第二章 召喚竜《ドラゴン》は仲間《パーティー》には含みません。
第7話 召喚竜《ドラゴン》は仲間《パーティー》には含みません。その1
「いない?来ていないと言うのか?」
ターラントの奥、港付近にある宿屋の主人からの報告を受けて、思わずブラニアは問い詰めた。深夜の強行軍でターラントまでやってきてまっ先にこの宿の扉を叩いて起こしたありさまがこれだ。
「嘘をつくなよ。もし匿っているのがわかったら、お前も同罪だからな」
だが宿屋の主人は、そのひ弱そうな外見とは裏腹に
「どのような罪になるかは知りませんが、いないお客様をいると嘘をつくわけにはまいりませんな」と強気の態度を崩さない。兵団の突然の訪問に腹を立てているのは間違いない。「今日のお客様は三組。皆様、昼間のうちにお部屋に入られております。軍人さんがおっしゃってる、夜中に来られた男女二人ずつのお客様など一組もいらっしゃいません」
そう宿泊客リストを示しながら説明する。
「家探しをさせてもらうぞ」
ブラニアも引くに引けない。ここで見失ってはどんな失点になるかわからない。下手をすればまたたく間に処刑された大臣たちと同じ運命になりかねない。彼らのような無能者はそれでもいいが、自分がそれらと同じ無能だと思われるのはブラニアには堪えられない。
「どうぞ、御随意に。しかし、差し出がましい口をたたくようですが、このようなところで時間を浪費してもよろしいのでしょうか。誰を追っていらっしゃるか存じませんがこのままだとますます遠くに逃げられてしまうのではありませんか」
主人の慇懃無礼な態度がなおいっそう腹立たしい。この主人に限らず民衆の兵団に対する態度はこの一年の間にまたたくまに変わってしまった。魔王ルシフスが率いる魔族に為す術もなく翻弄されたのがすでに知れ渡っているのだろう。なるほど、そうすると救国の英雄はやはり我ら兵団にとってもあだなす敵だと考えてもいいのかもしれない。
部下の中から三名を引き抜きそれぞれの部屋を当たらせる。念のために以前から泊まっているとされてる部屋もチェックさせる。こっそりと入れ替わっていないとも限らないからだ。
「いいか。反抗的な奴、不審な人物などがいれば遠慮なく引っ立てろ。勇者たちと関係がなくとも構わん。奴らに兵団の力を思い知らせてやるのだ」
部下たちはブラニアの命令に態度こそ従順なものの心中では舌を出す。そんなことをすればなおいっそう民衆の心は兵団や王政府から離れていくだろうに。
宿を出たブラニアの顔に陽の光があたる。魔王が滅びてから丸一日が経ったのか。奴が現れてからまともに眠ったのはいったい何日あっただろう。倒れたあとですらまだ眠ることができない。早く楽になりたいものだ。
ターラントの町の周囲を調査していた部下から報告が入る。リストリアの森から流れている川の一キロメートルほど手前に小舟がつなぎ止められているらしい。おそらく勇者たちが乗り捨てていったものだと思われる。
「それで奴らの痕跡は見つかったのか」
ブラニアの問いかけに部下の報告は芳しくない。足跡が複数見つかっているのだが方角がてんでんばらばらでいったいどこに向かっているのか見当がつかない。子細に調べればわかるかもしれないがと付け足した。
「それでは逃げられてしまうわ!」睡眠不足と腹立たしい出来事の連続が部下に怒声という形で腹立ちまぎれにぶつけてしまう。とにかく周囲を徹底的に探し回れと命令する。「追っつけ団長が主力を引き連れてくる。そうすれば奴らを包囲するのも時間の問題だ。さあ、早くしろ!団長が来るまでになんの成果もないとなればどんな叱責がくるかわかったものではないぞ」
そう言って鼓舞しようとする。だが、上半身の完璧な敬礼とは裏腹に足元が緩んでいる。その姿を見て心中で憤慨するが態度には出さない。
「なめきっていやがる。まったく、どいつもこいつも」
