第588話 運命の仲間たち
要は切っ掛けなのだ。
この迷宮は構造上、どんなに強いものでもどこかで見えない壁にぶつかる。
足止めを食らって、足踏みをしながらも力を溜めると、ある時その壁がするりと抜けるのだ。
そうすると、不思議なもので今まで考えることも出来なかった様な階層まで一気に進むことが出来る様になる。
彼女たちが期待したとおり前進は再開され、恐らく彼女たちを押しとどめていた障害物を僕とノラが力を合わせて切り裂いていく。
主に言えばノラが、だけど。
「敵だ!」
僕は魔力を感知して口を開く。
通路の向こうからゆったりと、水中を漂う様に現れたのは昆虫とも妖精とも判別の着けづらい、白い魔物だった。全部で八匹。
筒状の体の一端から複数の触手が延びていた。大きさは前腕くらいのものから、片腕くらいのものまで様々だ。
奇妙な魔物の一群は速度を変えずに近づいてくるが、戦意があることは理解できる。
「イカかよ!」
隣で女戦士がよくわからないことを言いながら弓を構えて戦闘が始まった。
道中で聞いたところによれば無矢弓という技らしい。
弓は無形の魔力を矢として打ち出していく。
イカと呼ばれた魔物が一匹、魔力によって空けられた穴から体液を吹き出しながら暴れるが、命を奪うには足りないのか、落ちない。
しかし、少なくとも物理攻撃が効くというのはわかった。
「コルネリ!」
僕の声に応じて閃光のように飛んだコルネリは、イカの一匹を粉々にしながら空間を駆け抜けていく。
次いでノラが二匹を斬って落とすと、瞬間。
イカは触手の間から真っ黒い粘液を吐き出した。
吐き出された粘液はグニャグニャと形を変えながら前衛の女戦士に襲いかかる。
熱した鍋に水を流し込んだようなジュッという音を立てて女戦士が床に転がった。
スライム?
イカが吐き出したのは酸で獲物を溶かし食らうスライムに酷似していた。
だが、違う。
「先にあの白い奴を倒して!」
僕の言葉に、仲間たちの視線はイカの方へ向けられた。
どちらを攻撃するべきか、決めあぐねていると当たる攻撃も当たらない。
仲間に指示をだし、僕は粘獣たちの体を満たす魔力を解析し、正体を知る。
あれはゴーレムの一種だ。
術師であるイカたちが己の体内で生成する分身体にして、攻撃の手段。
いかなる場合であれ、恐れを知らず突っ込んで来る敵は恐ろしい。
しかし、ゴーレムである以上、魂の本質は貧弱である。
『砕魂!』
本来の魔法に工夫を加え、より強度な魂も打ち砕ける様に改良した魔法がスライム型ゴーレムの行動を一気に止めた。
搦め手を封じられれば、地力では僕たちを塞ぐ壁足り得なかったようで、残りのイカたちは前衛の攻撃により、片づけられたのだった。
※
「ひどい目にあった」
戦闘終了後に盗賊が戦後処理をしていると、粘獣に抱きつかれて倒れた女戦士が頬を掻きながら立ち上がってきた。
小さなナイフで髭を剃るように粘獣の体液をこそぎ落としていたが、その作業が終わったのだろう。
先ほどまで焼けただれていた彼女の皮膚は、シミ一つ残さずに復元されていた。
ずっと前にナフロイの大怪我がたちどころに治るところを目撃したが、つまりはそれだ。
多少の怪我を負おうとも、体力がある限りは戦い続けることが出来る。
「アンタも強いんだな。ま、当たり前だけどな」
当然、弱い者がこんな深層まで降りてくることはない。
僕だって、迷宮堕ちより前にもう少し深い層まで潜ったこともあるのだ。
ただ、僕よりも圧倒的にノラが強く、そうして彼女たちはノラに期待を寄せている。
事実、ノラは単身でもっとずっと深いところまで潜って帰ってきているらしかった。
「アンタら、組んで長いの?」
「いや、全然。何回か組んだことはあるけどそれだけだよ。付き合いは結構長いけど」
互いに冒険者になった頃、駆け出しからの顔見知りではある。
直接、なにかやりとりがあったというわけではないけど。
「へえ、じゃ気が合うんだ」
「気……は合わないね」
ノラのことを同じ種類の生き物だと思うことさえ難しい程、僕たちは存在が離れている。
その上、二人でその溝を埋めようと対話をしたこともない。
ただ、タイミングが合ってしまっただけだ。
「ふぅん、二人きりで落ちてきたからさ。アタシはてっきり無二の相棒かなんかだと思ってた」
ノラには一緒に迷宮へ堕ちる覚悟を決めた仲間がおり、でもそれは叶わなかった。
僕は迷宮に堕ちるとき誰の手も引っ張りたくなかった。
それでも一人きりで堕ちていくよりは誰かと歩きたい。つまり僕たちは行きずりの心中相手だ。
互いに多少の思いはあるんだろうけど。
「そういうのを運命の人って言うんじゃない?」
後衛に陣取る女戦士も、会話に加わってきた。
運命の人、か。それは上手いことを言う。
「それならたぶん、ここで会った君たちも運命の人なんだよ。でもさ、僕もノラさんも下に会いたい人がいるから、そこにたどり着けるまでが定められた運命であって欲しいね」
「たどり着けるか、ではない。必ずたどり着くんだ」
ぼんやりと石に腰掛けていたノラが唐突に口を開く。
前言撤回。
なにもかもが上手く行く。そう書き連ねてある運命が欲しかった。
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