第18話 僕と契約する魔法少女になってよ。その5

「どうする?このままじゃ村が全滅だよ!」

 ジルが惨状を目の当たりにして動揺する。

 峡谷の上空でクリシュナの村に火の手が上がっているのが見えた。テレナは暴れ回っている黒球を回収し、召喚竜を村に向かわせた。村はあちこちの建物が燃え、人々が逃げまどっているのが見えた。

「とにかく火を消すのと人々を避難させるのを同時に行なわないといけません」

 テレナが指示を下す。

「避難させるって言ったって村の外じゃ兵団がまだいるじゃねえか。あいつらを何とかしないとどうしようもねえよ」

 ライラが遠くに陣取っている一個中隊の部隊を見て愚痴をこぼす。

「わかりました、ジルとわたくしはここで降りて冷却呪文を駆使してなんとか火を消してみせます。ライラさんは召喚竜と一緒にあの部隊に穴をあけてください」

 テレナの命令にライラが

「心得た!」

 と返す。

 その返事を聞かずにジルとテレナが火の手が上がる村の中央に向かって飛び下りる。飛び下りながら

氷結ジェリア!」

 冷却呪文を唱える。

 可燃されて残り少なくなっている空気中の水分が急速に冷え、凝固する。燃えている建物から火の手が消え凍りはじめる。着地したジルは周囲の空気が少なくなっているのを感じて一瞬、息苦しくなる。だが、すぐに村に向かって強い風となって空気が戻ってきた。

「のんびりしないで!風が火の勢いを増してしまいますわ」

 テレナが冷却呪文を連続で唱える。ジルもそれに倣ってテレナがかけていない方角に向かって冷却呪文を唱えた。


 村の中央広場の地面すれすれを飛びながら一直線に召喚竜とライラが兵団のいる場所に向かって突き進む。途中、ところどころ衣服が燃えて泣き叫んでいる小さな子どもを見つけた。右手で竜の角を掴み身を左にかたむけて子どもに向かって左腕を伸ばす。

 飛びながら身体のあちらこちらに火傷を負っている子どもをかっさらうと二メートルの身体で包むように抱きかかえる。

「もう大丈夫だ。あとでお前の親を見つけてやるからな」

 泣いている子どもの頭を撫でながらあやす。顔が煤けていて男の子か女の子かの区別がつかない。

 召喚竜が、燃えている出入口の門を体当たりで叩き壊して兵団の中央を突破する。

 二手に分断した一個旅団の背後に着く。竜をくるりとターンさせると同時に子どもを抱きながら竜から飛び下りる。

 まだ泣いてる子どもを傍らの岩陰に隠す。左手で頭を撫でながら右手の人差し指をたてて自分の唇にそっと当てる。

 子どもがやっと泣きやむのを確認するとやおら立ち上がる。その間、兵団の誰一人として攻撃をかけようとはしなかった。子どもへの危害を心配したのではなく召喚竜の雄叫びに度肝を抜かれただけなのだが。

「さあて、兵士諸君!無抵抗の村人を虐殺する気分はいかがかな?」

 ライラは感情を押し殺し、男口調でつとめて明るく語りかける。彼女が本気で怒っている時のこれは癖だ。

 兵団からは物音一つ立たない。誰もがライラの顔から目を背けている。

「ここから先は正々堂々の戦闘だ。誰に気兼ねする必要もない。安心して……死んでくれ」

 ライラが鋼の剣を抜く。召喚竜がまたひとたび雄叫びを上げる。兵団からどよめきが起こる。たった一人と一匹に何をビクついているのかと呆れかえる。その時、

「ライラあぁぁ!」

 という声が村の中から聞こえてきた。兵士たちが邪魔で見えないが、おそらくジルの声だろう。火を消し終えてこちらの加勢に来るつもりなのか。そんなことより村人の避難をやってくれよ。と、ライラが思っているところに

