしまうほどだ。

  伊緒さんが特にお気に入りなのは、ひょうきんな紳士とヒゲのガンマンがコンビで泥棒をはたらくというもので、ぼくも大好きな作品だ。

 お宝を求めてある小国に潜入した二人は、腹ごしらえと情報収集を兼ねて、場末の大衆酒場に腰を落ち着ける。

 ウェイトレスの娘さんをからかったりしながら、地元の生の声を巧みに聞き出していく泥棒コンビ。

 と、そこに運ばれてくるのが、大きなお皿に山盛りのスパゲッティだ。トマトソースが絡んだように赤っぽく、しかもミートボールがゴロゴロと入って実に食欲をそそる料理ではないか。

 たくさんあるので仲良く分け合って食べるのかと思いきや、ものすごい勢いで取り合いが始まり、ほとんどをヒゲのガンマンがせしめてしまう。

 いつも一緒なのに無頼でドライ、弱肉強食かつイーブンな二人の関係が、何度観ても笑いを誘うのだ。

 それにしてもまあ、なんともいいシーンだ。

 伊緒さんはこの時決まって、

「はあ…。おいしそ」

 と、ため息をつくのだ。

 そんな翌日のお昼には、やっぱりこれしかないだろうというメニューを用意してくれる。


「どうしても食べたくなっちゃって」

 やや照れくさそうに、伊緒さんがテーブルの真ん中にでん、と大きなお皿を据えた。

 もちろん、泥棒コンビがおいしそうに食べていたミートボール入りのスパゲッティだ。

 ぼくもすっかり嬉しくなってしまって、ふたりでテンションを上げながらの楽しい食事になる。

「うがーっ」

 と、伊緒さんが麺を大量にとるのを試みる。

 やはりお茶目なのだ。

「ま、一応しとかないとね」

 と言いつつ、ちゃんとぼくのお皿に盛り付けてくれる。ああもう、かわいいなあ。

 このアニメご飯を作ってくれるのは、実は初めてではない。

 以前にもやはり、一緒に作品を観た後で伊緒さんがこしらえてくれたことがあったのだ。

 大きなミートボールがゴロゴロ入った、トマトソースのスパゲッティ。

 まさに映画に出てきたまんまの料理だった。

 ぼくはとってもおいしくて、喜んでいただいたのだけど、どうやら伊緒さんにとっては満足のいく仕上がりではなかったみたいだ。

 今日はそのリベンジとして、改良版を作ってくれたそうだ。

「いただきます」

 と、手を合わせて唱えている間にも、前回との違いが明確に見てとれた。

 まず、色がトマトの赤だけではなく、ほんのりピンクがかったように淡くなっている。 

 どうやらソースに工夫があるみたいだ。

 全体がこんもりとボリュームがあるように感じるのは、ミンチやたまねぎなどの細かい具が混ぜ込まれているためだろう。

 これも劇中のものを忠実に再現しようとした、前回とは大きく異なる点だ。

 そして、なによりも今回は、メインともいえるミートボールがかなり小ぶりだ。

 フォークでスパゲッティをくるくると巻き取り、口に運ぶ。

 途端に濃厚なクリームのコクと、トマトの爽やかな酸味が口いっぱいに広がった。

 ミンチなどのつぶつぶの食感も楽しく、とろっとした口当たりとともにスパゲッティを彩ってくれている。

かわいらしいミートボールを2つ同時にほおばると、パンチの効いた旨みがじゅわっと押し寄せてきた。

 伊緒さんの得意なハンバーグのミニ版といった感じで、おいしいに決まっている。

「仕様変更についてご説明します。食べながら聞いてください」

 伊緒さんが真顔で解説をはじめたので、ぼくは素直に食べながら耳を傾ける。

「前回は作品の雰囲気と、他にもこの料理を再現したという人たちのレシピを参考に、つくってみたの」

 そうだ。たしかに劇中に出てきた姿のまんま、といった完成度にものすごくテンションが上がったのをよく覚えている。

「でもねえ…。ソースがトマトだけだと、ちょっとさみしいのよね…。あと、ミートボールを大きくすると、全部下の方にかたよっちゃってバランスがよくないわ」

 そうか、伊緒さんはその辺りにこだわりがあったんだ。

 それでトマトクリームのソースに細かい具を入れて、コクのある味わいにしたんだ。

 それだけ食べても、十分ボリュームのあるスパゲッティになっている。

 さらにミートボールを小ぶりにすることで、全体に絡みやすくしていたんだ。

 うーん、すごく計算されている。

 うまいうまい、とぱくぱく食べるだけのぼくとは根本的に違う。

 もちろん、前につくってくれたのも僕にはとってもおいしかったけど。

 伊緒さんも今回は満足のいく出来ばえだったようで、おいしそうに目を細めて咀嚼している。

 この顔をすると、伊緒さんはまるで猫みたいにみえる。

 ほのぼのした気持ちで、ぽーっと伊緒さんの顔を見ていると、ふいにこちらに向き直り、

「明日の朝ごはんは、トーストに目玉焼きのっけるね!」

 と、宣言した。

 あ、今度はあの作品のアニメご飯だな。

 どうやら連鎖して食べたくなってしまうのは、ぼくも同じのようだ。

 もうすでに、明日の朝が楽しみになってしまっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る