第5話 僕たちの戦いはこれからだ。その5
「どういうことなの?なにがあったのさ」
胸あてをつけた背中に勇者の剣を鞘ごと背負いながらジルがライラに問いかける。ライラは爆睡しているミシウムを叩き起こすことに全力をあげている真っ最中で彼の問いかけが耳に入ってないようだ。
すると部屋のドアが再度開いてテレナが入ってきた。
「やっぱりこの部屋にも別の訪問客が見えましたわ」
「訪問客?」
ジルがテレナの言葉に疑問を挟むとミシウムを揺さぶっていたライラが
「やっぱりな。……で、そいつはどうした?」
ジルを放ってテレナに話しかけた。
「とりあえず眠っていただきましたわ。それとこれを……」
差しだしたテレナの手には注射器と小さなガラス瓶が二つ乗っていた。
「なにそれ?」
ジルの言葉にライラが
「さあ、なんの薬かを確かめる勇気はあたしにはないね」
そう言いながら自分の懐から同じ形の注射器とガラス瓶を取り出した。
「先ほどわたくしたちの部屋に侵入してきた族が持っていたものです」
テレナが補足する。
「……族?侵入?」
なにを言っているのかさっぱりわからない。テレナが説明を続ける。
「部屋の鍵を開ける音ですぐに目が覚めました。それからは音もなく一人の男性が入ってきて、何かをしようと部屋の隅でゴソゴソと動いていたので、ライラさんが……」
「掛け布団を頭から被せて締め上げたんだ」ライラが後を続ける。「すぐに気絶しちまったから何をやろうとしてたんだか聞くことはできなかったんで身ぐるみを引っ剥がして荷物調べたらこいつが出てきた」
注射器と瓶を掲げる。
「それってもしかして……」
ジルの言葉を遮るように
「ええ、男の方が女性の寝ている部屋に入ろうとしたのですから夜這いが目的ではないかと疑いました。この薬はさらに深く眠らせてことにおよぼうとするためのものではないかと……」
テレナの説明を聞いてジルは内心、胸をなで下ろした。もう少し早くライラたちの部屋に行ったらもしかしたら自分がライラに締め上げられてしまったかもしれない。
「それで念のためにこちらに伺って同じような族が薬を持って入り込んでいないかと思ってやって参りました」
「鍵がかかっていなかったから、もう侵入された後だったんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ。……でもなんでドアの前にジルがいたんだ?」
「いや、ちょっと飲み過ぎちゃってお手洗いに行こうかなって……」
ライラの問いかけにジルは慌てて取り繕う。
「ライラさんがそのままこの部屋に入っていったので、目的はわたくしたちだけだったのかと思ったのですが……」
「今ごろになってノコノコやってきてテレナにのされた……っというわけ」
「“のされた”なんて人聞きの悪い。……眠っていただいたともうしたではありませんか。……もちろんこちらに伺ったお客さまも殿方に良からぬことをする目的だったのかもわかりませんが、どちらにしてもこのようなところではおちおち眠っていられません」
「だから、ゆっくり眠れる城下町の宿屋へでも行こうかって話しになったんだ」
二人の説明である程度のことは理解できた。実際の侵入者の目的は不明だが、それは陽が昇ってから改めて兵団に調べてもらえばいい。
そうジルが言うと、テレナが首を振る。
「兵団がそこまで信用できるとは思えません。最悪を考えればこの入り込んだ男の方たちはサーバイト兵団長の命令で動いたのかもしれないのですから」
今朝からテレナの兵団への不信感は時間が経つごとに深くなっている気がするな。とジルは思った。元々、テレナはルイスにいい印象を持っていなかったがそれを差し引いても度が過ぎてると感じていた。
「どうしてそう思うの?」
ジルの疑問にテレナは
「この城の中でまったく関係のない人間が自由に出入りできるはずはありません。だからこの侵入者は元々、城内の方でしょう。わたくしはお顔を拝見しても覚えてはいませんでしたが。それに先ほどから城内が妙に騒がしいのも気がかりです」
「それは侵入者がいたからじゃないのかな?」
「それでしたらまず、わたくしたちの安否を確認するのではありませんか?それをしないでコソコソと動いている様子なのが気に入りません」
