第27椀 魚フライと「手作りタルタルソース」。なくてはならない名コンビ

「コレにはコレがなきゃダメだ!」

 という組み合わせって結構あると思う。

 食べものなら、カレーには福神漬けとからっきょうとか。

 ラーメンにコショウ、うなぎに山椒。

 牛丼に紅しょうが、お赤飯にゴマ塩。

 コンビでいえばトムとジェリーとかボニーとクラウド、佐武と市とか太陽とシスコムーンとか、あっ、これはコンビじゃない(そして懐かしい)。

 とにかくどっちか一方でもいけないことはないけれど、揃ってこその完全体という感じがする。

 ぼくがぜひ揃ってお目にかかりたい料理の組み合わせといえば、「のり弁に白身魚のフライ」だ。

 どういうわけか、のり弁には必ずといっていいほど魚フライがついていて、これがまた妙に合っていると思う。

 そして、白身魚にはやっぱり「タルタルソース」がなくっちゃね、という二重構造のコンビネーションが心憎い。

 

 というわけで、伊緒さん特製のお魚フライとタルタルソースのお話です。


「はい、晃くん。わたしがいいというまで一生懸命かきまぜてね」

 伊緒さんのかわいらしい笑顔に、ぼくはアホみたいにぽーっとなりながら、ボウルを抱えて菜箸を構えていた。

 なぜこういうことになったのかというと、伊緒さんが晩ご飯にぼくの好きな白身魚のフライを作ってくれることになり、ではタルタルソースも手作りしましょうという仕儀に相なったのだった。

