クイズとスカート



 鷺丘さぎおか市にある鷺丘北さぎおかきた高校は、近隣では最も偏差値が高く、最難関の国立大学へ進学する者も少なくない。私にそんな予定はないが、彼女は――高堂たかどう日菜乃ひなのは違う。その予定であるし、そのための成績は常にキープしている。うちの高校ではテストの順位が発表されないので具体的に何位かは知れないが、見せてもらった彼女の答案はほとんど模範解答とおぼしい。

 弦楽部では美麗にバイオリンを奏で、大差で選挙に勝って生徒会長に就任したばかり、物腰は柔らかく、都内を歩くと恵まれた容姿ゆえにスカウトからの名刺が集まる。他にも挙げればきりがないのだが、あらを探すほうが難しいのだ。同じ中学校に通っていた時から、いや、小学生の時から、それはずっと変わらない――

 ――のだが、私だけが知る明確ながある。

 地元が一緒なので、私と日菜乃は同じ路線のバスで帰る。夕闇に染まる道は住宅街に入り、終点――柚子崎ゆずさき町の海岸近く――が迫るにつれて客は減り、今は最後部の席に座る私と日菜乃だけになっていた。日菜乃の長い黒髪は、車中の照明に照らされて、それでも、そんな頼りない光のもとでも、気品を失ってはいなかった。

 並んで座る隣、向かって右から日菜乃の右手が伸びる。それはブレザーのスカートの上から、チェックの柄をなぞり、私のももに触れた。まずはっきりしておこう、女同士だからぎりぎり許されるのである。指先はそのままに、日菜乃は私に問うのだ。

「ねえ、舞子まいこ、今日はパンツ何穿いてるの? 覗いていい? ていうか、めくっていい?」

 女同士だからぎりぎり許されるのである。

 あろうことか、品行方正極まる生徒会長が、バスの車内という公共性のある場所で、いち女子生徒のスカートを堂々とめくろうという。なんといかがわしい。

 これは昨日今日に始まったことではなく、小学生の時からずっと続いている。結局私は今も日菜乃との付き合いをやめていないというのだから、酔興と言われても致し方ない。あるいは、私は日菜乃に一度もスカートをめくらせてやらないので、頑固と言われても正しい。

 毎度のことなので、私はとうの昔に、さらっとあしらうようになっている。今日もそのようにした。

「黒。フリル付き」

 真っ赤すぎるほどの嘘を吐いた。私が今穿いているのは、何の柄もない白のショーツである。しかも綿である。日菜乃は私の言ったことをそのまま信じて、「うわ。えっろ」と言った。私と日菜乃は、高校ではクラスが違うので、体育の着替えを見られることはない。

 私は日菜乃をあしらってはいる、が、黒でフリルと言ったのには、明確な理由がある。見たがってほしいから。しつこいとは思うが、そろそろ再確認してもいい頃だ。だから私は言った。

「前から言ってるでしょ。日菜乃が私と付き合ってくれたら、いくらでも見せてあげるって」

 実のところ、今は穿いていないだけで、黒でフリルの勝負下着はしっかり洋服ダンスの中にあるのである。しかし、日菜乃に見せる日は一向にやってこない。

「友達のスカートの中を見るのがロマンなんじゃん! わかる? スカートの中! 友達だというのに。やばい震える。まず見せてよ。そしたら付き合うから!」

 日菜乃は、それが絶対の正義であるかのように力説した。私の告白は、こうして、日菜乃の奇矯ききょうな持論でいつもかわされる。ふられているわけでもないのがたちが悪い。意地の張り合いは中学の卒業式からずっと続いてきた――意を決して好きと言ったら、返ってきたげんは、その前にパンツ見せて、である。

 ともかくも、物腰柔らかな優等生は今ここにいない。いるのは、パンツが見られないと知るや、すっと私の背に左手を伸ばした、そろそろぎりぎり許されない女子だ。なにせ――

「舞子、ブラ新しいの買ったんだ」

 と、日菜乃は、いくら夏服だからって、ホックに触るだけで見抜くので、もう女同士でもぎりぎりアウトだと思うのだ。私は深く嘆息した後に言った。

「言っても無駄だと思うけど、付き合ってくれたら、いくらでも外していいよ」

「だめ。ホックは留まってるのがえろいから」

 私は、日菜乃といざその時になっても、ブラを脱がせてもらえないのだろうか。暗澹あんたんたる心持ちが満ちてどうしようもない。

 そのまますぐ、私たちが下りるバス停に着いた。降りぎわ、日菜乃はバスの運転手さんに、「お仕事、いつもお疲れ様です」と、限りなく優雅な微笑みを向けて言った。生徒会選挙で圧勝した生徒会長、さすがの貫禄。もちろん私には、「いつもパンツとか見たがってごめんね」とは言ってもらえない。



