最終回

 我慢のときはまだ続く。

 ダメージを負ったままの祐希は決定打を与える事ができず、ひたすらに愛果の技を喰らい続けていた。得意の投げ技だけでなく、固め技などを織り交ぜ攻撃に緩急をつけて、じわりじわりと猪突猛進タイプの祐希を追い込んでいく愛果の姿は、とてもキャリア三年未満とは思えない程太太ふてぶてしくみえた。さすが優秀な選手たちが鎬を削り合う、業界トップの団体で日頃揉まれているだけの事はある。

 だが祐希も必死に喰らい付いていく。

 劣勢となってから半分以下の手数になったとはいえ、ひとつひとつの攻撃はまだ重く、技がヒットする度に愛果の顔は苦痛に歪むが、未だ彼女が優位である事には変わりは無く、必殺技フィニッシャーのひとつである高角度のパワーボムを仕掛けたが、逆に後方回転エビ固めウラカン・ラナで切り替えされ、危うくスリーカウントを耳元で聞かされそうになった。

 技を逆転され、必死にフォールを返す度にスタミナはどんどん奪われていく。

 どうすればいいの?――祐希は自問自答を繰り返す。

 打撃技も投げ技もことごとく巧みに防御ブロックされ、持ち駒がひとつずつ消えて無くなっていくのを実感する。あの《プロレスの達人》といわれた小野坂ユカでさえも恐怖した、あの鉄壁の防御力を破る方法など簡単には浮かぶ筈もない。

 こうなれば、幾度となく自分を勝利へ導いてくれたを出すしかない。

 意を決した祐希は愛果を捕まえると、超速の払い腰で彼女を投げマットへ叩き付けた。間髪入れずに彼女は頸動脈が走る首筋に腕を巻き、片方の腕を腋から入れて頭を前へ押す。そうする事で頸動脈に喰いこんだ腕がさらに締まり、脳へ酸素を運ぶ血流を止めんとする――片羽絞めタズミッションの完成だ。

 グラウンド状態の関節技。相手の胴体もしっかり両腿で挟んで簡単には脱出できないはずだ。

 しかし愛果は苦悶の表情をみせながらも、重い祐希の身体を引き摺ってロープへと必死に手を伸ばす。散々痛めつけられた彼女の腕は従来の力を出せず、十分に愛果の頸動脈を締め付けられないのだ。


 愛果のロープブレークが成立しレフェリーの指示で技を解いた途端、祐希は何も考える事ができず呆然自失となった。

 ――――――――

 ふらふらと立ちあがり、薄ら笑いを浮かべる愛果の姿に恐怖を覚えた祐希にあるのは、勝利への希望ではなく絶望のみだ。彼女の放つ重苦しい空気を察したのか、この勝負は愛果が勝ちだと、九割方の観客がそう思うようになった。《愛果勝利》の空気は愛果本人への後押しとなり、それを受けてか彼女の表情にはどこか余裕が窺えた。


 ベルトが他団体流出か――? 元川の頭の中に最悪のシナリオが浮かぶ。

「どうするユカ、プリンセス王座が太平洋女子にでも渡ったら――」

「別にいいじゃん。ベルトがいろんな団体を廻って付加価値を高めてくれたら面白いじゃないの。それにほら、無くなったらどうせまたベルト作るんでしょ?インターナショナル・プリンセス王座とか言っちゃって」

 あっけらかんとするユカとは対照的に、元川の表情は心配し過ぎで疲れ切っていた。

「やはり祐希では太刀打ちできなかったか」

 彼もまた試合の流れを愛果勝利と読んでいたこれだけ圧倒的に技能スキルの差を見せつけられれば、誰だって彼女の勝利を疑うはずもないだろう。

 だが未だユカは信じていた。技も戦略タクティックスも凌駕する祐希のポテンシャルの高さを。


 ここで止まるんじゃない。前へ向かって進むのよ、ゆー!


