第19話 僕と契約する魔法少女になってよ。その6

 テレナとギリアが結婚をしたのは四ヶ月ほど前だった。

 ぺダンの町に立ち寄った一行がそこで辻占いをしている少女を見かけ、ギリアが彼女の魔法使いとしての能力を高く評価した。何度か会って魔法を伝授して、その飲み込みの早さに驚いた彼は、一緒に連れて行くことを主張したのだ。

 それだけの能力を持っているのならジルたちにとってもついてきてもらうのはやぶさかでない。彼らは辻占い師テレナの元に足を運んで魔王討伐のために一緒に旅をしてほしいと頼み込んだ。

 だが、彼女からは意外な答えが返ってきた。

「わかりました。でしたら……結婚してください」

 いったいなんの話しをしているのかわからなかった、ジル、ギリア、ライラ、チャン、ミシウムの一行は惚けた顔を彼女に向けた。

「わたくしは、父母を亡くしてから一人で生きてきました。そんな、わたくしが独身の殿方と寝起きを共にをするなどできません。もし、どうしてもというのならお嫁にもらってください。夫婦としてなら殿方とご一緒してもよろしいです」

 きちんと説明されてもよくわからなかった。ライラが代表して

「じゃあ、誰があんたと結婚すればいいんだ?」

 と尋ねた。彼女は顔を赤らめて

「それは最初に言い出された……」

 とだけ言った。ここで皆、合点がいった。

 その翌日、彼らが泊まっている宿の部屋でテレナとギリアの結婚式が行なわれた。ミシウムが式を執り行いジルたちは新郎の友人として出席した。新婦の友人は誰もいなかった。

「あのじいさんが坊主らしい仕事をしてるのを見たのってはじめてだ」

 ライラが小声で苦笑しながら憎まれ口をたたく。

「なんだかんだ言って、あの嬢ちゃん単にギリアと夫婦になりたかっただけだよな」

 チャンが同じように小声で隣に立っているライラに語りかける。

「たぶんな。それにしてもギリアもよく受けたよな」

 ライラがそれに答える。

「まあ、若くて綺麗な姉ちゃんだからな。奴もまんざらじゃないんだろう。……しかし、これからの旅であいつらのイチャイチャする姿を見せつけられるのかな?」

 チャンの質問にライラがなにか言おうとするとチャンの右隣に立っていたジルが

「二人ともうるさいよ」

 と小声でまっすぐ式を見つめながら注意した。チャンとライラはお互い顔を見合わせてからジルに向かって

「「お前、こういうの好きだったんだな」」

 声を揃えて言った。


「ごめんなさい。恥ずかしいところをお見せしました」

 泣き止んだテレナが顔を赤らめながらギリアの隣に座って語りかける。

「なにを言ってるんだ。私たちは夫婦じゃないか。……もっとも新婚生活は二日間しかなかったが」

 苦笑しながらギリアはテレナが作ってくれた調味料を混ぜただけのスープをすすった。

「そうですわ!どうやってあそこから脱出できたのですか?あんな地割れに落ちて無事ですむとは思っていませんでしたのに……」

 ぺダンの町で結婚式をあげた次の日に静かの森でギリアはベルゾナと共に地割れの中に落ちたのだ。そのすぐ後に地割れは塞がったためにギリアの安否は絶望的になった。

「これさ」

 とギリアは左手を差しだした。そこには小さな黒球が渦巻いて周囲の空気を少しずつ吸い取っていた。

「……!まさかこの中に入ったのですか?どうして?浮穴フローティングホールの中はどうなっているか、この魔法を作り上げたあなたにすらわからないのではなかったのですか?『自滅の理』がどうなっているのですか?」

 テレナは矢継ぎ早に質問する。

 ギリアはその「浮穴」と呼ばれた黒球を消すと

「だけど、あのまま地割れに挟まれてしまったら死んでしまうじゃないか。だったらいちかばちか賭けるしかないだろう?」

 さもなんでもないように答えた。

「それはそうですけど……。それでどうなったのですか?」

「無事に脱出できたから、こうやって話しができているんじゃないか。もっともあまり無事ともいえなかったが。ただ、死なない限りは『自滅の理』の外なのだろうね。なにせ隣の大陸まで飛ばされた上に記憶まで無くなっていたくらいで済んだのだから」

 ギリアの話では「浮穴」に吸い込まれた後、目が覚めた場所はグリタニアの山奥の小さな祠の中だった。そこにたまたまお参りをしていた老夫婦に助けられて記憶が戻るまでその夫婦の世話になっていた。

 記憶が戻ってから大陸を越えるための資金を稼ぐために働いてやっと最近、渡航することができた。

「君から教わった占いの技術が役に立ったよ。ありがとう」

「あんな、言葉尻を変えただけのインチキ占いが役に立ったのですか?嬉しいですわ」テレナがやっと微笑んだ。そして「ごめんなさい。そんなこととは知らなかったものですから先ほどはあのような罵倒を浴びせてしまって」