集めた木々と枯れ草に向かってテレナが人指し指を突き出す。
「
空中の熱が指の先に集まって来るため一瞬、周囲の空気がひんやりとして来る。集まった熱が引火点に達し枯れ草に火をつける。ぶすぶすと音を立てて枯れ草をいぶす。やがて火勢が強まり周囲に熱が戻ってきて、その暖かさにみんなが安堵する。
「この場所でしたら煙が高く昇るのを邪魔してくれるでしょう」
大きなケヤキの枝葉が立ち上る煙をかき消してくれるのを期待してここに暖をとることを決めた。今までは火勢の強いたき火をすることで魔族を近づかせないようにしていた。しかし、今は自分たちの存在を極力隠さなくてはいけないためこうやって煙が高く立ち上らないように注意を払わなくてはいけなくなってしまった。
さきほど四人が歩いてきたターラントの町の方角から人間と大差ない身体のサイズの召喚竜がふわふわと低空飛行で飛んできた。その八本の足にはみんなの靴が履かされていた。
「お帰りなさい。頑張ってくれましたね」
テレナが竜の労をねぎらう。兵団が自分たちの足跡を発見するのは時間の問題だからと少しでも時を稼ぐためにダミーの足跡を召喚竜につけるように命令していたのだ。
「本当にいろんなことができるんだな。……そうだ!こいつに乗って隠れ里までひとっ飛びすればいいんじゃないか?」
ライラが妙案を考えたとばかりに声を上げた。
「そんなにこの子に負担をかけられませんわ。わたくしたちのことはわたくしたち自身で解決しなくては」
「この召喚竜は僕たちの仲間じゃないの?」
ジルが首をかしげる。テレナが仲間になって竜を召喚する魔法を導師ギリアから教わってから再三再四助けられてきた。最後には魔王ルシフスを倒すために多大な力を発揮してくれた。自分たちにとってこの召喚竜はもう仲間以外なにものでもなかった。
「召喚竜は助け手であって仲間とはいえませんわ。さて、とりあえず少しでも眠りましょう。もう日が昇ってきてますけど」
「やった!やっと眠れるぜ。馬車の中で少し眠ったくらいだもんな」
ライラが地面にゴロリと横になって手足を伸ばす。
「待って、今日も誰か見張りに立ってもらうの?」
ジルが一同に問いかける。
「そうですわね。これからは今まで以上に警戒を怠らないようにしないといけませんわね。ではジャンケンで決めましょうか」
テレナの提案にライラが
「じいさんでいいじゃねえか。ベッドで散々眠ったんだから」
と横になったままミシウムを指さす。
「そんな殺生なことがあるか。ジャンケンじゃジャンケン」
「いいえ、たしかにこの中で今晩ぐっすり眠ったのはミシウムさんだけですものね。では、わたくしたちが起きるまで見張りに立っていただきましょうか」
テレナがライラの提案に賛同する。ジルも
「……そうしてくれると助かる」
と控えめに賛成する。
「おぬしらには敬老精神というものが欠けとる。最近の若い者は……」
「若者論はいいからしっかり頼むぜ。おやすみ」
ライラはミシウムの言葉を遮るとそのまま高いびきをかいた。その後に続いてジルの寝息も聞こえてきた。
「……のう、テレナ。まだ起きとるか」
小声で隣で横になっているテレナにミシウムが語りかける。
「起きてますが、……申し訳ありませんがお役にはたてませんわ。わたくしが操を捧げる方はただ一人と決めておりますから。それはあなたもよくご存じでしょう」
テレナの一方的な決めつけに
「いや、そういうことを言っとるんじゃなくて……。いや、その話でもあるんじゃが」ミシウムが考えをまとめている間にテレナからも寝息が聞こえてきた。みんな、疲れているのだろう。とさすがのミシウムも理解している。「……今日くらいはやめておくかの」
自身の胸元に手をそっと当てるとそれを外して、膝を抱えてたき火を見つめはじめた。
「それで結局、この時間まで見つけられなかったというわけか」
