第589話 万能無用

 いくつかの階層を下り、何度かの戦闘を越えた僕たちの前で背の低い、亀とトカゲの中間の様な魔物が行く手を阻む。

 背中に甲羅代わりの岩を張り付けて這いずり回るトカゲと言った方が近いだろうか。

 先制して飛び出したノラの一撃が、先頭の岩トカゲの首を刎ねるが、残りの岩トカゲたちは岩を深く被って他の攻撃に耐えた。残りは五匹。

 正直に言えば、進路の先に魔物がいることを僕は分かっていたのだが魔物の魔力内包量は同階層の他の存在と比べて小さかったのでぶつかってみたのだ。

 しかし、それは逆に考えれば純粋な闘争力が強いということも意味するのだろう。

 攻撃しづらく、向こうは長く延びた顎で敵の足に噛みついてくる。

 本格的な戦闘が始まったが、ノラはともかく他の戦士たちは有効打を打ち出せずにいた。

 コルネリも、体勢が極端に低く、その上で体の大部分を上部からの攻撃から守っている岩トカゲの岩石に手を出しあぐねて、飛び立ちもしない。

 隣の女戦士が見えない矢を飛ばすが、これもあっさりと弾かれた。

 岩トカゲたちの動きは鈍いが、攻撃そのものは速い。

 ク、と動きを止めたかと思うと恐るべき速度で首を伸ばした。

 岩トカゲたちの一斉攻撃に、前衛の女戦士一人が避けきれず、太股に食いつかれる。

 その威力は凄まじく、順応により相当に強化された人体をあっさりと噛み千切っていった。


『傷よ、癒えよ!』


 別の魔法を唱えようと練っていた魔力を慌てて書き換え、僕は回復魔法を唱える。

 彼女の足はすぐに復元され、何事も無かったように戦列に復帰していく。

 

「今だ!」


 小さく唱えるように言って、隣の戦士が矢を射った。

 千切った肉塊を咥えた岩トカゲの横顔から喉に掛けて不可視の矢が十数本刺さり、絶命させる。

 もう一人の戦士が、先端の曲がった金属製の武器を振り上げて攻撃を外した岩トカゲの頭部を吹き飛ばした。

 と、僕の目には生き残りの岩トカゲの体内で魔力が何かに変換されるのが映る。

 

「何か吐くよ!」


 僕の言葉に前衛も後衛も動きを止めて身構えた。

 対する岩トカゲたちは口から不可視の吐息を吐く。

 猛毒の霧。

 前衛の戦士たちは魔力で障壁を組み、直撃を避ける。

 僕も魔力で周辺の猛毒を解除しながらコルネリを守った。

 それでも感覚が敏感なコルネリは顔をしかめて背後に飛び去っていく。

 しばらくすれば戻ってくるだろうが、戦闘中は帰ってこないだろう。

 

「グ……!」


 抵抗に失敗したらしい戦士の一人が目と鼻から血を流しながら呻く。

 あれ、そういえば盗賊はどこへ行ったのか。

 視界から盗賊が消えているが、攻撃の対象にならないように盗賊が後ろにさがり隠れることもある。

 堂々と戦列に並んでいても他のメンツと違い、やれることは少ないからだ。

 順応が進めば、隠れるのも上手くなるのだろう。

 視線を戻すとノラの刀が光りながら振られ、一度に二匹を屠るところだった。

 岩ごと切り落とされた二匹の岩トカゲがズンと音を立てて崩れ落ちた瞬間、最後の一匹の向こう側に人影が立っていた。

 隠れた盗賊だ。そう思うよりも速く、彼女は「おりゃ!」という気の抜けた声を上げて奇襲を仕掛ける。

 前方を睨んでいた岩トカゲは尻尾の付け根あたりにナイフを差し込まれ、驚いて振り返った。

 攻撃の威力そのものは点け添え程度のものだが、無視できるほどではないらしく岩トカゲの視線は混乱した上で背後に向けられた。


『雷光矢!』


 その隙にやっと魔力を溜めた僕がとどめを刺して戦闘は終了した。

 死んでしまった岩トカゲたちからため込んだ魔力が流れ込んで来て、疲労が消えていくのを感じる。


「オグちゃん、大丈夫?」


 盗賊は岩トカゲの死体を飛び越え、毒霧を吸い込んだ戦士に駆け寄っていく。


「毒消し、ほら」


 鞄から薬を取り出して手渡すのだが、消耗品は補充が難しいのだから温存した方がいいのではないだろうか。


「僕の魔法で治しましょうか?」


 攻撃魔法と違い、回復魔法は教育を受けていないので今一、上手くはないがそれでもステアに少し習ったので多少の治療は出来る。

 怪我の単純な治癒なら割と上手くなったのだ。状態異常は緊急時には魔法の選定で失敗しがちだけど。

 

「いい、いい。ワタシは毒消しを結構持ってるから」


 言いながら取り出された薬には大きな魔力が込められていた。

 毒消しを口に含まされた女戦士はしばらく苦悶の表情を浮かべていたが、やがて落ち着いたのか溜息を吐く。

 それを確認した後、盗賊は戦後処理に取りかかった。

 僕も攻撃を受けた仲間の治療をした後に手持ちぶさたなので、なんとなく盗賊の方に近づいていく。

 彼女は岩に偽装された宝箱を見つけ、開けていたが、中から金貨もしっかりと回収していた。


「あのさ、そのお金ってどうするの?」


 ここは地上ではないのだ。

 毒消しや武器防具などの使用するものならともかく、貨幣は交換しないと意味を成さない。

 その、交換する場所がないのだからお金を拾っても無駄なんじゃないだろうか。

 

「どうするんだろうね。魔物はでも、こういうのを集めているわけじゃん。実際、ドラゴンとか妖精なんかは金貨や宝石を投げるとそっち見たりするから、いざというときにはそんな感じで。あと、噂だと、迷宮の奥深くでも店があってお金で物が買える場所もあるって聞くしさ。集めておくに越したことはないよ」

 

 へへ、と軽く笑って盗賊は答える。

 確かに僕も迷宮の中の商店というものを噂としては聞いたことがあるが、地下五十階を超えて潜っていたノラが知らないと言うのだ。

 眉に唾つけて聞くのが妥当だろうおとぎ話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷宮クソたわけ イワトオ @doboku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