第590話 腐朽の森のフルミット

「君たちは長いの?」


 戦闘後の休憩中、僕は後衛の戦士に尋ねた。

 矢のない弓を携えた彼女は、両目を堅く結んで流れ込む魔力の受け入れに没頭していたが、最後に大きな息を吐いて僕の方に向き直る。

 薄褐色の肌をした彼女は前衛でも変わらず弓を使うのだろう。直接的な打撃武器を持っていない。

 筋骨隆々というよりしなやかな体つきの女性だが、暗闇でも目立つ薄緑の瞳で気だるげな目つきをしていた。

 

「長い?」


「いや、付き合いがさ」


 僕の問いに少し考え込んだ彼女は「多分、あんまり」と答えた。


「アタシが一緒に迷宮堕ちした仲間はもう喰われちゃって、それでまあ、逃げたりしながらブラブラしてたんだけどね、それで他の子たちも似た感じらしいよ。あんまり地上でのことは話さないんだ。お互いに」


 今更帰還など望めぬ、いや帰ることを望まなくなるのが迷宮堕ちなのだが、そんな怪物に成れ果てた者にとって人間であったころはどうだったかなど興味の範疇ではないのかも知れない。


「迷宮に落ち込んでからこっち、時間の感覚も曖昧だし、ただ凌いで、凌いで、凌いでって感じだよね。そんで時々、たまらなく気持ちいいの。脳味噌が焼けたかと思うほど。そんな瞬間が来る」


 快感を思い出す様に、彼女の視線は中空を漂う。

 次の闘争を求める者の妖しい目つきだ。

 命を奪い、奪われることを無上の喜びと知る魔物たち。

 しかし、彼女たちだって迷宮で涌いたのでないのだから、当然に地上で暮らしていた訳だ。

 それでも彼女たちに見覚えがないのは、地上で組んでいたパーティと違うのだ。

 冒険者はおおよそ固定したメンバーで迷宮入りをしており、集団として認知される。

 僕も他の冒険者は酒場でよく顔を合わせるのでなければ一揃いでなければ見分けがつかない。

 そもそも、冒険者の中には酒場に近寄らない者もおり、そうであればゼタのように長く顔を見かけない者も多い。

 

「だから、アタシも他の子たちの素性をよく知らないのよね。名前も曖昧なくらい」


 確かに、この連中は休憩時間にも会話を交わしたりしない。

 黙々と装備の点検をするか、話したとしても倒した魔物のことだったりする。

 もとより無口なノラと彼女たち。口を開いてコミュニケーションを取ろうとするのは精々、武器の分配を預かる盗賊くらいか。

 でも、だからこそあまり強くないのだ。

 彼女たちは個々で常人離れした強さを誇っていても、連携が上手くない。

 それで倒せる敵ならいいが、相手も超常の魔物たちである。

 パーティを組んでから少し経ったが、声かけの指示役が足りていないのは明らかだった。

 

「少しだけでも話そうよ。どこから来たか、とか」


「どうやって死にたいか、とか?」


 僕の発言に彼女は皮肉を混ぜて返す。

 僕たちにはこれまで、しかない。ここから先はどこまで行っても、死に向かい続けるだけの旅路である。


「冗談よ。腐朽の森と呼ばれるところから来たわ。名前はハイトラ。腐朽の森って知ってる?」


 彼女は訊ねるのだが、僕はそもそも行ったことのある場所がそれほど多くはない。

 

「王国本領の隅っこなんだけどね、奥深い森はバケモノでも出そうだって言われてあんまり人が近づかないんだ。実際は盗賊団の隠れ里だったんだけどね。それで、街道を行く商人を襲ったり、出稼ぎに行って村を襲ったりする、そんなどこにでもある村だったわ。男たちが戦果を上げて帰ってきたときには村中がお祭りみたいに夜通し騒いで、楽しかった。時には討伐隊とかがやってきたりするんだけど、それも皆で戦って追い返してさ。でも、ある時に二人組の賞金稼ぎがやってきて、獲物をしとめるついでに、というか巻き添えでっていうか大勢殺されて、賞金稼ぎの一人は魔法使いだったんだけど、村も燃やされてね。それで皆が散り散りになって、誰が生きていて誰が死んだのかも分からない。もう無茶苦茶よね」


 故郷が燃え落ちる話をしている筈なのに、ハイトラは楽しそうに話した。

 初めて見せる、昂揚以外の表情では無かろうか。

 

「それで行く宛が無かったんだけど、アタシの幼い頃に村を出て行ったフルミットって男が迷宮冒険者としてここ向かったって聞いたから、なんとなくアタシも来たの。まあ、アタシがここに来るよりもずっと早く、フルミットは迷宮に喰われてしまっていたけどね」


 フルミットという男は僕も聞いたことがないが、迷宮で死んだか迷宮堕ちするかしたのだろう。そうして、それをなんとなくで追ってきたハイトラもこうして迷宮の胃に納まってしまったわけだ。

 それから、ハイトラとはいくつか言葉を交わした。

 話の内容は、故郷で聞いたというフルミットの逸話についてだ。

 如何にして、幼い少年フルミットは殺人者となり、また殺人の天才と呼ばれるようになったのか。

 まるでお伽噺の様に語られるそれらは、血なまぐさくも楽しげにアレンジされていた。

 ハイトラにとってフルミットと言う男は憧れであり、英雄だったのだろう。

 

「そんなに凄いのなら、ずっと先に行けばフルミットと会えるかも知れないね」


 僕はなんとなくそんな事を言った。

 この迷宮の仕組みなら、どこかで行き詰まり追いつく可能性もある。

 より強い魔物と遭遇して喰われてしまっている可能性の方が圧倒的に高いのだろうけど。

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