第591話 抵抗失敗

 迷宮の魔物たちは必ずしも戦闘を望むわけではない。

 互いに戦闘を避ける意思が合致すれば、その場を立ち去って血は流されない。


「僕としては戦闘を避けたいんですけど」


 通路の少し向こうでこちらを見つめているのは金属か陶磁器か見分けのつかない表皮を持つ三体の魔物だった。

 特徴的な巨大な尻尾は蛇……いや、ムカデだ。その尻尾を支える下半身は四本の巨大な節足が支えており、最も特徴的な上半身からは巨大な鎌状になった腕が四本生え、頭部は真っ白な顔面から乱杭歯が生えていた。

 悪夢に登場する死神の様な外見を持つ、シックルと呼ばれる魔物である。

 強烈なしぶとさと大鎌による斬撃。そのほかにも無数の技能に長けた強敵だ。可能なら、噛み合いたい敵ではない。

 向こうもなんらかの理由でこちらを敬遠したいと思っているのなら、それに乗ってしまいたい。

 どちらかが戦意に欠ける場合、ある程度の距離を開け続ける事で、戦闘の開始までに時間を空ける。

 ただし、どちらか片方でも戦闘の意欲を見せれば、相手も即座に応戦し、殺し合いが始まる。

 シックルたちは各々が四本の鎌を天井に向けており、眼球の無い白色の顔面がじっとこちらを見ていた。距離を詰めてくる気はないが、威嚇をしているのだろう。

 向こうはどうやら戦いたく無いらしいが、こちらはどうか。

 こういうとき、あくまでも一時的なビジターに過ぎない僕やノラには決定権はない。ノラに至っては意見さえも差し挟まず、行動に異論を唱えたりもしない。

 では、誰が決定するかと言えば、当然このパーティの主要構成員たる四人の女性たちだ。


「戦ってみたら?」


 いち早く声を上げたのは盗賊のレナートだった。

 この階層の、それもシックル相手にどれほどの効果があるものか。腰のナイフに手を伸ばし掛けている。


「アタシも戦ったらいいと思う。向こうは三体だし」


 後衛の女戦士ハイトラも弓を片手でもてあそびながら低い声で呟く。

 前衛のラドネイは武器を手に持っているが、話し合いの結論を待っているようだ。

 最後のオーガスタは穂先から竿まで同一の金属で作られた槍を片手に持ち、シックルを指し示した。


「やっちゃおう」


 開戦派多数により戦闘の回避は棄却され、また通路の向こうでもシックルたちがこちらの意思を受け、戦闘に向けて魔力を体内に回し始めていた。

 戦いを好む者たちが、戦いを避けるに足る理由を見いだせなかったのだ。

 彼我の距離は三十数歩。

 それなりに空いているようであっても、この階層に存在する者にとっては間合いの一歩先、程度の距離でしかない。

 真っ先に動いたのはハイトラで、一息に十数本の矢が放たれて通路の奥に向かって飛んでいく。

 これらは魔物にダメージを与える為の攻撃と言うよりは、出足を鈍らせる効果を狙っていた。

 事実、二体は体を削られながら体勢を崩す。しかし、一番左のシックルは体を貫く無形の矢を無視して猛然と踏み込んできた。

「ラドネイ、オーガスタ、右側のヤツを狙って!」

 僕は突っ込んで来るシックルを迎え撃とうとしていた二人の前衛に声を掛けた。

 この為に、わざわざ名前を聞いていたのだ。

 ラドネイとオーガスタは慌てて一番右のシックルに向かっていく。

 先頭のシックルには、それを上回る勢いで踏み込んだノラの一撃が叩き込まれていた。

 斬られた事さえ気づかない様に、シックルは真っ二つに分かれて倒れる。

 しかし、ラドネイとオーガスタの得物はシックルの二本の大鎌によって防がれていた。

 渾身の初撃に続いて数十発の乱打が叩きつけるが、四本の大鎌に阻まれ、くぐり抜けて効果を現す攻撃は三割にも満たなかった。

 それではシックルは倒れない。

 そして、シックルの恐ろしさは、鋭い鎌による薙ぎ払いや振り下ろしだけではないのだ。

 二人と切り結ぶシックルの胸が大きく膨らみ、全身の魔力が喉へと集中していく。


「皆、雄叫びが来る!」


 僕は仲間たちに警告を飛ばした。

 強力な魔物の雄叫びにはそれだけで様々な効果が乗せられる。シックルのそれには、文字通り魂消る様な効果が伴うのだ。

 コルネリを魔力塊で守りながら、自分の前方にも魔力の障壁を組み上げる。


 キャアアアアアア!


 見た目に似合わず、か細い女性の様な声が通路に響きわたった。

 文字通り魂を吹き消そうとする死の雄叫び。抵抗に失敗すれば即死がまとわりつく危険な声だ。

 シックルの雄叫びに対して僕もノラも抵抗に成功した。真正面で受けたラドネイとオーガスタも片耳を抑えながら踏ん張る。

 炎や毒の息と違い、死の咆哮は抵抗さえ成功すればダメージを受けることはない。

 しかし、シックルはもう一体残っていた。

 一番後方にいたシックルは流麗な魔力操作で魔法を発動する。

 その素早さと距離から魔法発動の邪魔は失敗した。

 シックルの眼前に巨大な氷柱が発生して浮く。

 

『雷光矢!』

 

 僕が唱えた魔法は、氷柱が獲物に向かって飛び立つより一瞬早く、氷柱を打ち消し、術者のシックルにもいくらか傷を与えた。

 

「トラちゃん!」


 背後から撃たれる筈の第二射が来ず、盗賊レナートの叫び声だけが響いた。

 切断したシックルの死体を乗り越えたノラが雷光矢の余波で弱った最後尾のシックルを斬り伏せる。

 ラドネイとオーガストはその間も攻撃を続けており、鎌による反撃を受けたりしながらも、どうにか乱打戦に打ち勝った。

 三匹のシックルから魔力が流れ込んでくるのを感じる。

 強敵との戦いを終え、振り返るとハイトラが倒れており、レナートが首を振っていた。

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迷宮クソたわけ イワトオ @doboku

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