10 決断
一人になると、倉敷は椅子の背もたれに寄りかかり、中空を見つめた。
「エリーゼ」
「はい」
「まずいことになった」
「何でしょう?」
「僕は今こう考えてる――あいつを外したい」
「それは、菊池さんのことでしょうか?」
「……白鳥さんや桜井さんに『好感を持つ』のは仕方ないと思ってた。それでも平等に選ぶべきだっていう方針は動かなかったしね。でも、今僕ははっきりと、菊池君は選ばれないでほしい――いや、選びたくないと感じてる。その次は梅田さんだ。彼女については白鳥さんの言う通りだと思う。どうしようもないよ。白鳥さんは結局励ましてたわけだけど、僕は彼女の『長い人生』はあのままずるずる続いていくだけのような気がする。それと、大隅さんは……悪い人じゃないんだろうけど……とにかく、三人とも、生きたいっていう意志がない。なのになんで平等に扱わなきゃならないんだ?」
「平等でないとお感じになるなら、それでよろしいのでは」
倉敷は席を立ち、エリーゼと向かい合った。
彼女は成長している。着任の時から少しずつ――今も。命は平等という原則と、オーナーを守りたいという志向。矛盾を乗り越え、新たなステージに立った。原則の方を、彼女は捨てた。
「艦長のご判断は全てに優先します。白鳥さんと桜井さんを選びたいとおっしゃるのなら……」
「違う。そうじゃない」
「何が『違う』と?」
君はわかっているはずだ。
「白鳥さんを選ぶってことは、自分を選ぶのと同じなんだ。彼の譲渡は固辞しなきゃいけない。それはわかってる。けど、多分僕は、いざそうなったら、『無念は必ず晴らします』とか都合のいいことを言って、結局受けてしまうんだ。きっとそうなる。いや、それならまだいい――良くはないけど。最悪なのは、もし彼に当たって、彼が掌を返した時、それは至極正当なことなのに、僕が彼に対してどうしようもない怒りを抱くってパターンだ。約束の履行を見苦しく要求するかも知れない。最悪……そうとも、最悪としか言いようがないよ、そんな死に方」
「では、艦長と桜井さんということで良いのではありませんか?」
「ということ、って?」
「そのようなくじを作成致します」
「そんなの『くじ』じゃない」
「しかし、皆様にご納得いただくには必要でしょう」
オーナーの生き残りに対してあからさまになっているエリーゼに対し――それはつまり自分自身に対してでもある――倉敷は語気を強めた。
「だから、それは六から二を選ぶくじだろ? 僕は艦長だ。『あの船』の船長とは違う。自分が助かりたいっていう欲望は捨てて、五から二を選ばなきゃいけないんだ」
残り、九時間半。抽選の時刻まで四時間半。人生最期の数時間と考えればあまりにも短いが、「迷う」時間としては長過ぎる。また揺らぎかねない。
きっぱりと決断して、清々しい最期を迎えたい。
「僕が誰を嫌おうと、命は平等だ。僕に嫌われたぐらいで価値は下がらない。菊池や梅田や大隅がもし当選して、その上で放棄するっていうなら――できるものなら、そうすればいい。どうせできやしない。生きられるなら生きたいに決まってる。僕に選別する権利はない。くじで、平等に、五から二を選ぶ。エリーゼ、君には頼らない。くじは自分で用意する」
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