「ジェリア!」

 呪文が彼女の耳に届くのと、空気中を一瞬で走ってくる冷気が到達するのがほぼ同時だった。


「……なあジル、正直に言ってくれ。 お前あたしのことが嫌いだろう?」

 火災で焼けたじゃがいもをすりつぶして作ったスープを一口で飲み干しながらライラが尋ねた。

「……いえ、あの……その、大好きで……す」

 ジルは身体を縮こませながら、小さな声でなんとか自分の気持ちを絞り出す。

「だったら、なんであたしの身体を凍らせるんだよ!下手したら死んじまうところだったんだぞ!」

 ライラは口角泡を飛ばしながら怒鳴り散らす。ジルはライラが兵士たちを殺すのではないかと思い、冷却呪文をかけながら村の出入口に向かった。案の定、遠くのほうで兵士たちに対峙しているライラを見た時、思わず兵士たちの足元を凍らせるように呪文を飛ばした。

 だが、走った呪文は彼らをすり抜けてライラの身体に直接ぶつかった。そのためにライラの身体はビッシリと凍りついてしまったのだ。

「いいじゃありませんか。死ななかったのですから」テレナが慰めにもならない言葉を吐く。「兵士たちはわたくしの召喚竜が蹴散らしましたし、村人の避難も鎮火も無事に終わったのですから……。ああ、温かいスープはいいですわね」

 テレナもじゃがいものスープをすすってホッと一息つく。

「いいわけねえだろ。人間を殺したくないからってあたしが殺されるのはまっぴらだよ」

 ライラがジルを横目で睨みつける。ジルはスープの入ったカップを手に持ってはいるが一口も飲めないでいる。

「おおい、お前さんたちあったまったかい?」

 ライラの背後から声がかかる。あご中黒い髭だらけのクリシュナの村長がたっぷりのスープが入った寸胴鍋を持ってきた。

「ありがとうございます。もうお腹いっぱいですわ」

 テレナが礼を言う。だが、村長はそんな言葉が聞こえないようにそれぞれの木製の深皿にスープをつぎ足す。

「お前さんたちは恩人だからな、遠慮なんかしないでくれよ」

 村長の言葉に苦笑する。遠慮しているわけではなく、本当に腹がくちくなっているのだ。……ライラ意外は。彼女はつぎ足されたスープをさらに飲み干す。

「村長さん、ライラが助けた子どもってセレイヤさんの……」

 ジルが村長に尋ねる。ライラが召喚竜で飛びながら助け出した子どものことだ。

「……ああ」

 村長はそれだけ言った。セレイヤの子どもはライラの活躍で助け出せたが母親のほうは……。

「恩人などと言われるのは申し訳ないですわ。かなりの方を助け出せなかったのですから」

 テレナが周囲を見ながら呟く。泣きはらす人、茫然と立ち尽くす人。焼けた木材を運び出す男たちや焚き出しをする女たち。

「……それにしても魔法使いってやつはやっぱりすごいな。凍らせて火事をとめるなんて俺たちにはできないもんな。井戸の水をかけるだけじゃどうしようもなかったもんな」村長が努めて明るい口調で喋って空気を変えようとする。「しかし、助かったよ。もし、温泉の湯を使って火事を消されていたら、この後が大変だったよ。地下の湯も無尽蔵にあるわけじゃないし、うちの村は温泉だけが頼りだからな。これがあるからこれからもなんとかやっていけると思えるし」

 村長はそう言って他の人にスープを食べさせるために寸胴鍋を運んでいった。

「……テレナ、どうしたの?」

 考え込んでいるテレナに気がついてジルが声をかけた。

「……その手があったのですね。全然、気がつきませんでした。温泉のお湯を使って火を消すなんて……それだったらもう少し楽に消火できましたのに」

 感心するように頷いていた。


 村の人たちがジルたちを好意的にみてくれたのはその日が最後だった。

 翌日、リストリアの王政府からの通達が周辺の町や村に配布されて状況が一変した。そこにはペダンへの謎の攻撃やクリシュナの火災の犯人はジルたちだと明言されていた。

「こんなのデタラメです!」

 ジルは手配書を握り潰しながら村長に訴えた。あご髭の村長は深いため息をついて

「そんなことはわかってるよ」と言った。「だがな、こうやって王政府の手配書にはっきりとあんたたちだと名前と特徴が書かれている。事実はどうあれここであんたたちの味方をすれば俺たちは王政府に敵対すると判断される。……こんな小さな村だ。これ以上、軍隊に乗り込まれたらこんどこそ跡形もなく消されちまうだろう」

