第6話 僕たちの戦いはこれからだ。その6
正門の内側にはブラニアの指揮のもと、二百人の兵士が待機していた。いつ城内から伝説の勇者たちが襲いかかってくるかわからない。彼らはたった四人だが魔族と連戦し最後には魔王ルシフスを退治した歴戦の強者だ。彼らと戦わねばならないという恐怖とは別に、どんな戦いを見せてくれるのだろうという好奇心が湧いてくる。戦う男たちの悲しい性というべきか。
「来た!……扉が開きました」
前方に待機していた見張りの兵士から次々と伝令されてきて十秒も経たないうちに指揮官のブラニア副兵団長の元に報告がくる。
「全員、戦闘準備!」
指令が飛ぶ。だが、さらに報告がやってくる。
「扉を開けたのは別動隊。別動隊は敵を見失った模様」
「なに?どういうことだ」
ブラニアの元に別動隊を指揮していたダントス大尉が報告にくる。大尉の報告によれば勇者の一行は二階バルコニーから空中浮遊で飛び下りて森に着地した模様。バルコニーから見た限りにおいては森の中を走っている川を下っていった様だという。
「舟を準備していたということか?」
「それはわかりませんが小舟を操って川を下ったところまでは確認しております……」
「どうした?まだ何か気がかりがあるのか?」
ダントスの様子に不信をいだいたブラニアが改めて問い質す。
「実は……」
ダントスが耳打ちする。
「……団長が?……そうか。……きっとなにかお考えがあるのだろう。このことは他言無用。部下にも徹底せよ」
ブラニアの命令にダントスが敬礼で答え、自分の部隊に戻る。
「あの方も覚悟が徹底できていないのか……」
小声で独り言ちるブラニアの元にルイスが正門に到着したと報告が入る。ルイスの元に向かったブラニアはさきほどの報告の中で勇者を取り逃がしたことだけを伝えた。
「そうか。川を下ったということはターラントに向かったと考えるべきだろうな。大佐、今すぐ部隊をターラントに向かわせるぞ」
「……追うのでありますか?」
ブラニアは驚いて問い返す。
「当たり前だ。国王陛下の望みは彼らの死だ。それが完了しない限りは命令は継続される」
ならばなぜ?という言葉を飲み込んでブラニアは別のことを尋ねる。
「今、動ける部隊は二百人強です。昼になれば千人以上の人数が動かせます。それまで待ってもよいのではありませんか」
「彼らがターラントの町で昼過ぎまでのんびりしてくれるという保証はないからな。早くしろ、“兵は拙速を聞く”という原則を忘れたか」
ルイスはそういうと正門を開けて町の住民にこの騒ぎの説明をするために城下町に向かった。大臣がことごとく処刑され下級官吏しかいなくなった王政府では一人が複数の役目を負わなければならないのだ。
ターラントは工業製品を他国に輸出し農産物を輸入するための港を有している商業都市である。
その都市の中央には巨大な運河が流れていて人々は小舟を操って都市の中を行き来している。ジルたちが小舟に乗ってやってきたリストリアの森の川もこの都市の運河に通じている。
だが、彼らはターラントの一キロメートル手前で小舟を降りた。
「どうしてこんなところで降りるのさ。このまま乗って行ったらターラントにすぐに入れるよ」
ジルの言葉を無視して、降りることを提案したテレナが懐に手を入れながら話しだした。
「みなさん、おいくら持っていますか?」
皆、訝しく思いながらもそれぞれ手持ちの金銭を懐から取り出した。四人の金額を集めると六百七十二ルフラしかなかった。
「トリアトの宿屋に預けておいた荷物の中にもう少しあったはずなんだけどな。そうでなくても武器や防具で売れるのがいくらかあったはずだし」
ライラが口惜しそうに言う。ここからトリアトまで行く手段がないのがなおいっそう口惜しさを増す。
「とにかくこれでは四人で宿屋に泊まるのも覚束ないですわ」
商業都市のターラントは城下に近いこともあって比較的物価が高い。その上、つい昨日まで魔族が跋扈していたのもあってさらに高くなっていた。
「でももう魔族はいなくなってるんだからずいぶん安くなっているんじゃないかな?」
ジルが楽観論を出す。実際、今この平原には一匹足りとも魔族の姿はない。やはり魔王の滅亡と共に魔族もいなくなったのは間違いない。
「平和になったからといってすぐに物が安くなるわけではないでしょう。物価はそんなに簡単には変動しませんわ」それに、とテレナはさらに付け足した。「できればターラントでは船に乗りたかったのです」
「「「船?」」」
三人はいっせいに聞き返した。
「船に乗って他国、そうですわね隣国のグリタニアに行って庇護を求めようかと考えていました」
「どうして?」
ジルの問いかけにテレナは答える。
「リストリアにいればわたくしたちの安全は補償されないからですわ。このままターラントの宿に泊まっても朝になれば枕元にあのサーバイト兵団長が突っ立っている可能性の方が高いでしょう」
