第3話 僕たちの戦いはこれからだ。その3
半日が過ぎて昼過ぎにやっと最後のジルが崖下に下りてきた。先に下りた三人はたき火の周囲で崖下で待機していた兵士がいれたコーヒーを飲んでいた。
「これだけ時間がかかるんだったらトリアトの町で休ませてくれればよかったのに。こんなところで待機させられても休んだ気にならないよ。もうコーヒーで腹がたぷんたぷんだし」
ライラが愚痴る。
「申し訳ありません。寄り道をせずにまっすぐみなさまをお連れするようにとの王からの命令ですので、どうぞ用意してある馬車にお乗りください」
崖下で待機していたルイスの部下のブラニア副兵団長が生真面目そうに告げる。
「サーバイト団長たちはどうするんですか?」
コーヒーを飲む時間がなかったジルがブラニアに尋ねる。
「昇降機を片づけてからロープを使って下りてきます。追っつけ王都に戻って来るでしょう。待機している我々がここからみなさんを城までお連れする役を仰せつかっております。すでにみなさんを歓待する宴の準備は整っておりますので、どうかお急ぎください」
ブラニアは急かすように四人を馬車に乗せた。
四人を乗せた馬車は一路山道をかけていく。
「いやあ、いったいどんな料理が出てくるんじゃろうな」
「僕なんかコーヒーすら飲めなかったんだから、何でもいいから早く食べたいよ」
ミシウムとジルが進行方向を背に座って語り合ってる。ふとジルが
「テレナ、どうしたの?寝てるの?」と話しかけた。
ジルは正面に座っているテレナが窓に寄り掛かって眉間に皺を寄せてながら目を瞑っているのを気に留めたのだ。
「……殿方は気楽でよろしいですわね」
テレナがボソリと呟やく。
「……どういうこと?」
ジルが問いかける。テレナは目を開けて話しだした。
「なにもかもおかしいと思いませんか?どうして、リストリアの兵団がこんなに早くわたくしたちの元にやってこれたのでしょう?」
「近くで待機していたんじゃないのか?」
テレナの隣で狭い車内で大きな身体をもてあましてるライラが答える。
「何のために?」
「……それは、僕らを援護するためじゃないのかな?」
ジルが自分の考えを話す。
「それは無意味でしょう。魔王ルシフスを倒せるのは勇者の剣を使いこなせる勇者だけなのは伝承されている通りです。そのためにリストリアの王はあなたにルシフスの退治を依頼されたのではありませんか。自前の軍隊でなんとかできるならとっくにそうしているでしょう」
テレナは一息ついてから
「それに団長が『労をねぎらうために迎えに来た』と言ってました。たしかに他の兵士たちは昇降機以外なにも持っていませんでした。銃はおろか剣すらです。戦う意思がないのは明らかでしょう」そう言った。
「じゃったらわしらを迎えにくるためにやってきたのじゃろう。言葉通りじゃないか」
ミシウムが反論する。
「わたくしたちが勝てるとどうしてわかるのですか?実際、戦いはからくも勝ったというのが現状です。わたくしたちが全滅すればルシフスが余勢をかって城を攻撃するかもしれないのに武器を持たない軍隊を迎えのためにこんなところに連れてくるのはおかしいです。城下の防備を固めるとかトリアトの住民を避難させるとか、やることは山のようにあるはずです」
テレナが一気にまくし立てる。
「それにわざわざ迎えをよこさなくてもいずれはわたくしたちが城に参上するのはわかりきってるでしょう。そうしなければ報奨金も手に入らないのですから」
「僕らがお金を受け取らないと思ったのかもしれないよ」
「少なくともわたくしはいただきますわ」
テレナは胸をはって答える。そんなに断言するようなことでもないのに。とジルは思った。
「他にどんなことが怪しいと思うんだ」
ライラがテレナに問いかける。
「宴の準備が整っているという嘘をついていることです。ここから城まで馬車でどんなに飛ばしても半日はかかるはずです。そんなにかかっては料理が冷めるどころか腐りかかってしまいますわ」
「料理はこれから作るんじゃろう。宴の準備というのは飾りつけとかそういうことじゃないのかの」とミシウム。
「でしたらこんなに急ぐ必要はどこにもありませんわ。じっくり準備を整えてる間にわたくしたちはのんびりと疲れを癒してから登城すればいいのですから」