 愛果優勢の流れの中、祐希は苦しい時間を過ごしていた。

 両者イーブンだった観客の期待も遠い昔となり、どう愛果が勝つか?に興味の対象が移り変わっている。この嫌な空気を断ち切ろうにも反論材料はなく、只々敗北までのカウントダウンを聞く他はないような気がした。

 ネガティブな思考が頭を駆け巡り、意識が途切れた隙を見計らって愛果は、素早く祐希の背後へと廻り羽交い絞めフルネルソンの体勢を取った。

 来るっ!――頭では次の展開が分かっていたが、身体が言う事を聞かない。

 愛果は持ち前の強靭なブリッジで、自分より重い祐希の身体を難なく宙に舞わせた。弧を描いた彼女の身体は腕を固定されており、受身を完全に取る事が出来ずに頭から落ちていった。

 愛果の必殺技である飛龍原爆固めドラゴン・スープレックス・ホールドが決まった! ひしめき合う太平洋女子の同期たちの中から、この技を武器に頭ひとつ飛び抜ける事ができたフェイバリットホールドであった。

 無抵抗の状態で頭部を強打した祐希は、目の前が一気に真っ暗となる。


 

 ……さん、がんばって!

 少女は自分の持ち得る、最大限の力を込め祐希に声援を送る。

 自分より遙かに年上ばかりの観客たちは、これで愛果の勝ちが決まったと思い込んでいる。

 それならば、わたしひとりだけでもゆーさんの勝利を信じてあげなければ。

 祐希を応援してあげたい純真な気持ちが羞恥心を突き破り、想いは言葉となって祐希の元へと飛んで行く。

 彼女が自分の熱い想いに反応するまでずっと、少女は声を枯らし叫び続けた。


「がんばって、ゆーさんっ!」


 はっ!

 悲鳴にも似た少女の精一杯の声援が、祐希の耳に届いた瞬間ぱっと目を開いた。

 慌てて不恰好な体勢から必死に身を捩り、スリーカウントが入るコンマ数秒直前で肩をあげて、ぎりぎり試合の流れをリセットする事に成功した。

 凄い。信じられない。

 観客たちは祐希の桁違いなパワーに驚愕する。九割方愛果へ傾いていた《勝利の針》を無理矢理ゼロに戻した祐希に対し、彼らは称賛の拍手と声援を惜しみなく送るのだった。


「スリーカウント入っただろっ!」

 一番の自信を持つフィニッシュホールドを勝利目前で返され、振り出しに戻された現実を素直に受け入れられない愛果は、レフェリーに猛抗議するものの、毅然とした態度で彼はそれを否定する。智略によってじわじわと祐希の武器や気力を奪い取り、最高のフィニッシュまで持ってきた筈だったのに、それが全て駄目になった今、愛果は座り込んだままで立ち上がる事も出来ないでいた。

 ファンたちから熱い声援が飛ぶものの、勝負どころで必殺技を決めきれなかった事のショックが大きく、自分へのコールが励ましどころか逆に負担となり、精神的プレッシャーを感じるようになった。

 一足先にダメージから回復し立ち上がった祐希は、項垂れる好敵手の腕を捕らえ引っ張りあげた。愛果の身体は持ち上がり視界が桃色のキャンバスから、幾千の瞳で自分を注目する観客席へと移り変わる。

 闘志の光を失わず、未だ真っ直ぐな視線を向ける祐希を見て愛果は、勝負の潮目が変わった事を実感する。


 ――やっぱり強いわ、ゆーちゃんは。


 背中を押された愛果は、正面のロープへと駆けていった。

 一歩も動きたくない、という自分の意思とは無関係に身体が勝手に動き出す。そして道場で最初に習った通り硬いロープを背中でしっかりと受け、今さっき来た道をまた走って戻っていく。

 目の前には祐希が待っていた。

 自分の所へ戻ってきた愛果の身体を、掬うようにして抱え持ち上げる。

 パワースラムか? 次に来る技を予測した愛果は受身を準備する。背中からの落下技ならまだ耐えられそうだ――自分ではそう思っていた。だが、半円を描いて着床する筈の身体が最頂点まで達した時、愛果の予測に反し脳天から一気に真逆さまに落ちていく。

 しまった、これは脳天杭打ちパイルドライバーだ!