 村長は復興に力を注いでいる村民たちを眺めながらさらに告げた。

「それでもさすがにあんたたちを王政府に差しだすのは忍びない。……だから後生だ。このまま黙って出て行ってくれないか?」

 頭を深く下げる村長を前にジルは黙るしかない。ライラが突然、立ち上がる。

「行くぞ。めしも食わせてもらってたっぷり寝かせてもらったんだ。これ以上ここにいる必要はないだろう」

「……う、うん」

 ジルもテレナもそれに倣う。


 クリシュナの村から二十キロメートルほど離れた場所にある森の中で野営をする事に決めた。

 村長から申し訳ないからと、いくらかの肉や野菜を持たされた。ほとんどは火災で火が通っているので冷却呪文で凍らせて運んだが、出来る限り早めに食べることになった。

 ジルがいつものように煙を立てないたき火を起こし、テレナが食べる分の肉と野菜の解凍をはじめた。

 ライラは念のために周囲を歩き回る。森の一番端にある大木を眺めながら

「今夜の見張りはこの上でやったほうがいいかな?」

 などと考えていた。その時、

「おい」

 と声をかけられた。一瞬、空耳かと思ったが身体は声の聞こえた方向に自然と向いて剣を手にかけていた。

「誰だ?」

 薄暗闇のためにはっきりと認識できないが人の気配がはっきりと感じ取れる。尾行けられてたか?クリシュナの村からできるかぎり離れるために強行軍を強いたから周囲の警戒を怠っていたかもしれない。

 どうする?人数は一人、多くても二人か?それなら十分、仕留められる。ただ、ジルに気取られる前にやらないといけない。あいつに気づかれたらまた邪魔されるに決まってる。

 そんなことを考えながら声のした方向へじりじりと間合いを詰める。

「殺されたくなかったら手を挙げて出てこい」

 ライラが静かに声をかける。

「待ってくれ、私だ」

 聞き覚えのある声が耳に届いた。その後に手を挙げたフード付きのマントを来た影が出てきた。

「……お、お前?」

「頼むから殺さないでくれよ。せっかく死なないで会えたんだから」

 静かの森で死んだはずの導師ギリアが目の前に立っていた。


 テレナが持っていた肉の塊を落とした。

 ライラが連れてきたギリアの姿を見た時、信じられないという顔をした。ジルの

「テレナ!ギリアだよ。生きてたんだ」

 という言葉も聞こえていないようだった。

 ギリアが

「やっと会えたよ。王政府の通達を見てこの辺りを探し回ったんだ。……大変だったな」

 そう声をかけてくれているのをまるで幻を見ているような感覚で眺めている。

「あたしたちよりお前の方が大変だったんじゃないか?いったいあれからなにをやってたんだ?」

 ライラもギリアに話しかける。

「まあ、いろいろあったんだ。それはおいおい話すよ。……テレナ、大丈夫か?」

 ギリアがテレナにも声をかける。その言葉に反応したように彼女は目に涙を浮かべながら

「ギリア……あなた。どこで……いままでどこでなにをしてたの?……が……あたしが、どれだけ寂しい想いをしたか……あなた、わかってるの!」

 いつもと違う一人称で泣き叫びながら、ギリアの胸に顔を埋め激しく打ち叩く。

 その様子をぼうっと眺めているジルの肩をライラが軽く叩く。振り向くと外を指さしている。二人っきりにさせてやろうということか。ジルは頷くとライラと二人、そっとその場を後にした。

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