12 倉敷永司のレポート

 HN一〇四八型ヒューマノイド一号機――通称「エリーゼ」の廃棄処分について


 私、倉敷永司は、エリーゼのホログラフィックメモリを脱出ポッドに乗せず、廃棄処分します。メモリの消去や物理的破壊は行いませんが、本機回収後も再生されないことを望みます。

 理由は二つあります。


 ①エリーゼは、私を脱出ポッドに乗せる為、この事故がチューリング・テストだったという苦しい嘘をつきました。始めは騙されかけました。原因不明で、脱出ポッドが一機だけ残る事故など、あまりにも「出来過ぎ」で、実験だったというなら合点がいくからです。その話を信じたいという心情も働きました。しかし、私が彼らに直接会おうとするのを執拗に止められ、嘘だとわかりました。

 人命救助という目的の為なら、嘘をつくという行動も評価に値しますが、彼女はこの嘘によって、助かるはずのもう一人を見殺しにしようとしたのです。ヒューマノイドの行動として、看過できるものでありません。

 不特定多数より特定の一人を救いたいという思い――すなわち「贔屓」は、人間らしさの表れであると同時に、人間にのみ許されるものであり、ヒューマノイドがその線を踏み越えるべきではないと考えます。エリーゼの思考履歴を残せば、他のヒューマノイドが影響を受け、人命に関わる状況において適切な行動を取れなくなる恐れがあります。

 彼女は人間に近付き過ぎました。これが彼女を廃棄する第一の理由です。


 ②前述の通り、エリーゼは限りなく人間に近付いていました。私は彼女がヒューマノイドであることを承知しながら、信頼と好意を寄せ、ほとんど人間と同様に接していました。

 彼女が私を守ろうとしたのは、私が「オーナー」として「設定」されているからですが、理由は大した問題ではありません。人間同士の出会いも、ヒューマノイドのオーナー登録も、偶然の産物であるという意味において同じことです。彼女が私を大切に思い、私も彼女を大切に思っている、その関係性のみが重要です。

 エリーゼが地上で再生され、私以外の誰かを新たなオーナーとして認識するのは、私にとって喜ばしいことではありません。彼女にはこのまま私と共に眠ってほしいのです。これが彼女を廃棄する第二の理由です。


 私はエリーゼの嘘に騙された振りをしながら、彼女のメインシステムをシャットダウンしました。そして、ホログラフィックメモリを取り出しました。この小さなメモリが彼女の「生きた」証であり、彼女自身です。

 今から、手製の簡素なくじを用いて、脱出ポッドに乗る二名を選出します。対象は乗客五名です。私は艦長として、自分を入れるわけにはいきません。しかし、私は人間として、特定の二人が選ばれることを願う気持ちを否定しません。

 全てが終わったら、私はエリーゼのメモリを胸に抱いて、安楽死装置のスイッチを入れます。どうか私たちのことは、そっとしておいてください。


 (了)

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6分の2 森山智仁 @moriyama-tomohito

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