 祐希は咄嗟の思いつきでパワースラムの動作のまま、途中で墓石式脳天杭打ちツームストン・パイルドライバーへと切り替えたのだった。その結果次の手を読み誤った愛果は彼女の渾身の一撃を喰らう事となった。ずどんと頭部からマットに落ちた愛果は、負荷が一気に首へ圧し掛かり身体が痺れて動けなくなる。


 愛果の身体を仰向けにし、体固めの体勢に入った祐希がレフェリーの顔を見る。

 肩がマットに着いているのを確認したレフェリーは、大きく腕を振り上げフォールカウントを開始した。 

 千人近くの観客が大歓声をあげているのに、祐希の耳にはカウントを数える声とマットを叩く鈍い音しか入ってこない。

 カウントが着々と進行していく中、愛果は荒い呼吸を繰り返すだけでキックアウトする素振りも見せない。

 そしてついに――最後のカウントを叩くレフェリーの手がマットから離れた。この瞬間、東都女子認定プリンセス王座決定戦の勝者が決定する。

 《剛腕少女》日野祐希だ――


 この素晴らしい大熱戦に対し観客たちは皆一斉に立ち上がり、拍手と歓声でリング上のふたりを讃えた。客の中には感動のあまり涙ぐむ者さえいた。


 ホールを埋める観衆に混じって、勝者祐希に拍手を送っていた元川がふとテーブルに目をやると、置かれていた筈のチャンピオンベルトが無い――自分の隣で試合を見ていたユカの姿も。

「――アイツめ、やりやがったな」

 知らない間にがいなくなった寂しさよりも、真っ先に可愛い後輩の元へと駆け出していった事の方がなぜか嬉しくて、本部席にひとり取り残された元川は満足気な表情でふぅ、とひとつ溜息をついた。


  レフェリーに腕を掲げられ勝ち名乗りを受ける祐希の顔には、勝利した喜びよりも長く苦しい闘いを物語る疲労感がみえていた。好敵手に勝てた嬉しさも当然あるはずだが、今はキャリアの浅い自分がメインを無事務められた事、そして至宝プリンセス王座の他団体流出を食い止める事が出来た安心感の方が強かった。

 急いで愛果の方に目を移す。

 技のダメージの大きかった首筋辺りに、セコンドが早急に冷却スプレーや保冷剤などがあてがいアイシングをした結果、痛々しさはみえるもののどうにか立ち上がれるまでには回復した模様だ。祐希はほっと安堵する。

 その愛果が彼女の側まで歩み寄ってきた。

 敗けた悔しさよりも、この激闘に十分満足したような清々しい表情で。

「あーくやしい。でも……おめでとうゆーちゃん、あんたがチャンピオンよ」

 差し出した手を祐希はしっかりと握り返し、どちらからともなく互いの身体を抱擁した。痣だらけの顔や汗でずぶ濡れの髪や肌、そして耳元へ直に聞こえる深い呼吸音――喩えようのない感情が堰を切って溢れ出しいつしかふたりは泣いていた。勝った喜びでも負けた悔しさでもない。お互いが傷付き傷付け合いながらも途中リタイアする事無く、試合を無事に完遂できた達成感が涙となり流れ出したのだ。

「まなかが……愛果が相手でホントよかった!もし違う相手やユカさんだったら、ここまで全部をさらけ出せなかったと思う。ありがとう、こんな私と闘ってくれて」

 涙声で発音が不明瞭で全て聞き取れたのか分からないが、何度も頷く愛果の姿をみていると、少なくとも祐希の言いたい事は理解できたようだ。


 おぉぉぉぉぉっ――!


 祐希たちへ届いていた歓声とは明らかに違う、毛色の異なる響きに彼女らは抱擁の手を解き、響きの源のほうへと視線を向けた。

 そこには金色に輝くチャンピオンベルトを両手で掲げ持った、小さな女性の姿があった。

「王座獲得おめでとう、ゆー。今夜の試合、ホント最高だったよ」

 小野坂ユカの突然のリングインに、祐希は信じられない!と驚きの表情をみせた。

 あの日道場で別れてから、今の今まで音信不通だったからだ。

 ユカも七海もいない今夜のホール大会、隙あらば忍び寄る不安を目一杯虚勢で撥ね退けトリを務めあげた祐希だったが、尊敬する大好きな先輩が目の前に現われたいま、新チャンピオンではなく只の後輩として、彼女に抱きつき嗚咽するしかなかった。

