第14話 (補論2)究極の「無」、ホログラフィー理論
最近の宇宙物理学はさらに進歩して、究極の「無」=「ホログラフィー理論」という超風変わりな理論が生まれ始めています。それを紹介したいと思います。ただし、私はこの道の専門家ではなく、またこの内容も「学術論文」ではありませんので、そのようなモノとしてお読みください。
「ホログラフィー理論」とは、いま宇宙にあるあらゆる物質、我々自身はもちろん我々の周囲にある一切の物質、そして星や銀河に至るまでの一切が実体のないホログラフィーみたいなものだという考え方である。ホログラフィーは、SF映画とかでよく出てくる2次元映像を3次元に投影して、あたかも本当の人間が目の前にいるように見せる技術である。映画に出てくるホログラフィー映像は半透明でキラキラと輝いて見え、実体がないため触ろうとしても触れない空虚なものとして描かれる。しかし、この宇宙物理学で出てくる「ホログラフィー理論」は、今実際に我々の目の前にあり、そして触れることのできる物質も本当はある種のホログラフィーで、実際は何もないと主張する。と言われても、現にあなたは自分の手のひらを見ているし、触れば実体のあるものとして感じることもできる。にわかには信じがたい話である。
では少し長くなるが順序立てて話を進めよう。今、あなたは自身の周囲にある空気の中には何もないと思っている。でも、実際は何もないはずの空気中にもほこりやウイルスがいっぱいいる。さらに言えば、酸素分子や水分子が無数に浮遊している。それが見えないのは、単にあなたの目の解像度が低いからである。もし、電子顕微鏡と同じくらいの高性能のメガネがあれば、あなたの目に見える映像はもっと細かくなり、ないはずのものがいろいろ見えるはずである。
さらに解像度を上げて原子の中まで見えるメガネをかけたとしたら(現実には今の科学技術では原子より小さい物は見えないが)、原子核とその周囲にある電子が見えるはずである(正確には電子の位置は不確定だが)。原子核はとても小さく、仮に原子が野球場ほどの大きさだとしたら、原子核はマウンドの上に置かれた野球ボールほどの大きさになり、電子は米粒より小さい大きさになってしまう。つまり「スカスカ」の状態なのである。よって、その原子が集まってできたあなたの体も実際は超スカスカである。超微視的メガネで見れば、あなたの手のひらは透けて見えるはずである。
実際、「ニュートリノ」と言われる超微細粒子が、いまこの瞬間にも無数にあなたの体を貫いて通過している。でもあなたが何も感じないのは、ほとんどのニュートリノは幽霊のようにあなたの体を素通りしてしまうか、仮にごくまれに原子核に衝突してもほとんど何も感じないからである。
それでもまだ「原子核」という物質的実体があるではないかという反論がありそうだ。よって、さらに解像度を上げて原子核の中を覗いてみると、陽子や中性子という「核子」があり、さらにそれらはクオークと呼ばれる「素粒子」まで分解される。では、この「素粒子」は実体を持つツブツブがあるのかと言われると、現実にそんな微小なレベルの物を見る顕微鏡はないので、本当のところはよくわかっていない。
本文中でも述べた通り、「超ひも理論」によれば、素粒子は実際は目に見えない超微細の「ひも」でできており、そのひもの振動パターンでいろいろな姿かたちに見えているだけだということになる。さらに言えば、この「ひも」には触ることのできる実体はなく、あるのはエネルギーの振動だけである。ようやく、我々の体が実体のない「無」であるという説明までたどりつた。
で、これが「ホログラフィー理論」とどう関係するのかという話だが、我々の体は、2次元から3次元空間(時間を入れれば4次元)に投影されたエネルギーの塊に過ぎないというのが結論である。これを「仏教的」に解釈すると、我々の存在は「無」であり、単にエネルギーが宇宙空間に投影されているにすぎず、「輪廻転生」とはそのエネルギーの投影場所と方法が変わることであり、「極楽浄土」とはそのエネルギーが投影されうるすべての場所(我々が住む現宇宙も、まだ発見されていない別宇宙も含む一切の場所)ということになる。ここまでくると、もうSFも通り超して、壮大なる「絵空事」にしか聞こえないが、実際に宇宙物理学の分野において、物理学者たちが真剣に議論している話である。そして、現実にその証拠となりうる奇妙な現象が量子論の世界でいま明らかにされつつある。それが「量子もつれ(エンタングルメント)」である。
「量子もつれ」は、もつれた粒子(例えば電子)は常に2つの状態が重なり合っていて、どちらか一方の状態が決まれば、瞬時にもう一方の状態も決まるという理論である。例えば、電子のスピン(回転方向)には上向きと下向きの2種類があるが、もつれた状態にある電子はこの2方向の状態を共有しているとされる。実際、量子コンピューターの実験で、量子もつれ状態にした電子Aと電子Bのうち電子Aのスピンが上向きであると決定した瞬間、同時に離れた場所にある電子Bのスピンが下向きに決まったという現象が確認されている。