「困るよ」ジルが反論する。「僕はマーゴッドの村に帰らないといけない。グリタニアに行ったらいつ帰れるかわからないよ」
「……それに」ライラが助け船を出す。「グリタニアがあたしたちを守ってくれるという保証こそないよな。下手をすればリストリアと戦争になりかねない。それよりもリストリアに協力してあたしたちを一網打尽にして突き出した方がメリットは大きいと思うんじゃないか」
「わしもいいかな?」ミシウムが手を挙げる。「そもそもリストリアがわしたちをどうにかするというのは本当なのか?うっかりここまで来てしまったが彼らはわしたちを害そうと思えば……そう食事に毒を盛ることだってできたし、それよりも魔族の山で手負いのわしらを倒すことだってそんなに難しいことではなかったじゃろう。今のわしらは少しは体力も回復している。なぜこんな面倒な状況で倒そうとしなくてはならんのだ?考えすぎだと思うが」
「でしたら、この薬を打ってみますか?」テレナが懐をポンと軽く叩く。中には部屋に侵入した男たちが持っていた注射と薬が入っている。「たしかにもっと簡単にわたくしたちを亡きものにする時期はいくらでもあったはずです。おそらく兵団自体もわたくしたちを殺すことを躊躇しているのだと思います。ですが、上からの命令が強くなってきたのでやむなく本格的に命令を実行し始めたのではないでしょうか」
「上?」
ジルの問いかけに
「国王ですわ。他にいません」
とテレナが返す。
「なんで?」
「今のサーバイト兵団長の上には国王しかいないからです」
「そんなわけないだろう。たしか国防大臣とかいうのがいたじゃないか」
「……おそらく更迭されたか処刑されたのだと思いますわ、ライラさん」
「それは会食の時に誰も姿を見せなかったからか?たしか仕事が忙しいからと執事がゆっとらんかったか?」ミシウムも口をはさむ。
「いったいどこでどのような仕事をしてるというのですか?わたくしたちがはじめてリストリアのお城に入ったときにいた大臣たちが何をしていたかよく覚えておいででしょう」
たしかに魔王ルシフスの脅威にさらされていたとはいえリストリアの大臣たちは酒をあおって酔いつぶれているか、さもなくばベッドの上で恐怖に震えているものばかりだった。下級官吏たちは自分たちの職務をなんとか遂行しようと必死になっていたのとは対照的だだったのをライラもミシウムも思い出した。
「魔王の脅威がなくなってあの様な宴が催されたのなら政務など放っておいてまっ先に駆けつけるような方々ばかりだったではありませんか。それが登城してから一人も会わないなどということがあるでしょうか?」
「でもさ」我に返ったジルが反論する。「どうして大臣たちを捕まえたり殺したりする必要があるの?」
「それは……わたくしにもわかりませんわ」テレナは早々に白旗を上げる。「ですが、やはりこのままなんの保証もなくリストリアに戻ることはできませんわ」
「報奨金を棒に振ってもか?」
テレナはミシウムの発言に
「命あっての物種ですから」と答えた。「ではみなさんはどうされるのですか?リストリアに戻るか。グリタニアに庇護を求めるか」
「僕は家に帰る」ジルがまっ先に答えた。「もしかしたらテレナの言う通り城に戻れば僕らは処刑されてしまうかもしれない。可能性がある以上そんな冒険はおかせない。だったら僕は村に帰ってみんなと今までのようにひっそりと暮らしたい。……それに船に乗るお金がないし」
ジルの答えにライラが苦笑する。
「まったく、トリアトまで戻れたら選択肢が増えたのにな」
「それを言っても仕方がないでしょう。でも、トリアトに行くリスクを考えたらマーゴッドの隠れ里に匿ってもらう方が安全の確立は高いかもしれませんね」
テレナが考え込む。
「あたしは……」ライラが手を挙げる。「とにかく眠い。このままターラントの宿に泊まって布団に潜り込みたい。後は野となれ……だ」
「わしは……」次いでミシウムの手が挙がる。「やはりリストリア城に戻る方がいいと思う。よしんばテレナの言う通りだとしても捕らえられるより出頭した方が心証はいいじゃろう」
「わたくしは」テレナも手を挙げる。「密航してでもリストリアから出国するほうが安全だと思います」と先ほどと同じ主張をする。
四人が四人とも意見を異にした。
「だったら、もうバラバラになっていいんじゃねえか。元々、魔王を倒すために仲間になったんだからその役目が終わったんなら、いつまでも一緒にいることはないだろう」ライラはそう言ってミシウムの手の中にあったお金のうちから自分が持っていた百三十ルフラを抜き取った。「あたしはこの金で宿に泊まるよ。それじゃあな」
そう言ってターラントに向かって歩きはじめた。
「ライラ!」
ジルが声をかける。ライラは立ち止まる。……が、振り返らない。
「ここで……お別れなの?」
ライラは前を向いたまま、そっと手を振る。
「短い間だったけど世話になったな。命を助けてもらった借りは返せねえけど達者でやってくれ」