「ユカさぁん……正直怖かったです、心苦しかったです。でも、愛果がいてくれたおかげで何とか今夜を迎える事ができました。また逢えて嬉しいですぅ」

 ユカは抱きつく祐希の背中を撫でながら、彼女のすぐ傍にいる愛果の方をみた。

 視線に気付いた愛果はさっと涙を拭いとして振る舞おうと、ユカを指差して次の対戦をアピールするが、流した涙でぐしょ濡れになった顔では様にならず、普段の善人面が丸出しになってしまう。

「……愛果ちゃんも、ゆーと一緒にウチの大会を盛り上げてくれてありがとうね」

 サムスアップをして愛果からの対戦要求にユカは応えてみせる。返事を貰った愛果は名残惜しそうな表情を浮かべながらも、ここは余所者よそものの自分がいるべき場所じゃないと判断し、ユカに抱きつく祐希の肩を二三度叩き別れを告げると、観衆の温かい拍手に送られながら東都女子のリングを降りていった。


 もう、これ以上の幸せはない――

 ユカに自分の腰へチャンピオンベルトを付けてもらっている最中、祐希は本気でそう思った。

 だけどこれがプロレス人生の終着点ではない、あくまでも通過点である。

 今宵以上の刺激や幸福感を得るために、また明日から走り出さねばならない。

 でも今はこの幸せに浸っていたい。頑張ったご褒美として――




 数か月後――

 Tシャツと短パン姿の祐希はキャリーバッグを手に、午後に入って更に凶悪となった日差しを避けるべく、街路樹の木陰に隠れタクシー待ちをしていた。朝からもう三枚も着替えたというのに今着ているシャツの胸元辺りに早くも汗が滲んでいる。

 あー、早く冷房の入ったタクシーの中に入りたい。

 幾台と過ぎてゆく乗用車や単車を眺めながら、早く来てよと気を揉む祐希

 そして数分後、待ちに待ったタクシーが現われる。

 目の前で車扉ドアが開くと、彼女は一目散に座席へ乗り込んだ。

「はいお客さん、どちらまで?」

 祐希に行き先を尋ねる運転手。目的地を言おうと口を開いたその時――

「待って待って待って、わたしも一緒に乗せてって!」

 祐希と同じく、キャリーバッグを引っ張って駆けてくる女性の姿が。 

 愛果である。

「……お客さん、どうなさいます?」

「はい、相乗りで結構です」

 祐希は席を移動し奥に座り、後から来た愛果を車中へ入れる。

「それで行き先はどちらまで?」

 運転手はもう一度祐希たちに行き先を尋ねる。ふたりは同じ目的地を彼に伝えた

「――倉庫街までお願いします」

「かしこまりました」

 ドアが閉まり静かにタクシーは発車した。


「何だよ。愛果もブッキングされてたのか、今日の《グロリアスガールズ》の興行に。全然知らなかったよ」

「えっ、ゆーちゃんツイッターとか見てないの? ちゃんとわたしの名前出てたよぉ」

「すみません……SNSとかに疎いもので」

 ふたりは今夜行われる新興女子プロレス団体・グロリアスガールズの大会にブッキングされていた。ここはまだ自前の選手は少なく、いつも他団体から数名選手を借りてカードを組み、目的地である倉庫街の中にあるリング常設の小ホールで、月に二~三度興行を行っているのだった。

「どう、忙しい最近?」

 祐希は、ぼんやりと景色を眺めていた愛果に尋ねる。

「ん……あぁ、忙しいかって? まぁ実際たくさん試合は組まれているわね。試合順だって後になる事が多くなったし、他団体からの参戦オファーも増えたしで嬉しい限りよ」

 愛果はあの祐希との大熱戦の後、所属する太平洋女子プロレスの幹部たちに実力を認められ、並み居る同期たちの中から頭ひとつ抜け出し今では《次期エース候補》として、現エースである水澤茜とタッグを組み、団体を担う者としての帝王学を直々に学んでいる最中であった。このまま順調に成長すれば確実に太平洋女子を代表する選手になるだろう――と、有識者やファンの間ではもっぱらの評判だ。

