トランス状態の中を彷徨うような——神懸かり的な何かに引きずり込まれる。

この物語を、うまく言葉で説明することができません。
作者自身にもストップをかけられない何かが勝手に言葉になり、ずっと迸り続けているような……何かスピリチュアルなものさえ感じさせる不思議な世界に、有無を言わさず引き込まれます。

主人公である「熊本祥介」くんの歩いた日々。この物語には、自分に降り掛かった運命を直向きに歩く彼の姿が、一糸纏わぬ剥き出しの形で描かれています。
何がいい、何が悪い、という表現では、一切説明ができません。
あるのはただ、熊本くんの歩いた道と、その道のりで彼と人生の交差した人々の姿。
——そうして交わった人たちそれぞれの闇、そして自分自身の闇と真っ向から向き合い、闘う以外、彼に選択肢はありませんでした。

男性同士の関わり合いが作品の根底に常に流れていますが、そこに焦点が当たっている物語ではありません。それが熊本くんだった、という……こういう表現が相応しいような気がします。

物語を書く時、クライマックスのシーンで高揚感に浸る、ということはあっても、ある意味トランス状態のようなものをずっと継続させたまま作品を書き切ることは、普通は不可能ではないかと思えます。けれどこの作品は、意識を別次元へ置いたまま綴られた物語——私にはそんな風に感じられます。そんな神懸かりとも思える作者様の筆力に、ただひたすら圧倒され、言葉を失います。

ジャンルや何かで区分される世界ではなく——これは、どこにも、何にも属さない、『熊本くんの本棚』の世界です。
深い余韻が、いつまでも消えません。
多くの方に読んでいただきたい——いや、「体験」していただきたい世界が、ここにあります。

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