 白身魚フライにタルタル、という黄金コンビについては伊緒さんも一目置いており、ぼくらはその素晴らしさを称え「全日本タルタル振興会」を組織した。

 会長に就任した伊緒さんは、さっそく手際よくたまご一つを黄身だけ分けてボウルに入れ、冒頭のセリフとともにぼくに渡したのだった。

「あの・・・、この黄身だけかきまぜればいいんですか?」

「そうよ」

 菜箸を構えてうろたえる挙動不審のぼくに、伊緒さんがニコニコしながら簡潔に答える。

 とりあえず箸で黄身にぷっつりと穴を開け、みゅるんとほどけた全体を指示通りにシャカシャカとかきまぜていった。

 するとほどなくして、ボウル上空に伊緒さんが謎の小瓶をかざして、中身をとろーりとろーりとボウルの黄身めがけて垂らしはじめた。

 謎、とはいいながらもその正体はオリーブオイルだ。きっぱりラベルも見えている。

「そのままかきまぜ続けてね!」

 ぼくは伊緒さんの言いつけを守って、無心にボウルの中身をかきまぜる。

 伊緒さんは追撃の手をゆるめることなく、さらにとろーりとろーりと糸のように細くオリーブオイルを垂らしていく。

 なんだったっけ、ほら、地獄の底で天上から糸が垂らされて、それに掴まって救われるんだったか救われないんだったかっていう小説がありませんでしたっけ。

 てなことを考えているうちに、ボウルの中身はもったりと重くなってきて、菜箸をかきまぜる腕がだるーくなってきた。

 でもしんどいというのもなんだかかっこ悪くて、伊緒さんにいいところをみせたいぼくはさも涼しげな風情を装いつつ、人間ミキサーに徹していた。

 最初は卵の黄色と、オリーブオイルの緑色が合わさって濃いオレンジ色に見えたボウルの中身が、徐々にオイル量が増えてくるのに従って薄黄色のクリーム状になってきた。

 まったくアホなことにそれまでこの作業の意味を理解していなかったぼくも、さすがにこれがなんなのか分かってきた。

「そう。自家製マヨネーズ!」

 とろーりとろーりオイルを垂らしながら伊緒さんがにっこり笑う。

 そうか、マヨネーズってこうやって作るんだ。

 よい頃合いで卵黄とオイルが混ざったところで、塩と酢で調味すればできあがり。

 オイルをちょっとずつ垂らすのは、一気に入れると卵黄の乳化が間に合わず分離してしまうからだという。

 今回はお洒落にオリーブオイルを使ったけれど、もちろんサラダ油でもOKだそうだ。

「晃くん、ありがとう!腕が疲れたでしょう。やっぱりこういうのは男の人の手がないとだめねえ」

 巧みに男の自尊心をくすぐってもらってすっかり気をよくしたぼくは、いつでも人間ミキサーとして働くことを請け合った。

 どんとこい。自家製マヨ。

 さて、忘れそうだったけどこれはタルタルソースだ。

 さらにもう一ひねりの工程が待っていた。

「晃くん、ピクルス好き?」

 唐突な伊緒さんの質問にぼくは「好きです」と即答する。

 なにを隠そう、ぼくは大のピクルス好きで、ハンバーガーにピクルス多めの「ピクだく」がなぜないのかと常々遺憾に思っているほどだ。

「じゃあ、らっきょうは大丈夫?」

 続く質問にもぼくは力強く頷く。

 どちらかというとカレーのお供には福神漬けよりらっきょうが好きで、「きゅきゅっ」という歯ざわりのもどかしさまで愛している。

「よかった!わたしも好きよ」

 伊緒さんが安堵したように微笑んだ。

 ああ、でも貴女が一番好きなんです。

 と、言うべきタイミングではないという 分別くらいはぼくにもある。

 伊緒さんの質問は、タルタルソースに混ぜ込む具材の好き嫌いについての確認だった。

 みじん切りにしたピクルスの酸味と、らっきょうの甘酸っぱさが素晴らしいアクセントになってくれるのだ。

 そしてゆで卵をマッシャーで粗く潰したものをたっぷりと入れ、軽く塩もみして水気をきった玉ねぎの粗みじんも加える。

 生のたまねぎは意外なくらいに水分を含んでいるので、そのままマヨに入れると水が出て「しゃびしゃび」になってしまうのだという。

 この「しゃびしゃび」という言葉は伊緒さんが「水びたし」という意味で使うのだけど、念のため調べたら方言というわけではなさそうだった。

 ぼくの中では"いお語"の一種に分類している。

 さて、全体を混ぜ合わせたら味見をして、最後に調味をする。

 ピクルスとからっきょうとか塩もみ玉ねぎとか、味のついた具材が入るので思ったほど塩は必要ないみたいだ。

 そして仕上げに、伊緒さんはお酢ではなくてレモンを一絞りして全体に混ぜ合わせた。

 爽やかな香りが全てを整えて、「タルタルソース」という料理へと変身させてしまった。

「うわあ!もうこのままパンにでも塗って食べたい!」

 たまごたっぷりのタルタルは、すでにそれだけでめちゃくちゃ美味しそうだ。

「ふふ。もうちょっとだけ辛抱してね。すぐにお魚のフライができるから」

 伊緒さんはいつもの手際であっという間に食卓を整えてくれ、おいしそうな香りが立ちのぼった。

「はい。今日の白身魚は特価の銀ダラです!」

 どじゃーん!とテーブルに据えられたお皿には、こんがりときつね色に揚がったフライ、そしてその横にこんもりとタルタルソースが添えられている。

 たまごたっぷりの効果か、もこっと盛られた形が崩れない。

 フライの衣には、どうやらパセリが混ぜ込まれているみたいだ。

 伊緒さんらしい細やかな技だ。

「いただきます!」

 ふたり同時に手を合わせて一緒に唱える。

 まずはなにも付けずに、そのままフライを頬張ってみる。

 ざくっ、と小気味いい食感に続いてタラの身がほろりとほぐれ、淡白だけどぎゅっと詰まった旨味が口いっぱいに広がった。

 今度はタルタルソースをたっぷりとフライに乗っけてかぶりつく。

 ぷるんとしたゆで卵、しゃきっと酸っぱいピクルス、きゅきゅっと甘酸っぱいらっきょう、しゃりっとした玉ねぎが手作りマヨネーズに包まれて、ふんわりとレモンの香りでつながれている。

 めちゃくちゃおいしい。

 そしてタラのフライとすっごく合う。

「ひおふぁん、ほいひいれふ」

「そう、よかった。よく噛んで食べるのよ」

 伊緒さんが笑いながら、丸呑みしないよう注意を喚起する。

 やっぱり白身魚フライとタルタルソースのコンビは最強だ。

 しかも一から伊緒さんの手作りというありがたみも加わって、より一層美味しい。

 これはぜひまた作ってほしいなあと思いながら、ぼくは人間ミキサーとして、今度は菜箸じゃなくて泡立て器でやってみようかと思案している。

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