第2話
身に付けているTシャツが歩いているだけで、流れ出る汗でずぶ濡れになってしまう季節に変わった頃、祐希は東都女子に帰ってきた。二日前に彼女の実家へ元川から「戻ってくるように」と電話が入ったのだ。
帰郷している間も、祐希は何もせずただごろごろとしていた訳ではなかった。高校時代の親友たちの協力により、昼間は母校の柔道部で臨時コーチとして後輩たちを指導し、夜は自分の《格闘技者》としての原点である町道場で子供たちを指導していたのだった。ただ口先だけのコーチングではなく、部員や生徒たちと同じようにフィジカルトレーニングから行いしっかり肉体をいじめ抜いてきた結果、休む前よりも身体のラインはよりシャープになり生白かった肌もこんがりと日焼けし、数ヵ月前までは自分のプロレスに悩んでいたとは思えない位、彼女は逞しく変貌していたのだった。
「柔道部の後輩たちと一緒に、毎日グラウンドを走っていたらいつの間にか、真っ黒になっちゃいまして……」
ユカと七海に呼ばれ、東都女子の選手たちが日頃トレーニングをしている選手寮の近くにある、道場の敷居を久しぶりに跨いだ祐希は、更に頑丈に、そして赤銅色に日焼けた腕をふたりに見せにこりと笑った。見れば以前よりも髪を伸ばし、少年のようだったかつての面影は消えてなくなり、元より変わらぬ恵まれた体躯は別として、より女性らしくなっているのが印象的だ。
「うんうん、元気そうで何より。腕は……まさか鈍っちゃいないよね?」
お気に入りの駄菓子を口に咥えたユカが尋ねる。ますます精悍さの増した祐希を間近で見て、一刻も早く彼女と腕試しがしたくて堪らないといった感じだ。祐希も数ヵ月のブランクを経て、自分が今どこまで出来るのか? ユカという最高で最強の相手に、仕上がり具合をチェックしてみたくてうずうずしていた。
「試してみます? 実は不安で不安で仕方なかったんですよ」
「じゃあ決まりね。う~んワクワクするぅ」
ふたりとも質は違えど、互いにいい笑顔をみせ合っている。至って健康的な上下関係に目を細めた七海は、勝手に傍観者を決め込んで手にしたペットボトルの緑茶を口に含んだ。
一旦ロッカールームへ入り練習着に着替え終えた両者は、道場の中央に設置されているリングへと登ると距離を取って向かい合った。柔道場の畳とは違う、鉄骨の上に隙間無く並べられた木板が、足を踏み出す毎にぐっと浮き沈みする不思議な感覚や、リングの表面を覆うキャンバスが、レスリングシューズと摩擦してキュッと鳴る音など、祐希にとっては全てが懐かしく――そして新鮮に感じた。
どちらからともなく一歩前に進んだかと思うと、腕を絡めてがっちりと組み合い祐希を“査定”する為のスパーリングが開始された。誰もいない――いや、リング上で闘うふたりと、一部始終を見届けている傍観者の計三人がいる道場の中は、靴とキャンバスが擦れる音とリングの弾む音、そして激しい呼吸音だけが聞こえるのみだ。
祐希は緊張していたのか、開始序盤はユカによって簡単に背中を奪われる。何度も持ち上げられマットに這いつくばされたが、肝心の
「ゆー、落ち着いて。焦れば焦るほどユカの思うつぼよ!」
何もさせてもらえず頭に血が上りかけた祐希だったが、七海のアドバイスで冷静さを取り戻すと今度は自らが積極的に動き出した。こうなると彼女の圧倒的な体力を前にユカがたじろぐ番だ。幾度とあぶない場面があったが、先輩の意地からか関節技を取られる事は辛うじて避ける事はできた。しかし彼女の圧力の前に次第に技を極めきれなくなり、まるで根元から刈り取るかのような強烈な足払いで、マットに何度も倒され押し潰されるユカ。
胸の奥の闘志は最高潮に達しているが、互い同士は決して激高しラフファイトへ走る事はなく、一定のリズムを刻みながら相手を掴んでは倒し、体勢を変化させながら身体の節々を絞めていく様は一種独特の美しさを醸し出していた。くるくるとリングの上を回転する両者の姿は、互いの尾を喰わんとし環状になる、《ウロボロスの蛇》のイメージがオーバーラップする。
ふたりがこれまで培ってきた、技術と身体能力で描く《格闘芸術》に心奪われていた七海がふと左腕の腕時計を見ると、彼女らがスパーリングを開始してから既に40分を越えようとしていた。
「もう終りにしない? ふたりとも」
練習着のTシャツは水を被ったように汗でずぶ濡れ、呼吸も荒くなってきたふたりは七海の言葉を合図に組み合うのを止めた。熱で顔を上気させ、ロープにもたれ掛かり大きく肩が上下するユカと祐希。
「はぁ……はぁ……。以前より更にレベルアップしてるんじゃないの? もうお姉さん疲れたわよ」
「ふぅ……ユカさんにそう言っていただけると、凄く自信になります」
