第4話 「縁起が悪い」の本当の意味

私たちは日常よく「縁起が悪い」という言葉を使っている。一般的には、「不吉」とか「不運」ぐらいの感覚で使われている。例えば、運勢占いを見て「交通事故に注意」と書いてあれば、「縁起が悪い」と言って、神社やお寺に行って「交通安全」のお祓いをしてもらう、あるいはお守り袋を買う人もいるかもしれない。ただ、そんな人でも、心底ではやはり注意しないと事故に遭うかもしれないと思っている。これは「縁起」が本当は運・不運とか吉凶のことではないと分かっているからである。


実際、仏教で言うところの「縁起」とは「因縁生起」の略で、この世で起きる事象(事物と現象)の一切にはそれを生起させる原因があり、定められた法則により「結果」が決まるという意味だと解されている。これを因果律という。そして、現れ出た結果は、次の瞬間には新たな原因となり、さらに因縁が加算されて次の結果へと進んでゆく。この連鎖は、第3話で説いた輪廻転生のサイクルが止まるまで未来永劫続く。

物理学でも全く同じような考え方をする。ある事象の背景には必ずそれを生起させる物理法則があり、その法則に従って結果が決まる。

先の交通事故の例で言えば、何月何日何時何分何秒という「時間」、自動車の「速度」、ハンドルを切った時の「方向」、ブレーキをかけた時のタイヤと地面の「摩擦力」等々、あらゆる物理法則のすべてが重なった時にのみ交通事故は起きる。そのどれかがわずかでもズレていれば事故は回避されていたはずである。


このように考えると、「縁起」とは「運・不運」のことではなく「物理法則」のことであることがよく分かる。そして

この「縁起(物理法則)」をどんどん遡ってゆくと、果ては宇宙の始まりにまで遡ることになる。

今から138億年前、第1話で説明した対生成により宇宙は「無」の状態(物質は存在せずその元となるエネルギーだけが存在する状態)から急激な膨張を起こして生まれた。その時生まれた物質と反物資は「対称性の破れ」により、反物質だけが消え、物質だけが残った。それが、今日あまたある宇宙の星々や私たちの体を構成する源となっている。

まずここが縁起の第一歩である。もし対称性が破れていなかったら物質はすべて反物質と対消滅を起こして消えてしまい、何も残らない空っぽの宇宙になっていたからである。アートマン(我あるいは個体)がブラフマン(梵あるいは宇宙)から分離されたことで、自我が生まれたのである。

でも、同時に物質(自我)の生成こそが煩悩の生成でもあった。第3話で述べた通り、エネルギーが形ある物質に変換されたことで、輪廻のサイクル(つまり「縁起」)が始まった。生れ出た物質は、宇宙が冷えるにつれ凝縮され、やがて星を形成してゆく。重力の法則により、質量のある物は互いに引き合い集まってゆく。途方もない長い時間をかけて恒星が、そして惑星が形成された。そのうちの一つ、地球において今から40億年ほど前に最初の生命が生まれた。この後の話は、地球の歴史が示すとおりである。


このお話を聞くと皆さんはどう思われるであろうか。ああよかった、ビッグバンのおかげで今日この地球があり、そして我々が存在する。もし、ビッグバンがなければ私たちの存在すらない。

でも仏教ではこれとは真逆の思想を取る。「無我の境地」と言う通り、仏教では「無」こそが本来の宇宙のあるべき姿であり、物質あるいは肉体が存在する今の宇宙(これを現世あるいは俗世という)は異常な状態なのである。肉体に執着することで煩悩の連鎖が始まった。

もし、ビッグバンがなかったら、病気も交通事故もない、生も死もない、一切の煩悩もない。「縁起が悪い」とは、こうした世の中を作ってしまった物理法則、その中でもすべてのスタート地点となったビッグバンこそが最大の悪者だと言っているのである。


※このお話に関し、最先端の物理学「量子重力理論」によれば、そもそも「時間」は存在しないのではないかという超風変わりなアイデアが研究されています。仏教も同じで、時間という概念は「原因⇒結果」という因果律の連続事象であり、存在するのは「現世(今この瞬間)」のみだというのがお釈迦様の基本的教えです。これについては、最終話「補論3 「時間」という概念は存在しない」で改めて詳述したいと思います。

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