「でもゆーちゃん、残念だったね。もっと永くベルトを守れると思ってたのに」

「うん。ベルトは獲られちゃったけど、まだまだ射程圏内にあるから焦らずじっくりと狙っていくつもり」

 愛果の言葉通り、彼女と争われた王座決定戦を勝ち抜いて戴冠したプリンセス王座だったが、年明け早々のホール大会で行われた赤井七海との二度目の防衛戦で残念ながら負けてしまいタイトルを失っていたのだ。完全に癒えていない負傷箇所を集中的に狙われてしまい、化物じみたパワーが十分に発揮できなかったのが敗因だった。

 「王者にはまだ早すぎた」と厳しい発言も聞かれたが、で王者となれるポテンシャルを持つ選手は祐希以外存在しなかった。彼女がトップ不在の危機的状況だった東都女子をたったひとりで守ったのだ。だがユカや七海など名うての実力者がリングに復帰した今、短期間での王座移動も残念だが仕方のない事であった。

 だが祐希の顔には、ベルトを失ってしまった悔しさは見当たらない。そう、次に機会チャンスが廻ってくれば必ず獲れる絶対的な自信があるからだ。あの王座決定戦までの僅かな期間、そしてプリンセス王者であった数ケ月間が祐希を他の誰よりも成長させたのだ。


「あーバカンス取りたいっ! 海行きたいっ!……そう思うでしょゆーちゃんも?」

「何よ外国人みたいな事言っちゃって。どっちかというと私は部屋でゴロゴロ寝て過ごしたいな」

「マジか?! ホントにあんたって出不精なんだねぇ、最低」

 祐希たちふたりが、近況やプライベートの話をきゃーきゃー騒ぎながら話しているうちに、車は工場や倉庫に挟まれた狭い路地を入り、大型の倉庫のような黒い建物の前で停まった。

「今日の対戦カードだけど、ウチらタッグで当たるみたいよ?」

「ウソ? そーなの? 今日初めて聞いた」

「ちゃんとチェックしなよ、自分の仕事の話なんだから」

 目的地に着いても降りるどころか喧々囂々と喋り続ける彼女たちに、痺れを切らした運転手がとうとう強行介入した。

「……着きましたよ、お客さん方」

 穏やかに聞こえるが静かな怒りを感じる運転手の言葉に、我に返ったふたりはお喋りをぱっと止めようやく席から降り、後部トランクからコスチュームの入ったキャリーバッグを引っ張り出した。

 やれやれと厄介払いが出来たような表情の運転手は、建物の壁面に貼ってある今夜開催される《グロリアスガールズ》の興行ポスターに目をやった。

 そういえばこの場所で時々プロレスをやっているよなぁ――

 有名選手や団体ロゴなどの入ったTシャツを着た、プロレスファンらしき人物を時々ここまで運んでいた事を思いだした彼は、タクシーから離れ建物の中へ入ろうとしていた祐希たちに尋ねた。


「ちょっとお客さん方、女性なのにプロレス観戦だなんて珍しいねぇ。いま流行りの《プ女子》ってやつかい?」

 運転手から突然《プ女子》か?と言われたふたりは面食らい、そして爆笑した。

「《プ女子》か?と聞かれればそうなんだけど、ちょっと違うんだよなぁ。ねぇ?」

 愛果はそういうと祐希の方を向いた。

「そう。《プ女子》は《プ女子》でも私たちは観る方じゃなくてなの」

 くいと顎を少し上げ、背筋を伸ばし胸を張って得意気な表情で、驚く運転手を見つめる祐希。

「こう見えてウチらはプロレスラーなのよ、おじさん――それじゃあアリガトね」


 意気揚々とヒップを左右に振って歩いていく後ろ姿と、ポスターに掲載された彼女らのファイティングポーズを交互に見比べながら、運転手は呆けた面をしたまま建物の中へと消えていくまでしばらくの間、祐希と愛果の後を目で追うのだった。


                                                                          終 

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【女子プロレス小説】小さいだけじゃダメかしら?――ASK HIM! ミッチー・ミツオカ @kazu1972

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