ドアを開けようとした時に外が騒がしいと感じたのは何かの間違いなんかじゃなかったのか。ジルはやっと薄ら寒い気配を感じた。
「なあ、このじいさん全然起きないんだけど、どうする?」
先ほどからミシウムを叩き起こそうと手を尽くしていたライラが音を上げた。
「鼻と口をふさいだらよろしいですわ」
テレナが簡潔に指示を出す。ライラが嬉々として指示通りに両手でミシウムの鼻と口をふさぎにかかる。一瞬後、うめき声と共にミシウムが目を覚ます。
「おお、一発で目が覚めた。最初からこうすればよかったな」
ニコニコ笑っているライラの手の下でミシウムがジタバタともがいている。
「早く手を離さないと死んじゃうよ」
ジルがライラの手を掴んで離そうとする。
「お、わりいわりい」
と悪びれずに手を離す。
「……ぐあぁ。死ぬかと思った。いったいなにごとじゃい」
ミシウムが息も切れぎれに問いかける。
「申し訳ありませんが今はもう説明する時間がありません。とにかく急いで服を着てください。ここから逃げ出しますわ」とテレナがドアを開けながら言った。
部屋の前でテレナが召喚呪文を唱えだした。
「テレクリナサージ・バル・ドラゴリウム。出でよ。
テレナの目の前の空間が歪曲しだす。みるみるうちに黒い固まりが出現し、どんどん大きくなっていく。
「ちょっと待って。こんなところで召喚竜を出したら城が壊れちゃうよ」
ジルが止める間もなく黒い固まりの奥から小さな稲光が光ったかと思うとゴロゴロという音と共に竜がその姿を現した。ただしテレナの片腕と同じくらいの大きさの小さな竜だ。
「あれ?」
「こんなところで普通の大きさの竜を召喚するほど非常識ではありませんわ」心外とばかりにテレナが言った。「『ゼファンの光』のありかはわかりますね。わたくしたちを最短距離でこの城から脱出させてください」と小さな召喚竜に指示を出す。
竜はキーッと体に合わせた小さな声を上げてゆるゆると飛びはじめた。
「さあ、急ぎましょう」
テレナが竜に続く。次いでライラが。ジルとミシウムが目をあわせてどちらともなしにため息をついた。どうも自分たちは女性に振り回されるね。と思いながら走り出した。
「それで彼らはどうした?」
ブラニアからの報告を聞いたルイスが問い返した。暗殺などという手段が彼らに効くとは思っていなかったので驚くことはなかった。
「今も逃走中です。ただ偵察をしている部下からの報告では、迷うことなくまっすぐに正門に向かっているとのことです」
ブラニアの言葉に思い当たる節があるのかルイスは廊下の隅を見渡しやがて小さな光の玉を見つける。
「今、政務はどうなっているのだ?」
ルイスの問いかけにブラニアが
「各大臣の席が空いたまま官吏が職務を行っております。上がいなくとも何とかなるものですな」と答える。
「ふむ……」少しの間、考えてやがて指示を出した。「暗殺は中止だ。侵入した族として討伐に切り換えろ。彼らを生かして城内から出してはならん。なんとしても捕らえるか殺すかしろ。城下にも伝令を出せ。『城内に族が侵入した。現在討伐に尽力しているが城下への逃亡の恐れもある。民間人は夜間の外出を禁じる』と」
ブラニアが敬礼で答えると本隊を急いで正門に配備しろ、別動隊に彼らを追い込ませろ。と部下に命令した。
「閣下はいかがなされますか」
ブラニアがルイスに問いかける。
「私は……少し調べることがある」
そう言って地階への階段を降りていった。そこは地下牢しかないはずだが……。ああ、あの男のところに向かったのか。ブラニアはそう思いながら本隊と合流すべく正門へと向かった。
城内の間取りが正確にわかっていないので自分たちが今どこにいて、どこに向かっているのかさっぱりわからない。テレナは召喚竜の道案内に絶対の自信を持っているみたいだし、ライラはそんなテレナを信頼している。自分も今までの戦いを通してテレナへの信頼は高いつもりだが、それにしても……。とジルは走りながら考えていた。
似たような石畳の廊下に似たような鎧や石像が似たような配置で並んでいる。部屋の扉も個性のない形のものばかりで、それがいっそう不安をあおる。
「……本当にわしらの身に危険があるのか?……ヒイ……ヒイ、誰も追ってこないぞ」