ブラニアの報告を聞いたルイスが穏やかな口調で返す。だが、目は刺すように見つめている。その目を見るとさしもの大男も冷や汗を背中にかいてしまう。昼前にリストリア城に残っていた千人近い人数の兵士を引き連れてターラントに到着したルイスへしどろもどろになりながらも弁明する。
「申し訳ございません。ただ弁解をさせていただくなら元々兵団は警察機構のような調査は向いておりません。そのうえ払暁での作戦は人数も限られておりますし広い範囲での捜索は難しいものと……」
「それはわかっておる。怒っているわけではないのだからいちいち言い訳をする必要はない。とにかく私が引き連れた隊も使って引き続きこの辺り一帯を捜索したまえ」
その言葉にホッと胸をなで下ろしながら
「まだ探すおつもりですか?」
と尋ねる。心中では「もうやめませんか」と続けて口をついて出そうになる。
「まだ作戦は終了してはおらんぞ。陛下のご命令は勇者の処刑だ。このまま取り逃がしたとあってはどのような処罰がくだるかわかったものではない。それはわかるな」
ルイスの言葉の意味はブラニアにも理解できる。たしかに自分も勇者憎しという感情も英雄には当然の称賛が与えられるべきだとの矛盾した思いがある。今は前者の思いが強いが時間が経てば後者の思いが強まっていく。だが、そうなれば処刑台に昇るのは自分になってしまうかもしれない以上やめるわけにはいかない。
ブラニアは敬礼をしてルイスが連れてきた隊を引き継いで捜索を再開するべくターラントの町を出て行く。
ルイスはターラントの中でもっとも高い場所に建ってる教会に向かって歩きだした。教会のある土地に立ちリストリアの方角を眺める。あれからリストリアからの報告がない。いったいどこで止まっているのか、あの男が故意に隠匿しているのか。だが、今まではきちんと協力してくれていた。今回に限り非協力的になるとは思えない。……いや、今回だからこそ非協力的になっても当然かもしれない。なにしろ奴は彼らの仲間なのだから。
「やはり地図の上には書かれていないのですね。ジル」
「当たり前だよテレナ。地図に書かれている“隠れ里”なんて聞いたことないよ」
「そもそも“隠れ里”自体聞いたことないわい。のうライラ」
「じいさんは喋んなくていいよ。どうでもいいけど早くどこにあるか教えてくれよ」
四人は地図を広げてこれからの対策を立てている。最終的にはジルの故郷であるマーゴッドの村に行くことは決まっている。だが、そこへ行くためのルートはまだなにも決まっていない。
「ライラのいたダットンの村から、そんなに離れているわけじゃないよ。知ってるかな、“遠吠えの山”って」
ジルがライラに尋ねる。
「……ああ知ってる、知ってる。……え?あそこに隠れ里があるのか?あんなところ人が住めるのか?」
「……現実に住んでるんだけどね」
「その山はどこにあるんですの?」
テレナが地図をジルに差しだす。ジルは大陸の西の端を指さす。
「この山を降りて十キロほど歩いたところにダットンの村があるんだ。本当にマーゴッドの村のことは知らなかったの?」
ライラに再度問いかける。ライラが首をかしげながら
「だってあんな断崖だらけの山に人が住めるなんて思ったことないよ。どうやって住んでるんだ?村には何人くらいいるんだ?」
と尋ね返してきた。
「二百人くらいの本当に小さな村だよ。行ってみたらビックリするよ。この一年、旅していてもうちの村のようなところはひとつもなくてかえって驚いたよ」
「今いるところとちょうど反対ですわね。と、なるとリストリアを突っ切らないといけないんですね」地図と首っ引きで格闘していたテレナがうなる。「そうなると警護が手薄になっているはずの今がいい機会かもしれませんね」
「手薄って言ってもいくらなんでもまったく空っぽになっているってことはないじゃろう」