しかも、特に問題になったのは、この「上向き・下向き」に関する情報はどんなに遠く離れた場所(極端な話、地球上と月面上の距離)でも瞬時に伝わるとされている点である。これは専門用語で「非局所性(離れているという意味)」と言われている。あまりにも不可解な現象であったため、光速がこの世の最高速度であるということを証明したアインシュタインですら大いに悩んだという話は有名である。すなわち、今の物理学では情報は光より速くは伝わらないのが常識であり、これが事実なら彼の「相対性理論」は破たんするからである。
ただ、もつれた電子が「竜巻」のような状態にあるとすれば、別に難しい話ではない。竜巻は上空の冷たい空気と地上の暖かい空気が混じり合うときに起きる。すなわち、上空の冷たい空気は重いので下に沈もうとして下降気流となり、地上付近の暖かい空気は上層気流となる。これらが激しくもつれ合ったのが「竜巻」である。この竜巻を上からのぞいて見て、もし渦巻きが右回り(時計回り)なら、地上から見上げた時渦巻きは左回り(反時計回り)になる。鏡の外と内から同じものを見ると、反対方向に見えるのと同じである。この「左巻き・右巻き」に関する情報は、どんなに竜巻が長くても瞬時に確定する(というか最初から決まっている)ので、光速とは関係のない話である。このように竜巻の回転方向が最初から決まっていて、単にまだ観測されていないだけだと考えるのが「局所実在論」である。
そして、この「非局所性」は、次に述べる「量子テレポーテーション」というさらに不可解な現象へとつながってゆく。「テレポーテーション」とは「隔地間転送」という意味で、SF映画などでよく宇宙船から惑星上に瞬時に人や物を送ったりする技術である。
似たような手段で「ワープ」があるが、これは「テレポーテーション」とは異なる。ワープは、もともとは「ゆがめる」という意味で、空間の方を曲げたり縮めたりすることで、瞬時に遠く離れた場所まで到達する手段である。これに対し、「テレポーテーション」は、空間はそのままで、送る対象物自体を本当に瞬間的に遠く離れた場所に送ってしまうことである。こんなことが本当に可能なのであろうか。
先に述べた「量子もつれ」状態を地球と月の間で作り出せれば、例えば地球上で電子Aのスピンが「上向き」ならば、月面上にある電子Bのスピンは「下向き」になる。先に述べた「局所実在論」に従えば、スピンの向きは最初から決まっているので、距離には関係なく情報が離れた場所に到達したことになる。あらかじめ、決められた同時刻に電子の状態を確認することを決めていれば、通信の必要もなく情報を遠く離れた場所に送ることが可能になる。
ただ、これまでのところ電子サイズより大きな物質で量子テレポーテーションに成功したという事例は報告されていないので、今の科学技術では人間サイズのモノをテレポートさせることはできないと考えられている。ただ、それは単に科学技術のレベルの問題なのか、根源的な物理の限界があるのかは分かっていない。
で、この話がどのようにホログラフィーと関係するのかと言えば、もし「ホログラフィー理論」が正しいとして、およそこの宇宙に存在するすべての原子は実体のないエネルギーだけの存在であり、「量子テレポーテーション」の原理を使って宇宙のどこからか投影されたモノであるという驚くべき結論になる。では、その「宇宙のどこか」というのは、文字通り「そこら中すべて」というのが恐らく答えになるであろう。我々の体を構成している何億兆個という素粒子の一つ一つがそれぞれまったく違う場所にある別の素粒子と対を成している(量子もつれ状態にある)可能性すらある。その素粒子は、あなたのすぐ隣にあるのかもしれないし、遠く離れた月面上や宇宙の果てにあるかもしれない。さらに言えば、余剰次元や並行宇宙など別の世界の素粒子と対を成しているかもしれない。素粒子自体が実体のないエネルギーの塊なら、次元の壁や宇宙の壁すら超えることも理論上はありうる話になる。
「ホログラフィー理論」は、このようにとても魔訶不思議な世界観を与えてくれるのだが、仏教ではこれをどうとらえればよいのであろう。再び原点に立ち返って、仏教の「無」の思想を思い起こすと、般若心経の「色即是空 空即是色(物質はすなわち無であり、無はすなわち物質である)」という一節は、我々の存在がホログラフィーであると言っているように聞こえないだろうか。
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