4 桜井晴香との通信/残り11時間39分
「ドアを開けていただけませんか?」
澄んだ声で桜井は言った。いかにも知的な整った顔は今や蒼ざめ、深窓の病弱な令嬢を思わせた。
「直接お会いになりたい方が?」
「いえ、特に誰とというではないんですけど」
「ドアのロックは私としても本意ではないのですが、皆様のご安全をお守りする為には必要な措置かと」
「わかります。でも、こういう時こそ支え合わないといけないんじゃないでしょうか」
支え合い――考えもしなかった。何しろ、励まそうと慰めようと、助かる人数が増えるわけではないのだから。
「ずっと一人でいると気持ちが塞いできますし、みんなで集まって……と言うか、自分が淋しいだけなのかも知れませんけど」
「今、親睦を深めるようなことをすれば、余計に辛くなるだけではありませんか?」
行くにせよ、残るにせよ。
「確かにそうですね。それでも、このまま一人でいるよりは……と」
その時、倉敷は自分の幸運に改めて気づいた。自分にはエリーゼがいる。もし彼女がいなかったらと思うと、寒気がする。乗客たちは孤独と戦っているのだ。
だが、ロックを開放したらどうなる?
最悪なのは、脱出ポッドに乗る権利をめぐって殺し合いになること。すなわち、腕力による選別。
暴徒を鎮圧するような機能を備えたヒューマノイドは、あいにく沈黙している二体のうちの一体だ。エリーゼはただのナビゲーターである。
腕力も一つの基準? 感情抜きに考えればそうかも知れないが、殺し合いの場合、「二人」が生き残るとは限らない。一人しか残らないケースや、全員相討ちもあり得る。
――いや、この面子でそんな惨劇はやはり想像しにくい。ヤクザまがいの人間がまぎれているならともかく、最も腕力に優れていると思われる白鳥があの態度なのだから。集まれば恐らく、「支え合う」だろう。涙の出るほど優しい時間が流れるだろう。ともすれば、残る者が「納得」して送り出せるような――あるか、そんなことが? 人間を信じ過ぎではないか?
「艦長さん?」
「ああ、失礼しました。ちょっと考え込んでしまいまして」
「良かった。通信が止まったのかと思いました」
「すみません。……ドアの解放については、今後皆さんの様子を見て検討させていただく、というのでいかがでしょう」
「わかりました」
「客室同士の通信でよろしければ、少し敷居が下がるのですが」
「通信……そうですね。何もないよりはいいと思いますけど」
アナウンサーである桜井なら、直に会わなくても乗客たちに良い影響を与えられるかも知れない。そう期待しての提案だったが、桜井はあくまでもドアの解放を求めているようだった。
倉敷の思いを察したように、桜井は言った。
「テレビの現場って、本当にたくさんの人が働いてるんですよ。ディレクターさん、ADさん、カメラさん、音声さん、照明さん、メイクさん……画面に映るのは私やタレントさんたちだけですけど、いつもその何倍もの人たちが影で支えてくれてるんです。だから、人との繋がりって大事だなって、毎日実感してて。あ、でも、そんなの艦長さんたちだってそうですよね」
「そうですね、確かに」
一人では何もできない。それは確固たる事実。
だが、同僚たちの中には馬の合わない人間もいる。それもまた事実。もし、そんな奴と自分、どちらかしか生き残れないとしたら?
「……それで、最終的な『決め方』としては、ご提案の通りでいいと思います」
「はい」
「それじゃ、ドアの件、よろしくお願いします」
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