しばらくして呼吸も落ち着いてきた両者は、リング中央へ移動すると膝を折って正座をし、相手に対し深々と頭を下げる。スパーリングの終了を見届けた七海は、労いの拍手を送りながらリングの中へとあがっていった。
「ユカ、ゆー、お疲れ様。良いものを見せてもらったわよ」
先輩からおほめの言葉をいただき、嬉しさと照れ臭さで祐希の顔にはにかんだ笑顔が浮かぶ――子供のように頬を赤く染めて。
翌日、都内・某市民センター――
祐希にとっては久しぶりの実戦の場。ギャラリーからの歓声や怒号、それに溜息などが入り混じるプロレス会場独特の空気が肌から直接反応し、緊張感と同時に高揚感もふつふつと湧き上がってくる。
彼女は
それまでの明るかったコスチュームカラーを黒に変え、小麦色によく焼けた鋼の肉体・茶色を通り越えて金髪に近いヘアカラーとなった祐希に、まるで初めてみる選手のような視線が四方から突き刺さる。腕を組んだまま相変わらず仏頂面でみつめるマニアたちはともかく、多くの東都女子のファンの記憶からは試合ぶりも見た目も地味だった祐希の存在は薄れており、マイナーチェンジをして突如現れた彼女に皆戸惑いを隠せないでいた。
何さ、あんたの居場所はもう無いんだよ――
カンナは表情と態度で祐希に訴えかけるが、祐希は一向に動じる気配はない。それだけ心身ともに充実した状態だという事だ。時折ちらりと相手の方をみるが過剰に反応せず、ストレッチなどをしてじきに始まる闘いへと備える。
試合開始のゴングが鳴るや、カンナは奇襲攻撃とばかりに顔面狙いのドロップキックを放つ。長い脚から繰り出された蹴りは彼女の思惑通りの場所にヒットし、祐希は鼻血を吹き出して後方へ転倒した。決して反則ではないが、カンナのえげつない攻め方に勝敗以外の、何か別の感情を感じた祐希は、急激に沸き上がる怒りを抑えて体勢を整える。
今度は祐希が打撃技を仕掛けてみる。右へ左へと序盤の定番である肘打ちを繰り出すが、相手は
「キツいなぁ……これは。
観客からは見えない、選手入退場口の裏側でリング上の様子を眺めていた七海が呟いた。後輩たちに対し、意識してなるべく公平に接するよう心掛けているつもりだが、これでは気持ちを新たに再び
「う~ん、合同練習の時にもうちょっとシメとけばよかったかな。何もできなさそうな人畜無害な顔をして、実はえげつない一面を持っているだなんてまるでマンガね、カンナちゃん。でも――」
七海のいる場所から反対側の壁に寄りかかって、同じように試合を覗き見していたユカが残念そうにいう。だが言葉とは裏腹にそれほど恨めしい感情は持っていないようで「これもプロレスのひとつ」だと割り切っている様子だ。
七海がユカの顔をじっと見る。
「相手が試合をする気が無いのなら、自分から勝負を仕掛ければいい。いくら
さぁて、どうする
なにひとついい所の見せられない祐希に、観客から罵声が浴びせられる。いつもなら5分で試合にカタが付いても不満をいう輩が、5分を過ぎても彼女が攻めあぐねている姿に苛立ち始め、口々に文句を垂れるのだった。
「何やってるんだ!」
「あんな相手、さっさとシメちゃえよ!」
わかってるよ、そんな事――そう叫びたい気持ちをぐっと飲み込み、カンナからの攻撃を受け続ける祐希。
幸い最初のドロップキック以外は大した威力も無いので、身体中に攻撃を受け続けるも実はダメージは少ない。ただ相手を
突如全速力でロープの方向へと駆けていくカンナ。自身の必殺技である
しまった!――顔面蒼白となるカンナ。
祐希は相手が仕掛けた技の勢いを利用して、自らが膝を折りそのままカンナの後頭部をパワーボムの要領でマットに激突させた。マットがたわむほどの勢いで頭を叩き付けられたカンナは一瞬意識が飛ぶ。
逃げなきゃ殺される、と本能がけたたましく
瞬時に祐希の巨体がカンナの状態に覆い被さる。休場期間に心身ともに鍛え直し、ますます筋肉の密度が増した祐希の身体は、細身な彼女には到底ひっくり返す事など不可能に近い。全く身動きが取れないカンナの首を抱え込むと祐希は、袈裟固めの体勢をとり彼女の上体を思いっきり反らせた。
「ヘイ、ギブアップ?」
大声でレフェリーが技をきめられているカンナに意思確認をする。両足をばたつかせ必死で脱出しようと試みるが、一度型にはまってしまえば逃げる事などもう無理だった。低い呻き声をあげるカンナの側で祐希はレフェリーに向かって何度も叫ぶ
「この娘に聞いて!」
太い腕で抱えられた頭を強引に胸元へ密着させられ、呼吸が困難であるカンナは顔が真っ赤になる。ロープへ救いを求めたくとも器用に足で片腕を極められ、二重の苦しみの中カンナはこのまま耐えるか、ギブアップして敗けを認めるかの究極の選択を迫られた。
ぱんぱんぱんぱんっ!
