高校生の一人息子が何の手掛かりも残さず消えてしまった。
受け止め切れない衝撃に襲われた夫婦は消耗していく。警察はお手上げ状態、妻は「息子は異世界に転移したのだ」と流行りのラノベを読み漁っては現実逃避を始めてしまう中、気丈に息子の捜索を続ける夫が本作の主人公。
剣も魔法も無い現実世界で、警察でも探せない行方不明者をどう見つけるのか。主人公を襲う押し潰すような無力感と焦燥に、もし自分も、突然家族や大切な人がいなくなったらと考えてしまうリアリティがあり胸が詰まる。
それでも子供の無事を信じるのが親という生き物であり、何か息子に繋がる情報は無いかと息子の同級生らに話を聞いて行くが……。
子供の事は何でも知っている、一番理解していると傲慢になるのも、親という生き物ではないだろうか。
これぞ現代ドラマ。後悔に苛まれ、淡い希望に縋るしか術が無くとも息子を信じる父親の、不抜の信念と愛情の話。
異世界へ旅立った息子のご両親のその後、という興味深い設定の作品です。
異世界の存在を何も知らぬまま、息子の失踪を受け入れねばならない両親の苦悩。読み進めるうちに、読み手はファンタジー的な気軽さからいつしか遠く離れた場所に佇んでいることに気づきます。息子を突然失った親の動揺、不安、悲しみ。息子は生きているのか、もうこの世にいないのか。その原因は……彼らの苦悩の一つ一つが、ひしひしと胸に迫ります。
情景と心情の描写が大変丁寧で細やかです。文字を読んでいるはずが、いつしか映像を追うような没入感でページをめくってしまいます。
この世界の人間を異世界へ召喚する女神は、その家族へ言葉を尽くしたメッセージを残すべきである。読後にそんな思いを噛み締めずにいられない、味わい深い短編です。
カクヨム内で、物語の世界にグッと引き込まれるような情景描写が描かれている作品は少ない。もちろん自分は描けないし、全く情景描写のない気迫と展開で引き込む作品が多いように感じる。
この人は前作?のホラー小説でも感じたが情景描写が巧みだ。無駄な描写が少なく、それでいて的確な映像を描く。そして、今作は映像だけではなく時間すら表現している。
大事な人が現世にいなくなり取り残された側の心情を情景描写を踏まえて鮮やかに表現されている。
情景描写を作品に落とし込みたい人にオススメの作品です。どんよりとしたストーリーながら最後には希望が垣間見える読後感の良い作品ですので、気になった方は読んでみて下さい。