走りながら息を切らしているミシウムが先頭のテレナへ問いかける。
「ここまで誰にも出会わないことの方がおかしいのではありませんか」
たしかに本来ならあちこちに配備されていなくてはいけないはずの兵士が誰もいない。それでいながらどこかで誰かに見られているようなそんな変な感じがするとジルは思った。単なる気のせいならばいいのだけど。
その時、テレナの足が止まり、次いでライラがジルとミシウムがそれぞれライラにぶつかる。
「どうしたの?」
鼻を押さえながらテレナに聞く。
「……うっかりしてましたわ。あの子は空を飛んでいるんでした」
彼らが出たのは城下の森が見渡せるバルコニーだった。その先には悠々と城外へ向かって飛ぶ小さな召喚竜の姿があった。
「空を飛んでるあの子にすればここから外に出るのがもっとも近道でしたのね。……ジル、あなた魔法力はだいぶ回復されましたか?」
少し考えてテレナが問いかけた。
「うん、大丈夫。一人くらいなら抱えて空中浮遊で下までおりることができるよ」
バルコニーから下を見ながらジルが答える。彼女がなにを求めているかはすぐにわかった。ここから別ルートで階下に降りるよりもこのまま空中浮遊の魔法で飛び下りて森を突き抜けた方がたしかに早そうだ。
「わたくしもなんとかいけると思います。それでは、ジルはミシウムさんを抱えて降りてください。わたくしはライラさんを……」
「ええ!男に抱えられるのはいやじゃ」
テレナの言葉を遮ってミシウムが主張する。駄々をこねるミシウムには今まで散々手を焼かされてきた。ここで議論する時間もない。
「仕方ありませんわ。ではわたくしがミシウムさんを。ジルはライラさんを運んでください」
そう言うが早いかテレナはミシウムの手を引っぱって抱き寄せた。
「行きますわよ」
そう言ってバルコニーの桟に身を乗り出して二人そろって飛び出した。
「フーリアン!」
空中で呪文を唱えると光の玉が彼女たちの身体を包みこんでゆっくりと降りていく。
「おほっ!やわらかくて気持ちいいのぉ。ムフフ」
「……いっそ奈落の底に叩き落としたい気分ですわ。お尻を触らない!」
テレナはミシウムの言葉にいらだちを隠そうともしない。しかし、叩き落とすことなく森の中に降りていった。
「……ライラ、僕たちも行くよ」
「心得た」
そう言ってライラはジルの背中につかまる。
「……ねえ、胸を僕の頭の上に乗っけるのはやめてくれないかな」
顔を真っ赤にしながらジルが言う。小柄なジルと大きな身体のライラでは身長差があるのでちょうどライラの胸がジルの頭の上に乗る形になってしまっていた。
「しょうがねえだろう。お前がチビなんだから」
「チビって言うなよ!」出会ったばかりのころはずいぶん言われた言葉を久々に言われて思わず怒鳴り返した。「それにその格好じゃしっかりつかまれないだろう」
ジルの言葉にライラは少し考え込んだ。
「じゃあ、こうしよう」
そう言うとジルが背負っていた勇者の剣を鞘ごと外して彼の手に渡した。
「なにするの?」
その言葉に返さず彼女は両腕でジルを横にして抱き抱えた。横抱き、いわゆる「お姫様抱っこ」というやつだ。
「ほら、あたしに身体をあずけて。手を肩に回さないと落っこちるだろ」ライラに言われるままに首から肩にかけて左腕を回す。お互いの顔と顔が密着する。「さあ、行くぞ。魔法の方は頼むぜ」
桟に足をかけてライラが飛ぶ。
「……フーリアン」
あわてて呪文を唱える。光の玉が同じように二人を包んで、ゆっくりと森に向かって降りていく。
ジルは身体を抱き抱えられ密着した状態でライラの顔を見つめる。……ライラって肌が白いな。本当に透き通るようだ。そりゃ多少切り傷とかあるけど、そういうのも気にならないくらい。それにお風呂とか水浴びなんてほとんどする機会がなかったはずなのに、どうしてこんなにいい匂いがするんだろう?そんなことをぼんやりと考えてしまった。
「おい!ちゃんと前を見ろ」
ライラの言葉に正面(ジルから見れば右手側)を見る。そこには森の木があと数メートルという距離まで近づいていた。
あわてて避けようとするがどちらに舵を切ればいいかとっさに判断できなかった。そのまま、ライラとジルは樹木の幹にゆっくりと体当たりする。
