5 空白
次の通信まで一時間以上の間が空いた。倉敷にとってその間はひどく苛立たしいものだった。
今のプランのまま事が運べば、自分の人生はあと十時間と少ししかない。十年でも十カ月でも、十日でもなく、十時間だ。すなわち六百分――三万六千秒。秒にしてわずか五桁。目に見えて減っていく。一秒だって無駄にできない。
やるべきことはあった。エリーゼに命じて安楽死装置を作らせ、自分は事故についてのレポートを書いた。何かの偶然で状況が改善されていないか、見落としている点はないか、何度もチェックした――当然そんなものはなかったが。
作業をしながら、倉敷は常に残る三人の様子が気にかかっていた。
どうして何も言ってこない? プランに賛成ならせめて一言そう伝えてきてもいいはずだ。沈黙による同意の表明? いかにも日本人らしいが、本当にそれでいいのか? 自分の命がかかっているのに。通話でなく、メッセージでもいい。一言寄越すだけのことが何故できない? まだ考えがまとまっていないのか? 冗談じゃない。遅過ぎる。まとまる頃には死ぬぞ。
放送の後、白鳥と桜井がすぐに連絡してきたのに比べ、他の三人が長く沈黙していることで、倉敷の中で「二人」と「三人」の格差はさらに広がっていた。
本当にくじ引きなんかでいいのか? 世界を「より良く」したければ、いっそ白鳥と桜井を指名してしまった方が……いや、無理だ。わかっている。この煩悶、何度繰り返せば気が済むんだ。そんな「合理的」な決断、自分にはできない。「命」が立ち塞がっている。他との比較を許さない、鉄面皮の番人が。
三人の様子は気になるが、自分から連絡を取ることははばかられた。互いに気分を害することになりかねない。だいいち、何と言って声をかける? 「ご気分はいかがですか?」。最悪に決まっている。
こんな時、きっと桜井なら、ためらわずに一人一人連絡を取り、適切な言葉をかけられるのだろう。そもそも彼女ならドアのロックもかけず、ラウンジに集めて直接話し合っただろう――最初からそうすべきだったか? 今のやり方は間違っている? いや、あの三人が何かしらの意思表示をしてくれれば……ただそれだけのことなのだから。
もしこのまま何の連絡もなく、残り五時間となったら、粛々と抽選を行い、結果を伝える。そういうことになっている。この措置は正しいのか? 恐らく、正しい。平等だ。では、このわだかまりは何だ?
桜井からはドアの解放を提案されている。今も進展を待っているだろう。ならば、ドアの解放について意見を訊くという名目で、こちらから連絡を入れてみるか? 筋は通っている。だが、今まで何も言ってこない連中を集めて、一体何が起きるというのか?
何もしないよりはマシ……か? 残り十時間の人生、こんな精神状態で過ごしたくはない。
倉敷がディスプレイに触れようとした瞬間、大隅からのメッセージを受信した。
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