3 白鳥翔との通話/残り11時間44分
「悪い冗談であってほしいと思いましたよ。でも、事実なんですね」
「はい」
モニターに映る白鳥の表情は、かなり落ち着いているように見えた。
「もう十分に吟味されたのでしょうから、素人の僕が口を挟むことではないと思いますが、事が事なので、一応確認させてください。もう絶対に二人しか助からないんですね?」
「残念ですが」
「通信が途絶えたことを受けて、既に救出船が出ているのではないでしょうか?」
「その可能性はあります。しかし、最高速でもここへは約二十時間かかります。心肺停止から二十分以上経過した場合、蘇生は不可能です」
努めて冷静に話す。冷酷な印象を与えるかも知れないが、今は事実を伝えるしかない。
「酸素の供給を薄めれば時間を引き延ばせるのでは?」
「実は、既に供給ペースはギリギリまで下げてあります。全員に麻酔で眠っていただき、消費を最低限に抑えたとしても、十五時間が限界です」
通常、空気中の酸素濃度は二十一パーセント付近を保たねばならない。十八パーセントを下回ると人体に影響が出始め、十パーセントを切れば意識を失い、八パーセント以下の環境では数分で死亡する。
「脱出ポッドには推進力があるんですよね?」
「ええ。しかし、本機を牽引するほどの力はありません」
「そうですか。わかりました。やはり僕が考えるぐらいのことはとっくに検証済みですよね」
そう言って、白鳥は悲しげな笑顔を浮かべた。
かける言葉が見つからず、倉敷はうつむいた。
「僕は艦長のご提案に賛成です。こうなれば抽選以外にないでしょう。時間配分も妥当だと思います」
「……はい」
「ただ、抽選にはご自身も含めていいのではないでしょうか?」
「いえ、私には責任がありますから」
「今回のような事故の再発防止に貢献することもあなたの務めでは?」
「ええ。ですが、今ある命より優先できることではありません」
「あなたも今生きていらっしゃるでしょう」
本心だろうか? ――いや、どちらでもいい。立派な発言であることに変わりはない。人数が増えれば自分が選ばれる確率は下がるのだから。
「あくまでもご自分は入れないおつもりで?」
「はい」
「では、もし私が当選したら、艦長、あなたに権利をお譲りします」
? 何を――?
「何をおっしゃるんですか」
「僕はあなたが生き残ることを希望します。事故に関するデータはどうとでも残せるのでしょうが、真相の究明と今後の対策にはあなたが必要という気がするんです」
「しかし、白鳥さん」
「今ここにいる六人の中で、この事故の経験を最も有効に活かせるのがあなたです」
「経験を活かすという意味でなら、皆さん同じなはずです。宇宙開発の分野でなくとも」
「それはそうでしょうね。でも、とにかく僕はあなたを指名します」
そんなもの、受けられるわけがない。
「艦長、もしかしたら僕は、怒っているのかも知れません。あなたにではありませんよ。何と言うか……この運命に対して。これでも一生懸命生きてきたつもりですが、こんな、原因もわからない事故で死ななければならないのか、と」
怒り。当然だ。誰かに激しく罵られることも、倉敷は覚悟していた。いや、まだ今度の通信でそれはあり得る。
「この理不尽な運命には、専門家であり、どうやら人格者でもあるあなたを立ち向かわせるのが一番有効だと思うんです。自分の命を捨ててでも」
倉敷は、白鳥に対して、改めて親近感を覚えた。権利を譲ると言われているからではない。物の考え方が似ている。「理屈っぽい」と人に言われたことが何度かあるだろう。
「僕も責任ある立場ですから、もしもの時のことは常に考えていたんです。遺書を書いて、月に一度更新していました。だから平気というわけでもありませんけど、まぁ、他の皆さんよりは大丈夫なんじゃないでしょうか。優秀な部下もたくさんいますし」
「会社が大丈夫なら良いというわけではないでしょう。残された人間は悲しみます」
「ですから、それは皆さん同じでしょう。自分がいなくなることを定期的に意識していた分、準備ができていたという意味です」
倉敷も遺書は残している。だが、それは宇宙飛行士の義務として書いたものであって、自発的なものではない。白鳥は自分より明確に「死」を意識していたのだろう。
とは言え、白鳥の譲渡を受けるわけにはいかない。
何と言って説得すれば? 「理屈」は理解できるだけに、なかなか反論が思い浮かばない。自分が乗客の立場なら、白鳥のように考えたかも知れないのだ。
言葉を探していると、電子音が鳴った。
「この音は?」
「着信です、他の部屋からの」
「ああ、長々とすみません。僕の意志はお伝えしましたので、これで。お辛い立場だと思いますが、頑張ってください」
そして、白鳥との通信は切れた。
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