空いている方の手で祐希の背中を何度も叩く――
祐希はそんな彼女をみてはっと我に返った。試合中は憎くて憎くて殺してやりたい程だったが涙に暮れているカンナの顔を見た途端、練習生時代共にデビューを夢見て切磋琢磨していたあの頃が頭の中でフラッシュバックしたのだった。
祐希の手が自然とカンナの手を掴んで立ち上がらせる。怒り心頭で不機嫌だった表情も和らぎ、普段の日野祐希へと戻っていたのを確認したカンナは、指で涙を拭い称賛と謝罪の意味を込めた熱い抱擁を交わす。自分のした事を恥じているのかちょっぴりぎこちない彼女の笑顔に、祐希はこれで闘いが終った事を実感した。
「じゃあ――先にいくね。カンナ強いもん、また一緒に闘える日が来るよ」
「うん。絶対あんたの所まで辿り着いてやるから、それまで辞めるなよ」
彼女らが目の前の
控室へ戻る道中に観客たちから、賞賛や激励の言葉を頂いて祐希は朧気ながらも進むべき自分の方向性が見えた。今はまだそれが正解だとは言い難いけれど、そこに突き進んで行ければ間違いなくプロレスラーとしてレベルアップでき、人々の記憶に残る存在になるはずだ――もう祐希に迷いは無い。己に自信が無くただ淡々と闘っていた過去の自分とはオサラバだ。
バックステージへ入ると、彼女の試合を覗き見していたユカと七海が拍手で迎えてくれた。「ゆー、よかったよ!」と直接言葉で伝えてくれたのはもちろんだが何よりも、尊敬する先輩たちが満足気な表情をしているのが、祐希にとって一番の励みになった――
お目当ての選手のグッズを入手しようと、会場である市民センターの一角に設営された狭い物販スペースは多くの人で溢れかえっていた。ちょうどリング調整の為に約10分間の休憩時間が設けられ、各選手たちが販売ブースに立つ
ユカや七海といった格や人気が高い選手の前には、大勢の客が列をつくって並んでいるが第一試合や第二試合で闘ういわゆる《若手選手》たちの前にも、数は少ないが純粋に彼女たちを推している熱狂的なファンが陣取り、グッズ購入と引き換えに「未来のスター候補」たちとのお喋りを楽しんでいる。
若手の域をとうに超え、《中堅》と呼ばれるカテゴリーへと差し掛ろうとしていた祐希だが人気の面では全然だめで、それが証拠に彼女のブースの前には誰ひとりとして並んでいなかった。時折思い出したようにひとりかふたり、人気選手の列に並ぶのを諦めた輩が現れて仕方なくポートレートを購入していくのが精々だった。自分の周りにいる選手たちが次々と用意したグッズを売り捌き、またはその上にサインペンを走らせていく様子を羨ましそうに眺めている祐希の元へ、小学校高学年と思わしき女の子が親御さんであろう男性に連れられてやってきた。
「あの――これ下さい」
そういって女の子は、以前のコスチューム姿が映っている祐希のポートレートを指差した。突然の事で驚くやら嬉しいやらで、どんな表情を作っていいかわからない祐希は素っ頓狂な声をあげて対応した。彼女の厳つい身体に似合わぬ声のトーンに女の子は少し笑った。
「はい、ありがとうございます――サインは欲しいかな?」
「お願いします」
女の子が購入したポートレートに自分のサインを、丁寧にペンで刻みつけていく。サインを書いている間、彼女は無言で熱い眼差しを送り続けるのが気になった祐希は逆に質問をしてみた。
「こう言っちゃ興醒めかも知れないけど――本当に私のサインでいいの?」
「初めてお父さんに連れられてプロレスを観に来たのですが、さっきの試合をみて一発でファンになりました」
「本当? うれしいなぁ。はい、これ」
祐希はサインを書き上げたばかりのポートレートを彼女に手渡すと、少女は何度も目を通し嬉しそうな笑顔を見せる。
「わたし――中学校へあがったら柔道を始めます! 日野選手みたいにわたしも強くなりたいから」
「うん。がんばって!」
