第16椀 こっくり濃厚「クリームシチュー」。でもみんな主食はどうしてるんだろう

 北国の女性のつくるクリームシチューはおいしい。

 という、勝手なイメージが刷り込まれたのは、子供の頃にみたCMのせいだろうと思う。

 一面の雪景色のなか、ぽわっと橙色の灯りがともる。フォーカスしていくと雪に埋もれたお家があり、光は窓から漏れ出たものだ。

 なかには懐かしい(生でみたことないけど)だるまストーブが熾り、その上にはお鍋がかけられていてクリームシチューが温かな湯気を上げている。

 そしてたしか、髪が長くて色の白い女の人が少しなまりのある口調で、「おかわりあるからね」みたいな意味のことを言うんだった。

 それ以来、ぼくの頭のなかでは"北国≒クリームシチュー≒色白≒長髪"という図式がすっかり出来上がってしまった。

 北国の女性だからクリームシチューが得意、だなんて「関西人ならみんなたこ焼き焼ける」とか「中国の人なら拳法やってる」などという言いがかりと同レベルだ。

 でも、ぼくは初めて伊緒さんに出会ったとき、「あ、シチューのひとだ!」と思ったことを白状する。


 ぼくのそんな刷り込みはともかくとして、伊緒さんのクリームシチューはものすごくおいしかった。

 冬限定、というわけはないのだけど、圧倒的に冬が似合うこの料理は彼女のイメージにもぴったりな風情をもっている。


 伊緒さんのクリームシチューは、まずもってとても濃厚なのが特徴だ。

 スープではなく、ポタージュのようにとろりとしていて、えもいわれぬコクがある。

 具は多めのたまねぎに、にんじん、じゃがいもなど正統派の野菜が入り、肉は鶏むね肉が基本だ。

 そして、ここに必ずベーコンが加わる。

 これがすごくいいダシになって、シチューにパンチのある旨みを与えてくれるのだ。

 でも、それでいてけっしてくどくない。

 するりするりと、何杯でもおかわりしたくなるような軽やかさも兼ね備えているという、不思議な料理でもあるのだ。

 それを伊緒さんに聞いてみると、

「ふふふ。実はねえ、ベースにミルクと豆乳を半々で使っているの。バターとか生クリームとかも入れるから、こってりし過ぎちゃうでしょう」

 という答えが返ってきた。

 そうか、豆乳。

 それで重くならないように調整してるんだ。

「あとは白ワインをたくさん使うことと…、これ!」

 伊緒さんが手にしたのは、いつもお味噌汁に使っている水出しのお出汁だった。

 透明なビンには、水を吸ってぷくぷくに膨れた昆布が漂っている。

「昆布出汁をこっそり入れているの。これでぐっと旨味が加わるのよ」

 おお、これぞ隠し味だ。

 家庭によっては白味噌を入れたり、チーズを加えたりと様々に工夫しているそうだけど、伊緒さんは昆布出汁か。

 道理でほっとするような旨味にみちているはずだ。

 だけど、クリームシチューには別件で重要な問題があるのを忘れてはならない。

 それは「主食」をどうするかだ。

 やはりご飯だ、いやパンだろう、等々古来より決着のつかない議論が繰り返されてきたが、21世紀の現在もおよそ進展がない問題だ。

 カレーならご飯にかけるのに、なぜクリームシチューばかりはそうしないのか。

 いや、うちはご飯にかけるよ?という方もおられるかもしれない。

 なんとすればドリアという料理もあるから。

 でも、シチューライスというのはやはりかなりの少数派ではないだろうか。

 一方のパンはというと、これまた決して一枚岩ではない。

 食パンがいいという人、バゲットじゃなきゃだめな人、ロールパン一択だろうという人などが鎬を削り、かえって混沌とした様相を呈しているようだ。

 ぼくはというと、そもそも家庭でクリームシチューが食卓に並んだ記憶がほとんどないので、あまり真剣に主食について考えたことがなかった。

 伊緒さんのシチューならご飯でもパンでもおいしく、なんならお腹いっぱいになるまで主食なしでも食べられるだろうから。

 だから、彼女にクリームシチューのときの主食をどうするか聞かれたときも、伊緒さんの流儀にお任せします、と答えるだけだった。

 で、出てきたのが…。

「はい、わたしの家はいつもこれでした。"焼きじゃが"です!」

 なんと、こんがり焼けた皮付きのじゃがいもが、丸のままお皿に盛られていた。

 ぷつっ、と弾けた皮目からは湯気が立ち上り、なんともおいしそうだ。

 そういえばシチューにもじゃがいもは入っているけど、ずいぶん控え目な量だったのはこのためか。

 横着してシチュー用のスプーンでじゃがいもを断ち割ると、ほくほくとした感触が伝わってくる。

 これがシチューにものすごく合う。

 交互に食べるもよし、じゃがバターのような感じでシチューをかけながら食べるもよし。

 しかもじゃがいもを主食にするという非日常感も、なんだか野趣があってとても楽しい。

 まるで最初から、クリームシチューにはじゃがいもでしょ、と決まっていたかのようなマリアージュだ。

「伊緒さん、すごくおいしいです」

「そう、よかった」

 伊緒さんがにっこり笑って、いつものように喜んでくれる。

 おお、伊緒さん、じゃがは手づかみでいくんですね。ぼくも真似しようっと。

 クリームシチューに焼きじゃが、これはやがて日本を席巻するのでは…。

 ぼくはひそかにそう思うのだった。

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