7 大隅庸光との通信/残り10時間11分

「逆にお尋ねしますけど、どうして私が抽選から外れてはいけないんですか?」

 大隅は――残念ながらと言うべきか、やはりと言うべきか――卑屈な口調でそう言った。

「権利は等しく与えられています」

「答えになってませんね。その権利を放棄すると言ってるんです」

「何故なんですか?」

「何だっていいじゃないですか」

「命に関わることです」

「ご存知なんでしょう? 私のこと、色々」

「色々、とは」

「ですから、私がどんな人間かですよ。ただの旅行とは言え、素性の知れない人間を宇宙船に乗せるわけにはいきませんものね」

「確かに、ある程度は把握しておりますが」

「一人暮らしの小汚いオヤジです。青年社長とか女子アナとか、前途ある若者たちより、私の方が価値がありますか? 価値があると言えますか?」

「人の命は平等です。価値で測るものではありません」

 間を空けず返すには、そんな一般論しかなかった。

「前科者も平等ですか?」

「……冤罪では?」

 その言葉は、倉敷の口を突いて出た。

「……だとしたら何です?」

 そう言いながら、初めて大隅は笑顔を見せた。自嘲気味の笑顔だが。

「いかにも痴漢しそうな顔してる方が悪いんですよ。当時勤めてた会社でも周りとうまくやれてませんでしたし、辞めるのは時間の問題でした。あれはただのきっかけに過ぎないんです」

 大隅を信じる理由は、倉敷にはない。だが嘘と決めつける根拠もない。

「さっきも言いましたけど、一人暮らしですから。親しくしている親戚や友人もいません。死んでも一番問題ないのは私だと思いませんか?」

「でも、店長さんでしょう」

「フランチャイズの雇われ店長なんて孤独なもんですよ。バイトの子たちにもすっかりなめられちゃって……何度言っても髪は黒くしないし、平気で遅刻してくるし……そう、あいつらと離れたいっていうのが結構大きいですね」

「辞めさせればいいじゃないですか」

「それができないのが田舎なんです」

 地方創生という言葉が叫ばれたのは、あの旅客船の沈没事故と同じ頃だっただろうか。いくらかの金が注ぎ込まれ、いくつかの立派な施設が建ち、それで終わりだった。都市部への人口集中はまったく解消されていない。

「ヒューマノイドの店員がいればいいんですけど、うちみたいな売り上げの悪い店にはとてもそんなもの回してもらえません。艦長さんが羨ましいです」

 返答のしようがなかった。

「死ぬきっかけが欲しくて、色んな懸賞旅行に応募しました。どこか行った先で死ぬつもりだったんですが、自分で行き先を決めるのは怖くて。まさか宇宙旅行が当たるとは思いませんでしたけど、宇宙で死ねるとはもっと思いませんでしたね」

 それは、きっと嘘だ。「もう疲れた」とは思っていたかも知れないが、本気で自殺を考える人間が「婚活」などするはずがない。人生を切り拓こうという意思もあったのだ。

 しかし、婚活の件について、倉敷の方から触れるわけにはいかなかった。それがうまくいっているなら、こんな考え方にはなるまい。 

「大隅さん、この懸賞に当たったのは、これからいいことが起こる兆しだとは……」

 倉敷の言葉を、大隅は遮った。

「どのみち帰ったら死ぬつもりだったんです。最期に素晴らしい眺めが見られて良かったですよ。……お気遣い、ありがとうございました」

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