そういうと祐希は彼女の小さな手を取り、女性らしい優しさが十分に感じられる握手をする。自分が応援する選手から握手をもらって、小学生の女の子は嬉しさと感動で瞳を潤ませた。
――やった! ちゃんと私にも応援してくれるファンがいるんだ、嬉しいなぁ
父親の手に引かれブースを去っていく、女の子の後ろ姿にいつまでも手を振って見送りながら彼女はしばらく余韻に浸っていた。試合を通じて観ている人に興奮と感動、そして希望を与えられるような存在になる――プロレスラーになる際に思い描いていた夢がいま現実のものとなり、なかなか興奮が覚めやらない祐希の元へ客がひとり、またひとりと増えていきサインを求め行列らしきものを作っていた。彼女のプロレスがやっと周りのファンたちから認められたのだ――
この日祐希が《プロレス開眼》したきっかけを後日販売された、東都女子プロレスの公式パンフレット内のインタビューで語っている。
――あの試合がきっかけでお客さんの、日野選手を見る目が変わりました。
祐希「(笑顔で) はいっ! 長く暗いトンネルの出口がやっと見えた、って感じでしたね」
――それまでも若手らしからぬ《強さ重視》のファイトをしていたのに、お客の反応は薄かったですね。
祐希「ええ、驚くほどに(笑)。実はあの当時と今の闘い方ってあまり変わってないんですよ」
――組んで、投げて、極める……ですよね。じゃあ当時と今との相違点って何でしょうか?
祐希「そうですね――相手の攻撃に耐える時間が以前より長くなった、という所でしょうかね」
――それはよくわかります。
祐希「前は焦り過ぎて、よーいドン!それいけーって感じで周囲を気にする余裕も無かったんですが、ある日先輩から「おまえ身体が頑丈なんだから、もっと技を受けてみたら?」とアドバイスされたんです。そうすれば自分の得意技がより映えるから、って。目からウロコでした、プロレスってたくさん技を出せばいいってものじゃないんだ!って――正直身体はキツイですけど(笑)」
――ホントだ(笑)、身体中アザだらけ。
祐希「この身体の痛みと引き換えにいま、本当の意味でプロレスをエンジョイできていますから仕方ないですね。いまこうしてプロレスについて楽しく話せるのも、偏に私の事を叱り励まし続けてきた先輩や、東都女子の仲間たちのおかげだと思っています――これからもお客さんから呆れられない程度に突っ走りますんで、応援よろしくお願いします!」
祐希の生活は一変した。かつてはあまりにも試合内容が固く、「つまらない」との判断で強制的に休場させられていたのが嘘のように、毎大会彼女の試合が組まれるようになった。自然と出場順も徐々に後の方になり、格の高い選手との対戦が多くなるにつれ、彼女に熱視線を送るファンの目も増えてきている。そんな状況に祐希はやりがいを感じ、自分を応援してくれている人たちを失望させないため、日々の練習にも自然と今まで以上に熱が入る。
「自分のファイトがお客さんたちを
いつだったかユカや七海たちに食事へ連れて行ってもらった時、七海が雑談中に漏らした言葉が頭の中でリフレインする。最初に耳にした時にはまだデビューしたてで、彼女の言葉の意味が全然理解できなかった祐希だったが、今では実体験としてよく分かる。それだけリング内外での経験を重ね、自分のプロレスというものを試行錯誤してきた結果だ。祐希は今、プロレスが楽しくてしょうがなかった――
この日、リングの上で祐希は
道場でのスパーリング等では何度も顔をあわせている両者だが、観客を前にしての 対戦は今回が最初であった。それだけ祐希の番付も上がってきた証拠である。ただし残念ながらシングルマッチではなくユカには七海、祐希には龍咲がパートナーとして付いているタッグマッチではあるが、それでもプロレス人生初めてのユカや七海との試合にしてメインエベントという事で、祐希の顔に映る緊張の色は隠せないでいた。