テレナは一歩も引くつもりはないらしい。馬車の中が険悪な雰囲気に染まる。
「あたしもちょっと気になることがあるんだ」ライラが語りだした。「あたしたちの前に最初にサーバイト兵団長が現れたじゃないか。あんな断崖をよじ登って。仮にも兵団の長がそんな真似をするかな。普通なら昇降機を組み立てる兵士たちを先に昇らせてから自分はでき上がった昇降機を使って昇るだろう。いや、自分はわざわざ昇らなくても兵士たちにあたしたちを降ろさせればいいんだ」
「きっと目立ちたがりなんじゃろう。はじめて会った時からナルシストが入っとったじゃないか」
そのミシウムの言葉にテレナが不快な顔をする。はじめてリストリア城で王に謁見した時にルイスと出会ったのだが自分の戦果をさりげなく自慢してきたりと、ことさらにテレナに対してなれなれしい態度を示してきていた。テレナはその時、はじめて虫酸が走るの意味を知ったのだ。
「とにかく、全体的になにか急いているのが気になるのです」テレナは気を取り直して話しだした。「この近くに武器を持たずに軍隊を待機させるのだってかなりのリスクです。まだ魔族が平原をうろついていたのですから。そんな危険を冒してまでわたくしたちを労わなければならない理由とはなんでしょうか?」
「……それでテレナはどうして寝ていたの?」
ジルが最初の疑問に戻した。
「とにかくここから先はなにがあるかわかりません。ですから少しでも休んで体力と魔法力を回復させます」テレナが改めて座席に背を沈める。「単なる杞憂ならそれが一番いいのですから」
「しかし、あまり休息には適した場所ではないぞ、走ってる馬車の中というのは」
ミシウムがガタガタと揺れる馬車の中を見渡しながら言った。
「でしたら起きていらしてもいいでしょう。わたくしたちは休ませていただきますので、あまりうるさくしないでください」
テレナはそう言って目を瞑った。
「わたくしたち?」ジルはその言葉に疑問を持つと、斜め前の座席で窮屈そうに座って寝ているライラを見つけた。「……僕たちも休もうか?」ミシウムに提案した。
馬車は山道と平原を休まず駆け抜けて翌日にはリストリア城にたどり着いた。
「大変お待たせいたしました」
ブラニアが馬車の戸を開けながら言った。眠い目をこすりながら四人は馬車を降りると数カ月ぶりのリストリアの城下を見まわした。
武器屋や道具屋、食べ物を扱う店が所狭しと林立している。教会や宿屋にも人が集まっている。以前よりも活気づいているのは気のせいではないのだろう。魔族が平原に姿を見せなくなり町から町への往来が可能になったのを、もう一般市民ですら気がついているのだ。この平和を自分たちがもたらしたのだと思うと感慨深い。
振り返ると目の前に高くそびえるリストリアの城。魔族からの再三の攻撃にもなんとか耐え抜いた城壁。あちらこちらに雷撃や火炎の攻撃の跡が見える。場所によっては血の痕跡も。“魔族は人間には倒せない”という俗説を信じずに果敢に立ち向かった兵士たちが戦った跡だ。その戦いの渦中に自分たちもいた。彼らを守りきれなかった悔恨の念が改めて押し寄せてくる。
「さあ、お急ぎください」
ブラニアの言葉に現実に引き戻される。そうだ、もう戦いは終わったのだ。これからは平和の時代が続く。城下で買い物をしている人々が笑顔でいる世界を自分たちが作ったのだ。彼らはそのことを知らないが、それは自分たちだけがわかっていればいい。ジルたちは感慨を深くして城門をくぐった。
「メルクトラーゼ・ゼファン」
城内を一列で案内されながらテレナは兵士に聞かれない程度の小声で呪文を唱えている。唱えたその口の端から小さな光の玉がこぼれ落ち、廊下の端の壁にくっつく。廊下を曲がるたびに呪文を唱える。
「いったいなにしてるんだ?」
兵士から彼女を隠すようにテレナの後ろに立って歩いているライラが同じく小声で尋ねる。
「印をつけてます」
「印?」
テレナの短い答えの意味がわからず聞き直す。
「万が一、ここから逃げ出さなくてはいけないとなった時の道しるべです」
「あんな小さな玉でわかるのか?」
テレナがコクリとうなずく。
「ごらんなさい」
テレナの言葉に従ってライラは先の廊下の端を見る。そこにはまだつけてないはずの光の玉がしっかりとついていた。
「どうやら同じところを回っているようですね」とテレナ。
