第13話 (補論)反物質は本当に消えたのか(ホーキング放射に物申す)

とても重要な論点が抜けていましたので補足させていただきます。

人間あるいはそれを構成する物質がエネルギーに変換されるには、第1話で述べた通り物質と反物質の「対消滅」が必要となる。人間が「存在」するということは「+1」を意味し、それを無(ゼロ)にするためには「-1」が必要なのは道理である。でも「対称性の破れ」により、いまこの宇宙には反物質はほとんど存在しない。このままでは、人間あるいは物質は永遠に無つまりエネルギーに変換されることなく、未来永劫「輪廻転生」し続け、宇宙最後の日に文字通り滅亡する。

ここからは完全に筆者の推論になるが、極楽浄土に行くためにはとても重要な話なので、最後に壮大なる絵空事に今一度お付き合い願いたい。それがヒッグス場(あるいはヒッグス機構)と呼ばれる理論に関する話である。


数年前になるが、スイスのCERN(欧州原子核研究機構)においてヒッグス粒子が発見されたという大ニュースを耳にされた記憶があるであろうか。万物に質量を与えるため「神の粒子」と呼ばれるこの粒子は、ヒッグスという物理学者が1960年代にその存在を予言し、実際にCERNにおける大型粒子加速器を使ってその存在が確認された。これでヒッグスはノーベル物理学賞を受賞している。

ヒッグス粒子と言っても、実際に原子のょうなツブツブがあるわけではなく、物質にまとわりつく水あめのような存在であるので「ヒッグス場」と言われることの方が多い。我々が肉体を持って存在し続けられるのは、このヒッグス場のおかげである。物理学では、質量は「重さ」ではなく「動かしにくさ」を意味する。動かしにくいのは物質にまとわりつく(これを専門用語で「相互作用する」という)ヒッグス場があるからである。我々が動かずじっと座っていられるのもヒッグス場のおかげである。それは無重力ともちょっと異なる。無重力は単に重力がないだけで、無重力状態の中でも実際に物質は存在し、そして力を加えれば動く。でも、ヒッグス粒子がないと、質量そのものがなくなるので、素粒子のすべてが自由に好き勝手に飛び回り始めることになる。こうなると、人の体は言うに及ばず、およそ形ある万物は雲散霧消して消えてしまう。ヒッグス粒子が「神の粒子」と呼ばれる所以である。

これはサッカー場に生えている芝生をイメージすると分かりやすいかもしれない。実際、サッカー場も英語ではフィールド(「場」)と呼ばれる。仮に芝生(ヒッグス場)のないサッカー場があったとすると、蹴られたボールは止まることなく光速で転がってゆく。選手もスルスルと光速で滑るのでプレーにならない。すべすべのスケートリンクでサッカーをしているようなものである。

ところがサッカー場に芝生を植えると、途端にボールは転がりにくくなる。スパイクを履いた選手も走りやすくなる。ボールと選手が芝生によって質量を獲得したからである。そして、この芝生が深くなるほど、ボールも選手もますます動きにくくなる。この芝生が生えている状態を物理学の用語でエネルギーが励起しているという。芝生の一本一本がエネルギーの励起した状態を表していると思えばよい。これがヒッグス場の正体である。万物は、この芝生があるおかげで滑らず姿形を留めていられるのである。


で、これが反物質の存在とどのような関係があるのか。反物質が消えたのではなく隠されているだけではないかと考えるとどうなるか。「対称性の破れ」とは反物質が消えることを意味するのではなく、反物質がその姿を隠すことを意味しているのではないか。物理学の世界では対称性をなす事象が多く存在する。というかほとんどが対称的である。「表」に対する「裏」、「正」に対する「負」、「作用」に対する「反作用」、など数多くの対称性が見られる。仮にヒッグス場に表の顔と裏の顔があり、表側は物質だけと相互作用し、裏側は反物質とだけと相互作用するとすれば、我々の住む宇宙にある物質とちょうど同じだけの数の反物資が裏の世界に隠されているということになる。サッカー場の芝生に、葉が生えている表の面と根っこばかりが生えている地下の面があるように。

実際、CERNの大型粒子加速機による陽子衝突実験で反物質は生成されている。陽子を光速の99.99%まで加速させて衝突させることにより、物質と反物質を対生成させるのである。この反物質は、磁場を使った作り出した容器の中で短時間であるが保存することにも成功している。今の宇宙に満ち溢れていると言われるダークエネルギーの正体がこの隠された反物質である可能性もある。

だとすると、この宇宙に存在する全物質と同量の反物質を準備することも可能となり、人間も、犬畜生も、草木も、路傍の石ころに至るまで、一切の物質を対消滅によりエネルギーに変え、極楽浄土に往生させることも可能になる。仏教ではこれを「大乗」と言う。大乗とは人間だけでなく万物すべてを救済するという意味である。

もちろん、反物質が本当に隠されているのか、あるいはその全量が取り出せるのかも、今の物理学では全く分からない。すべては文字通り「絵空事」であるのかもしれない。


(追記)

かの有名な物理学者スティーブン・ホーキングはブラックホールが物質と反物質の対生成により徐々に蒸発して消えるという予想を残しました。有名な「ホーキング放射」です。ブラックホールの表面では第1話「色即是空、空即是色」で説明した通り、物質と反物質が絶えず対生成・対消滅を起こしており、このうち対生成された反物質の一部がブラックホールの中へと落下し、その片割れである物質が外へと放射されるという説です。ブラックホール内に落ちた反物質はブラックホールの中にある物質と対消滅を起こして消え、エネルギーに変換されるので、ブラックホール自体は超長い時間をかけて徐々に消滅してゆくというわけです。ただ、強大な重力のため光さえ飲み込むと言われているブラックホールからわずかずつでも物質が放射されていると考えるのは大きな矛盾を生じます。

一方、上述のようにヒッグス場に表と裏の顔があり、我々は表の顔だけ見ているとすれば、ブラックホールがどんなに巨大でも全く同量の反物質が裏の世界に隠されていることになります。ブラックホールの中心には質量が無限大になる特異点が存在すると言われていますが、この特異点こそが物質と反物質が出会い合体して対消滅を起こす最後の一点なのです。特異点において裏宇宙(あるいは「並行宇宙」と言ってもよい)から来た反物質と膨大な対消滅が起きているとすれば、ブラックホールは底なし沼のようにどこまでも物質を吸い込み続けることができます。

このことは銀河がなぜ台風のような渦巻の形をしているのか、そして銀河の中心になぜ巨大ブラックホールが存在するのかということと関係します。台風は「気圧の差」により空間に空いた穴に周囲から水蒸気(空気)が吸い込まれることによって発生します。ブラックホールはいわば台風の目に相当し、そこに向かって周囲から物質が落ち込むことにより渦巻銀河が形成されます。台風が「気圧差」によって生じるのと同様に、銀河は「重力差」によって生じていると言ってもよいでしょう。そして、吸い込まれた水蒸気が雨となって落ち「気圧差」が解消されると台風は蒸発するように、吸い込まれた物質が対消滅を起こしてエネルギーに変換され「重力差」が解消されると銀河も消えます。


このお話につきさらに詳しく知りたい方は、拙著「エクストラ。ディメンション(余剰次元)」を参照ください。

ただし、こちらはこの仮説に基づく完全なSF小説です。あっと驚く結末が待ち受けています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る