龍咲と七海との闘いから始まったこの試合、長身同士の両雄が繰り出す多彩な蹴り技やダイナミックな投げ技などで会場を沸かせた後、東都女子ファンが待ちに待った注目のマッチアップが実現した。ほんの数か月前までは絶対に組まれないし期待もされなかったふたりの組み合わせに観客は、本日一番の歓声をリングに向かって送った。
ユカがミニマムな体型を活かしたスピーディーな攻めで、大柄な祐希をテイクダウン、そして各種グラウンド技で彼女のスタミナと戦意を削ごうと試みるが、同じく寝技を得意技とする祐希は技が完全に極まる手前でこれを上手く切り替えし続け、逆に技を仕掛けてユカに悲鳴をあげさせた。
体重が祐希にある分、グラウンドでの攻めでは分が悪いとみたユカは早速、相手と距離を取っての空中技へと方向転換した。彼女のスピードについていけない祐希は何度も死角からの飛び蹴りを喰らい、あるいはヘッドシザースで投げられ翻弄されっぱなしとなった。
「ゆーちゃん、落ち着いて! カッとなったら相手の思う壺よ!」
コーナーに控えている龍咲がアドバイスをする。苛立ちが募り目の前が霞がかってきた祐希は、何とか落ち着きを取り戻し呼吸を整える。そしてロープをリバウンドさせ猛スピードで彼女の元へ駆けてくるユカの身体を捕えると、柔道技である払い腰で円弧を描くように投げマットへ強く叩き付けた。頭を押さえ苦悶の表情を浮かべるユカへ追い討ちを掛けるべきか一瞬考えた祐希だったが、自身のダメージの蓄積を考慮してここは一度引き下がる事を選択した。
攻守は時を追う毎に目まぐるしく入れ替わり、攻め時とみれば4人は入れ替わり立ち替わりにリングへ入り容赦ない攻撃を加えていく。闘いが熱を帯びるにつれ一対一が基本のルールに関わらずふたり同時、あるいは協力しての攻撃が行われ一秒でも早く相手チームを屈服させる事に全力を傾ける。
ノックアウトを狙った七海の鋭い蹴りを、上手く躱してキャッチした龍咲が
この
龍咲の懸命なブロックを掻い潜り、コーナーポスト最上段からユカがニードロップを敢行したのだ。技を解き顔を押さえて悶絶する祐希。その間に痛む脚を引き摺るように這って自軍コーナーへ戻り、七海は改めてユカとタッチをする。レフェリーは目視で選手交代を確認した。
相棒はしばらく動けないだろう、ならば自分が勝負を決めてやる! と意気込むユカは痛む祐希の顔面へエルボーバットを無茶苦茶に叩き入れる。内出血で徐々に腫れていくがそれでも彼女は、怯む事無く必死になって応戦した。両者共一歩も引かない激しい乱打戦を制したのは――キャリアに勝るユカであった。彼女は唸りをあげる祐希の剛腕を紙一重で躱すと背後へ回り胴をホールドする。「スープレックスで投げられる」のを防ぐため条件反射的に、祐希は背後を取り返すがそれはユカが仕掛けた罠であった。自分の胸下に巻かれた太い腕を外し背負い投げの要領で彼女を前方へ投げとばす。手首を掴まれたままキャンバスの上へ背を付けた祐希は、立ち上がろうと後転して体勢を整えようとするが、それを阻止せんとユカはエビの状態となった彼女を、両脚で固定しブリッジをして圧を掛け逃げられなくした。
両手首を掴まれたまま仰向けの身体をくの字に折り曲げられるという、きわめて屈辱的な体勢のなか脱出すべく懸命に藻掻く祐希だったが、思いの外ホールドが強くて逃れられず断腸の思いでスリーカウントを聞く事となってしまう。
――やっぱり……まだまだ遠いのか? ユカさんまでの距離って
龍咲から肩をぽんと叩かれ健闘を労われている中、レフェリーによって腕を高々と掲げられ、四方の観客に勝者である事を誇示するユカと七海を、祐希は恨めしそうな表情で見つめていた。ユカは持参してきた眩しく金色に輝くプリンセス王座のベルトを、無念さで頭を垂らす祐希の目の前へこれ見よがしにかざし「自分が東都女子のトップである」事を無言でアピールした――近い将来、このベルトに
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