「何のために?」
「おそらく城の中を覚えさせないためでしょう。覚えられては都合が悪いことがあるのかもしれませんね」
「でもそれだったらこの印も意味がないんじゃ……」
テレナが軽く笑う。
「ご心配なく。つけた印を元に最短距離を算出できますから。逃げ出す機会さえあれば問題ありません」
「なにを話していらっしゃるのですか?」
ライラの後ろを歩いていた兵士が聞いてきた。さすがにボソボソと話している声が気になったのだろう。
「なんでもないよ。腹が減ったんで早くつかないかなって言ってたんだ」
ライラがごまかす。
「そうでしたか、もうしばらくの辛抱ですから」
兵士はつまらなさそうに受けた。
城の中の大広間ではたしかに宴の準備が整っていた。だが、まだ料理何ひとつ並んでいない。
「まあ、当然だよね」
ライラがため息をひとつ吐く。
特大のテーブルにはその大きさに見合ったクロスがかかっている。その中央には花を生けてる花瓶が鎮座ましてる。その花の名前を席に着いたジルたちは誰も知らない。
「大変申し訳ありません。国王陛下にあらせられましては連日の政務の疲れがたたったようでお風邪を召してしまわれたご様子。そのために今回の会食はご遠慮したいと申し入れがありました。いや、ご安心ください。二、三日すればよくなられるでしょう。ですから、みなさまはこれから心ゆくまでお食事を楽しまれますようにとのことです」
部屋で待機していた執事からの言葉に一同は表に出さないようにホッとした。今までは食事は質素だが仲間うちだけで遠慮のない食事をした身としては国王との会食などは肩が凝るだけでしかない。
そのうち、給仕やメイドが食事を運んできた。
「他の大臣たちはどうされているのですか?」
テレナの質問に執事が
「大臣たちも今は政務に明け暮れております。平和になればなったでやることは多々あるものなのでしょう。わたくしなどにはわかりかねますが」
と慇懃無礼に答えた。
テーブルの上には肉料理をメインに魚や野菜、果物など今まで見たこともないような料理が所狭しと並べられていく。一同は戦渦にあった国によくもこんなに食料がそろえられたものだと感心する。
「さあ、お待たせしました。どうぞご遠慮なくお食事をお楽しみください」
執事の言葉を待つ間もなくジルとミシウムが中央の骨つきの肉と果物をわしづかみにした。
「みなさん、もう少し礼儀というものをわきまえてください。それに……料理になにが入っているかわかったものではないのですから。ねえ、ライラさん」
男たちの醜態を諫めたテレナが小声で隣に座っているライラに目をやる。そのライラは左手に骨つき肉を三本、右手には煮魚を刺したフォークを掴んでいた。
ライラと目が合ったテレナはただ黙っていた。
「おい!お前ら取りすぎだ。もう少し遠慮ってものを覚えろよ。テレナだってそう言ってるだろ」
テレナから目を離したライラが食料を胃袋に放り込んでいる少年と老人に向かって怒鳴る。
「お前さんの方が取りすぎてるじゃろうが!そんなに肉ばかり食べてるとまた重くなるぞ」
ミシウムが料理を含んだ口で叫ぶ。
「やかましい。……おい、じじい。お前は酒は禁止だと言っただろう。なに飲んでんだ!」
「少しぐらいいいじゃないか。今日は無礼講じゃ」
「お前が飲んで暴れたら誰が止めると思ってるんだ。……おいジル!お前なに黙々と食ってるんだ。お前もなにか言えよ」
ライラに言われたジルが言う。
「ライラもお肉ばかりじゃなくて野菜をとった方がいいよ。……あ、そのパン取って」
「そんなこと言ってんじゃねえよ!パンぐらい自分で取れ!……このパンうまいや」
一同の惨状をジッと見ていたテレナがため息ひとつついて片手をあげた。
「申し訳ありません。こちらの食器を片づけていただけないでしょうか」
傍らに立っていた給仕にフォークとナイフと皿を指して告げた。給仕が片づけはじめると執事が
「お召し上がりにならないのですか?ファム」と尋ねた。
テレナは「いいえ」と答えた。
「この方々とお食事をするのに邪魔なだけですわ」
そう言いながらカフスを外し、袖口をゆっくりとまくり上げた。
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