 実質、行為が伴わないだけで、もう付き合っているに等しいと思うのだ。それも初々しくないやつだ。土曜日、つまり休日、日菜乃は朝から私の部屋に押しかけて、黙々と小説を読んでいる。純文学だ。私の机を占領し、窓から差す日を浴びて、時折、前髪をかき上げる。なるほど絵にはなる。なるが相手はしてもらえず、私とて当たり前のように相手をしない。絨毯じゅうたんに寝転がってマンガを読んでいる。

 それはそれで居心地がいいのだが、日菜乃がパンツを見たがるように、私にだって欲というものはある。いい加減に行為を伴いたい。せめてキスのひとつくらいはしたい。そのためには正式に付き合い始めるというハードルを越えなければならない。

 しかし今さら、私が友達としてパンツを見せて、じゃあ付き合いましょうというのもしゃくだ。私とて今さら意地を引っ込められない。それはあり得ない。

 なので、私はひとつ勝負に出ようと、今朝起きてから、日菜乃が来るまでの間で決意していた。ゆえにズボンではなくスカートを穿いて日菜乃を待ったのである。私はすっくと立ち上がり、マンガを本棚に戻した。文庫本のページを繊細にめくる日菜乃に、びしりと指を向けて、私は敢然と言った。

「いい加減に付き合おう。パンツを見せてから付き合うか、付き合ってからパンツを見せるかは、これからクイズをして決める!」

「いきなり、何?」

 言いつつ、日菜乃は読みしの本にしおりを挟んで、こちらを向いてくれた。日光を浴びる向きが変わり、陰りが日菜乃の色気を演出する。さあ、こうなったら勢いが大事だ。私はたたみかける。

「今、私のスカートの中を当てられたら、日菜乃の望み通り、パンツを見せてから付き合う。当てられなかったら逆、パンツを見せる前に付き合ってもらう」

 聞いて、日菜乃は思案顔になる。はたから見れば麗しい顔つきだが、私には、何をどうしてもパンツを見たいという顔に見える。

「それって、私が不利に過ぎない? せめてヒントとかないの?」

 私は不敵に笑む。何をどうやったって、パンツなんて見せてやるものか。しかしこれは真剣勝負だ。偽りはいけない。誠実に、正直にヒントを言った。

「ヒントはね、修学旅行で見たことがあるよ」

 日菜乃は悩まなかった。さすがの記憶力で、即座に答えを言った。

「それ、イチゴ柄のやつだ! 小学校の時も、中学校の時も、イチゴのやつ着てた! 小学の時はピンク地で、中学の時は白地で、すとろべりぃって書いてあった! 脱衣所で凝視したもん。しっかり覚えてる」

 さすがの記憶力も、ここまでいくとぎりぎりアウトだと思うのだが――ついでに言えば、私の下着の趣味もアウトに思えるが、それはさておき、クイズは私の勝ちだ。見事に引っかかってくれた。

「残念でした。今この瞬間から、私たち、恋人同士だからね」

 すなわち私は、いくらでも見せるという約束を守る。

 私は堂々とスカートをめくり上げた。虚を衝かれたふうになった日菜乃だが、次の瞬間には椅子を跳ねるように下りて、私のベッドの上で身悶えしながら、ごろごろとのたうち回った。まともに言葉にならないのか、「うわ、うっわ。やっば」などと言いつつ。なんだ、ブラのホックは外したくないわりに、下はいいのか。私は勝ち誇りつつも、耳まで紅潮する感覚を味わっていた。自分で驚くほどに恥ずかしい。とにかく嘘は吐いてない。同じクラスで、一緒にお風呂に入ったんだから、ちゃんと見ている。

「ご覧の通り、何も穿いてません」




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