ミシウムが反論する。
「それはそうでしょうけど、わたくしたちを追っている兵士たちが戻ったらそれこそリストリア越えは不可能だと思いますわ」
テレナがそう言いながら立ち上がる。
「もう行くのか?」
ライラも立ち上がる。
「善は急げと言います。後のことはリストリアを抜けてから考えましょう」
そう言いながら座っている残りの二人を促す。
「どうするの?川を上っていく?」
ジルが立ち上がりながら問いかける。
「そうですわね。川沿いを歩いていくと目立ってしまうでしょうから遠回りですが北側から森に入りましょう。そして森に隠れながら西側に抜けていきます」
地図を見せながら説明する。
「うまくいくかの?」
「このままここでまごまごしていたらすぐに見つかってしまうでしょう。雑な計画なのは認めますがこの際は拙くても迅速な行動が重要です」
テレナが小さな胸をはる。間髪入れずにライラが賛意を示す。
「大人数で行動するわけじゃないんだから隠れていけば見つかることはないだろう。とにかくさっさと行こうぜ」
ライラの言葉にテレナがふと歩みを止める。
「どうしたの?」
テレナにぶつかりかけたジルが彼女の顔を見つめながら問いかける。
「……舌の根の乾かないうちにこのようなことを言うのは気が引けるのですが」
三人が一斉に首をかしげる。
「いやあ、やっぱ快適じゃないか!」
「本当に今回だけですからね。いつも召喚すると思わないでくださいね。ライラさん」
「わかってるって」
テレナが召喚した竜が四人を乗せてリストリアの森めがけて地面すれすれを猛スピードで飛んでいる。
「気持ちはわかるよ、テレナ。たしかにあれだけの睡眠じゃ疲れなんてたいして取れるわけないよ。僕らだってそうだもの」
ジルが気落ちしてるテレナを励ます。
「本当にごめんなさい。あなただって疲れていますのにね」
テレナは竜の首筋をそっと撫でて謝る。いざ、リストリアに向かって歩こうとしたときにテレナは自分のひざ頭がガクガクと震えて立っているのも難しいことに気がついた。これでは歩くことも覚束ない。迅速な行動が重要だと言ったばかりなのに。
そこで恥を忍んで、明け方に言った「召喚竜を移動に使わない」という言葉を引っ込めることにした。背に腹はかえられない。
「ところでミシウムさんはどうしてるの?全然声が聞こえないけど」
テレナの後ろに座っているジルが後ろに座っているライラに声をかけた。
「あたしが抱きかかえてるよ。じいさん気絶してやがんだ」
「えっ!なんで?」
ジルはライラに抱きかかえられてるなんて羨ましいと思いはしたが口に出すのは留めた。
「知らねえよ。暗闇で川下りする方がよっぽど怖いと思うんだけどな。わかんねえ、じいさんだよ」
ジルが振り返ると、ライラが左腕でミシウムを支え、右手で尾びれを両足で胴を掴みながらニコニコして語りかけてきた。そんな姿勢で快適だなんてライラってすごいな。と感心した。
「もうすぐ森に着きますわ。ここからは竜で飛ぶのは無理です。なんとしてでも歩きますわよ」
テレナが気合を込めた口調で後ろの三人(一人は聞こえていないが……)に鼓舞するように叫んだ。というより自分自身に向けて言ったのだろう。
「ほう……。テレクリナサージ・バル・ドラゴリウム」
リストリア城の地下牢に入っているフードの男が竜を召喚する呪文を小声で唱えた。すると男の右の手のひらから小さな竜が頭だけを覗かせた。「キーッ」と男にだけ聞こえるような声で鳴くと男はコクリとうなずいて竜の頭を左手で軽く押さえつけて引っ込ませた。
そして、やおら立ち上がり鉄格子に近づいて傍にいた看守に語りかけた。
「失礼だが、サーバイト兵団長に伝言を頼みたい」
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