『かわいい』の暴力と、その裏にひそむ真の美食

  • ★★★ Excellent!!!

はじめまして、名もなきアングラグルメ研究家です。

大学でグルメ学(特定されないよう名称をふわっとさせています)を専攻していたころ、授業で「食とは命をいただくこと」という文章の入ったかわいい子猫チャンの写真を見せられました。
「なぜこんなにもかわいい写真を……?」という不可解さゆえに記憶にこびりついていたのですが、アングラグルメの探求の一環として本作『アヤカシ喰い依子さんの非常食』を読み、ようやく謎を解く手がかりがつかむことができました。

「かわいいもの」を食べること、そして「かわいいもの」に食べられることは、人間の原始的な快楽に結びついているのです。

そんなわけで、本作は「かわいい青年男子のたーくん」が「かわいい偽装女子高生の依子さん」の非常食にされちゃうお話です。
かわいいにかわいいをぶつけるという、あまりにも非道かつ陰惨な暴力が繰り広げられているのです。
ヒトとアヤカシとの混血であり弱者のたーくんが、ヒトでありながら規格外の強者である依子さんと『交際』することになって、『同棲』して、性的な意味でも食料的な意味でも食べられそうになって……おまえらこういう展開大好きだろ? 今すぐこのレビューを閉じて本編を読むんだ。

ラブコメというには切実で、シリアスというにはとんちんかんな二人の歩み寄りは、不器用でいびつでままならなくて、もはや「かわいい」ではなく「いとおしい」という域に達しています。

このように、本作では「無害で心やさしい男子が愛し方がちょっとアレな女子とイチャイチャする」様を存分に楽しむことができます。
ですが、ただかわいくていとおしいだけの作品ではありません。
居場所を失い、あるいは持てないまま、世界から疎外された者たちの物語でもあるのです。

たーくんは半妖で、元よりアヤカシ社会にもヒト社会にも溶け込めません。その上、愛し育ててくれた肉親をヒトに殺されています。
依子さんはアヤカシを殺すために生まれ、育てられた『道具』であるため、やはり安心できる居場所なんてありません。一見するとヤンデレに類するキャラですが、与えられた役割に従う一方できわめて人間らしい情緒性も秘めているので、たーくんに対する言動がちょっとバグっているだけです。

こんな不安定なふたりが、ひとつ屋根の下に暮らすことになったら……なにが起きるか、もうおわかりですね?
そうです、ぬくもりを知って、安心感を得て、人間らしさを取り戻すことができて、でもそう簡単には相手に身をゆだねることができない――そんな狂おしさに翻弄されてしまうのです。
この葛藤が、甘さのなかにひそむ苦みこそが、本作における真の美食なのでしょう。

2018年12月5日現在、連載中である本作が、これからどんなバイオレンスな「かわいい」を――究極の美食を味わわせてくれるのか、アングラグルメ研究家としては楽しみでなりません。

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