ぶつかった拍子に光の玉が解けて二人そろって地面に落下する。ライラが地面に背中から落ち、その上にジルが乗っかる。
「ライラ!大丈夫?」
ジルが声をかける。
「いってえ。……おい、あたしを殺す気か?」
ライラがまだ上に乗っているジルに食ってかかる。
「ごめん」ジルが謝る。
「とにかくどいてくれ。チビのくせに重いんだよ」
ライラが憎まれ口を叩く。ジルがあわててライラから転がり降りる。
「……チビって言うなよ」
「……なんだって?」
「あんな格好で飛んだってちゃんと前なんて見えるわけないだろう!むしろライラがしっかり誘導してくれなくちゃ」
「あたしのせいだって言うのかよ!」
「そこまで言ってないよ!」
「はい、痴話喧嘩はそこまでにしてください」いつの間にか二人の間をテレナが割って入っていた。「それよりもこれからどうするかですわ」
「どうするって……このまま正門から外に出るんじゃないの?」
ジルの問いかけにテレナがかぶりを振る。
「
テレナが上を指さす。さっき飛び下りたバルコニーにいくつかの灯がともっているのが見えた。おそらく兵士たちが追いかけてきたのだろう。
「このまま手をこまねいていれば彼らがここにやってくるのは間違いないでしょう。その前にこの場から立ち去らないといけませんわ」
だが、はじめて足を踏み入れた真っ暗な森の中ではどこに向かえば外に出られるかわかるわけがない。ただやみくもに歩き回っても体力を消耗するだけだ。
「兵士たちが動いているのなら城下町も安全じゃないかもしれないな」
ライラがさらに追い打ちをかける。八方塞がりかとみんなが思ったその時、その場にいなかったミシウムがやってきた。
「おい、こっちにいいものがあるぞい」
魔法で左手に灯を作り上げたミシウムに案内されて森の中にある川にやってきた。そこには小舟が一艘浮かんでいる。
「こちらが川下のようじゃから、このまま下っていったらターラントの町に繋がっているはずじゃ。たしか地図にはそう書いてあったと思ったが」
ジルは地図を広げて確認する。たしかにミシウムの言うようにこの川の一キロメートルほど先にターラントの町がある。
「舟も壊れている様子もないようですね。舟棹までついて至れり尽くせりですわね。よくこんなものみつけましたね」
テレナが感心したように言う。ミシウムが胸を反らせて
「たまにはわしも役に立つところを見せておかんとな」
と言った。
「さて、のんびりしている場合ではありませんわ。とりあえずこの後のことはターラントに行って考えましょう」
テレナの提案で四人が小舟に乗り込む。
「じゃあ一番若いジルが舟をこいでくれ」
ミシウムが棹をジルに渡そうとするとライラがそれを横から奪い取った。
「あたしがやるよ。ジルは舳先で誘導してくれ」
「……わかった」
ジルはひと言だけ言うとそのまま舳先に移った。
「なにかあったのか?」
二人の間のピリピリした空気に気がついたミシウムが隣に座っているテレナに小声で問いかける。
「ええ、ちょっと。あとで話しますわ」
ジルが舳先に陣取って身を低くして水面ギリギリに視線を合わせる。視線を低くするほど暗闇でも比較的視界が良好になるからだ。月明かりがなくても障害物を回避する程度ならばこれで充分なはずだ。
「岩がきた。右によけて」
その声にあわせてライラが棹を上手に操って岩を回避する。
「あまり問題はなさそうじゃな」
「だと良いのですが……」テレナは不安を感じずにはいられなかった。
彼らが小舟で川を下る様子を二人の男が木陰から見つめていた。一人はリストリアの軍服を着たルイス・グリムゾン・サーバイト。もう一人は薄汚れたフードをまぶかに被っていた。
「……これでよろしいのですか?」
フードを被った男はルイスに尋ねた。
「君は連絡がきしだい私に逐一報告してくれれば、それでいい。余計な興味を持つ必要はない。さあ、地下室に戻りたまえ」
ルイスはぶっきらぼうに答えた。私情はないつもりだが、この男はどうも好きにはなれん。だが、今はこの男の力が必要だ。そう考えながら彼は正門に、フードの男は来た道を引き返した。
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