また歩きはじめる。
「わたくしもターラントに行って密航できる船を探しますわ。ごきげんよう」
テレナもライラの後を追うようにターラントに向かって歩きだした。男二人が平原に取り残された。
「ほれ、お前さんの持っていた金じゃ」
ミシウムがジルに百ルフラを手渡した。
「ミシウムさんは城に戻るんですか?」
お金を受取りながら尋ねる。
「そのことじゃが、お前さんもわしと一緒に城に戻らんか?」ミシウムが残ったお金を懐に入れながらジルを諭しはじめた。「わしはテレナの見当違いじゃと思うぞ。あの薬もちょっとした不心得者の仕業じゃないかの」
ジルはかぶりを振る。
「テレナの推論は今まで間違ったことはなかったでしょう。少ない情報からもっとも安全で確実な手段を導き出してくれたじゃないですか。そのおかげで何度も僕らは命を救われたはずです。だから今回も彼女が言ってることは間違ってるとは思えません」
ジルはターラントの方角を向いた。
「ねえ!」ターラントに向かって歩いている二人の女性へ向けて叫んだ。「二人とも覚えてる?僕が『魔王を倒すから一緒に行こうよ』って言ったときのこと」
ライラとテレナが一緒に振り返った。
「ライラはダットンの村でテレナはペダンの町だったけど二人とも僕のことを信じてなかったじゃない」
薄暗闇の中で叫んでいるから二人がどんな表情をしているかわからない。だが、かまわず声を出す。
「でも僕の言ったことは本当だっただろう。僕たちは力をあわせてあの魔王ルシフスを倒したじゃない。そりゃ、いろんな困難もあったしたくさんの仲間を失ったけど最後はこの四人で倒せた。……僕らが力をあわせれば魔王だって倒せるんだよ。どうして人間の軍隊を恐れる必要があるのさ。僕一人だったら無理かもしれない。だけど、この四人ならきっとリストリアの兵団から逃げ出してマーゴッドの村に帰ることができるよ。そしたら後は村で一緒にみんなで暮らそうよ」
テレナが叫ぶ。
「わたくしたちもマーゴッドの村で暮らすのですか?」
「うん、三千年以上も隠れ里としてリストリアの目を逃れてきた村だよ。グリタニアに行くよりもきっと安全だよ」
ジルは背中から勇者の剣を抜いて地面に突き刺した。
「「「僕は伝説の勇者の子孫だ。だから僕の言うことを信じて一緒に世界を平和にしよう」」」
ジルが言おうとした、台詞を他の三人が唱和した。
テレナが苦笑いしながら
「もしかしてみなさん、同じ勧誘のされ方でしたの?」
ライラとミシウムに尋ねた。
「まったく同じだったね。進歩が感じられない」両手を広げてライラが呆れたように言う。「ギリアもチャンもダルパスもそれでのこのこ付いてきたよ」
ライラが言うと
「わしは勝手について行っただけじゃからな。一度も言われたことないな」
ミシウムが残念そうな顔で語った。
「……だから、僕と一緒に最後の旅をしよう」
ジルが少し変えた勧誘の言葉を照れながら呟く。
まずライラが踵を返して戻ってきた。テレナのそばに近づくとその肩をポンと叩く。
「もう少し付き合ってやろうか」
「……仕方ありませんわね。坊やをきちんと親御さんの元に送り届けるのも“魔王退治”の一環ですか」
そうして二人がまたジルたちの元に戻ってきた。
「ところでミシウムさん」テレナがミシウムに近づいて左手を差し出した。「わたくしの三百ルフラ。返していただけますかしら」
「いらないんじゃなかったのか……」
「とんでもありませんわ。うっかり忘れていただけです」
ミシウムが懐から取り出したお金から札を三枚しぶしぶ抜き取る。
「それと、ライラさん。ターラントの宿代は二百ルフラですよ。それでは足りませんわ」
「マジか?……ダットンの村の四倍もするのかよ!」
「そんな田舎の物価と比べるものではありませんわ。さあ、行きましょう」
「行くって、どこに?」
ミシウムの問いかけになにを当たり前のことを聞くのかという顔つきでテレナが見返した。
「決まってるではありませんか。どこか身を隠す場所を探してそこで野宿ですわ。みなさん慣れてらっしゃるでしょう」
テレナが事も無げに言う。
「また外で寝るのかぁ。老体には堪えるんじゃがな」
ミシウムが世にも残念そうな声で嘆く。
「さっきまで散々寝てたんだから文句言うなよ」
ライラがミシウムの背中をバンと叩く。ミシウムがよろけそうになりながらも、なんとか態勢を立て直す。
そんな三人を後ろから見つめながら突っ立っているジルに向かい
「早くしないと置いてくぞ」とライラが声をかける。
「あなたしか村の在処を知らないのですから、早くしてください」テレナも冷たい口調で先を急ぐ。
ミシウムがおいでおいでのジェスチャーで呼び寄せる。
「待ってくれよ!」
ジルが剣を背負い、みんなの元に駆け寄る。
「まだこの四人で旅ができるんだ」と思いながら。
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