事故物件に1日だけ住んで、YouTubeで動画配信するアルバイトはじめました。

作者 竹原穂

リアルとフィクションとの揺らぐ境界線の向こう側へ

  • ★★★ Excellent!!!

はじめまして、怪奇現象の多い家が実家だった者です。
実家は飼いネコが分裂したり、足音がしたから背後を振り返ったらだれもいなかったり等、不可解なことが頻発する物件でした。ちなみに自己物件ではありません。ただ。地域全体が心霊スポットでした。

実家を出てからは怪奇現象に遭遇することがなかったため、私は「家で起こる怪奇現象」に飢えていました。ふつうの物件ってびっくりするほどなにも起きないんですね。
そんな折に出会ったのが、本作『事故物件に1日だけ住んで、YouTubeで動画配信するアルバイトはじめました。』です。あらすじはタイトルの通りです。

みんな大好き「YouTu●er」と「事故物件」を題材にした本作は、【動画パート】と【動画ではないパート】にわかれています。そして、この作品のひときわ強い特異性は【動画パート】に凝縮されています。

【動画ではないパート】は「小説らしい小説」ですが、【動画パート】は台詞と「動画視聴者からのコメント」だけで構成されています。
映像要素がばっさりと切り捨てられ、動画上の肉声とテロップを拾い上げて文章化されているというわけです。
「配信用の動画」という前提があるからこそ、説明的だったりわざとらしい台詞回しがあってもまったく違和感がありません。むしろ、自己物件の実況をしているという「それらしさ」が際立っています。
そして、この技法がホラーというジャンルにとても合っているのです。

私は実家に住んでいたころ、フリーのホラーゲームをプレイしまくっていた時期があります。荒いドット絵と端的すぎるフレーバーテキストがぞわぞわと気味が悪くて、いい感じにキマっていました。ちなみに、だれもいないのに居間から聞こえてくるドアの開閉音や、廊下から聞こえてくる湿った足音、背後から聞こえてくる息遣いは、忙しいのでガン無視しました。
短いドット絵にフレーバーテキスト…描かれている世界の解像度が低いからこそ怖いんです。足りない情報を自分の頭で埋めざるを得なくて、しかも自分にとって「怖いもの」を想像してしまう…皆様もご存じのことでしょうから、あえて言及する必要もなかったかもしれないですね。
本作には怪異のびっくり箱のような、「さあ恐怖しろ!!!!!そして死ねッッッ!!!!!!」な展開はほとんどありません。けれど、「なんか嫌だなぁ……」という淡い恐怖がじんわりと伝わってきます。ヤバいのは事故物件じゃなくて●●ですし。

【動画パート】の末尾には「動画視聴者からのコメント」が並んでいます。その下には、カクヨム読者による応援コメントが格納されています。つまり、カクヨムというサイトに投稿し、さらに読者という第三者を呼び寄せることによって、架空のコメントと実在のコメントが連続しているという、実に興味深い構造になっているのです。そのため、どこまでがフィクションで、どこまでがリアルなのか、その境界線が自分のなかで揺らぐという、なかなかレアな感覚を楽しめました。
古来より、境界には魔が宿ると言われています。したがって、本作もなんらかの魔術的な力を帯びている可能性が考えられます。実際、本作を読みはじめたころ、住居の隣室から女性の喘ぎ声だけが聞こえてくるという怪異に遭遇しました。

フィクションとリアルとの境界線を溶かしてゆく構造は、魔術だけではなくエンタメ的にも優れています。空回りする二号くんの台詞や淡々とした三号くんの語り、明日使える不動産業界の裏話を、You●ubeでも眺めるような軽い気持ちで読み進めるうちに、作中世界が現実と地続きなもののように感じられ、その上で意識が虚構へと吸いこまれてゆくのです。
情報が圧縮された動画パートでふとした瞬間に顔をのぞかせる、みずみずしくて生々しいたくさんの想い。それらをもっと知りたくなるからこそ、【動画ではないパート】でていねいに描かれている登場人物の背景や心の動きにも没頭してゆくことになるのです。
【動画パート】と【動画でないパート】とのあいだでドライ⇔ウェットを行き来し、やがて一体化してゆく構成の鮮やかこそが、本作の特筆するべき魅力でしょう。

『事故物件に1日だけ住んで、YouTubeで動画配信するアルバイトはじめました。』というフィクションと「怪奇現象の多い実家」というリアルの狭間を漂うことができて、たいへん満足しております。

ちなみに、私の実家はすでに売りに出され、だれかの手に渡っています。
……アナタの家、私が暮らした怪奇物件かもしれませんよ?

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★★★ Excellent!!!

このレビューを書いたのは平成終了後ですけど!(笑
さて、拝読してすごいと思ったのは筆者が持つ不動産・事故物件の知識量です。「ああ、その道に詳しい方なんだな」と安心感を持ちながら読み進められます。しか… 続きを読む

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