 と謝った。ギリアはそっとテレナの肩を抱き寄せる。彼女の髪を束ねている髪紐を片手で器用に外す。

「なにを言ってるんだ。君たちが一番大変な時にそばにいてあげなかったんだ。責められても仕方ない。……それにしてもよく魔王を倒すことができたね」

「運が良かっただけですわ。……いえ、ジルたちのおかげです」

 テレナが顔をギリアの胸元に埋めながら答える。

「それなのにまさか、こんなことになっていたなんて。いったいなぜこんなことになったんだ?」

 ギリアは自分が持ってきた手配書を指し示した。

「わかりません、わたくしたちはただ逃げ回っているだけですから」

 テレナが顔をあげて少し距離をとって座りなおした。乱れた長い黒髪を束ねなおす。

「ギリア……あなたにお会いできたらお願いしたいと思っていたことがあります」

「……なんだろう?」

 笑顔を向けながらギリアが語りかける。彼女はその笑顔をみながら同じく笑顔で答えた。

「わたくしたちと一緒にジルを故郷の村に帰すのに協力してほしいのです。……


「何を言ってるのかよくわからないな?」

 ギリアの頬がひきつる。

「……あなたが王政府の元で働いているのはわかってます。わたくしたちを追いかけるのに協力していることも」

 テレナはまっすぐギリアを見つめる。

「最初に変だと思ったのは魔王を倒してすぐに兵団が迎えに来たときでした」

 彼女は立ち上がり彼のそばから離れた。

「歓待の会食を準備してくださった執事の方がわたくしに向かっておっしゃいました。『奥さまファム』と」

 テレナはギリアに向きなおりさらに続ける。ギリアも黙ったまま先を促す。

「わたくしたちが式を挙げて、翌日にあなたが行方不明になってからリストリア城に行きました。その時にはことさらに既婚者だということは言ってはいませんでした。サーバイト兵団長がわたくしに求婚をされた時でもです。あの城の中でわたくしが誰かの妻だと知っているはずがありません」

「それは君が大人びて見えたからじゃないのかい?」

 ギリアが口をはさむ。

「あら、ひどい。たしかにわたくしは頼られたりすることは多いですが別に年上に見られたりしたことはありませんのよ」テレナがおどけた調子で語りかける。「次に気になったのは、わたくしが召喚竜を呼び出した時にそれに気がついた方がいらっしゃるということです」

 ギリアは無表情のまま黙って聞き入っている。テレナはそのまま続ける。

「竜を召喚できる魔法使いなど、おそらく掃いて捨てるほどいると思います。その中の一人が王政府に雇われていても不思議とは思いません。ですから、わたくしはそれに気がついてから竜を呼ばないようにしようと思っていました。ですが、その後も兵団はわたくしたちを追ってきました。どこにいるか正確にわかっていたようでした」

 テレナは歩き回りながら続ける。

「どうしてか理由がわかりませんでした。『ゼファンの結晶』の存在に気がついたのはかなり後でした。誰かが結晶を使ってわたくしたちの居所を逐一知らせていたのではないかと。単なる推測でしたが結果的にそれは当たっていました」

「誰かって?」

 ギリアの質問にテレナは答えずに続ける。

「『ゼファンの結晶』を作るにはとてつもない魔法力を長い時間をかけて圧縮しなくてはいけません。それだけの力を持っている魔法使いはそうはいません」

「……それを作ったのが私だというわけだね。私がそのスパイ……この場にいないミシウムかチャンということになるんだろうが、武闘家のチャンは魔法力をもっていないから『ゼファンの結晶』に呪文をかけられるわけはない。そうなると必然的にミシウムということになるのかな。……彼に『ゼファンの結晶』を渡したと君は思っているわけだ」

 テレナは頷く。

「ミシウムがスパイだったとして、私が指図したということにはならないだろう。竜を召喚できる魔法使いが大勢いるように『ゼファンの結晶』を作れる者など他にもいるかもしれないじゃないか」

「……と、いうことはやはりあなたも作れるということですね?」

 はじめてギリアの顔色が変わった。

「あなたの仰るようにたしかにスパイはミシウムさんです。彼は最後まで結晶を渡したのが誰かは話されませんでした。それがわたしくの疑惑を確信に変えました。他の方から渡されたのなら、それを言うのになんの不都合もないはずです。言わなかったのはわたくしに知ってほしくなかったからです。あなたがわたくしたちを裏切っていたということを」テレナは一つため息をついた。「思えば何度か彼はわたくしだけになにかを言おうとしていたのです。……わたくしはあの方の女性好きという面だけしか見ていませんでしたから、そういう話しなのだと思い込んでいました。……まったく頭が悪い女ですわ」自嘲する。「あの時にきちんと話しを聞いていればもっとやりようはあったはずです。かえすがえすもそれが残念でなりません」

「それでは私が王政府に従っているという理由にはならないのじゃないかな?ただ私の一存で君たちの居所を知りたかっただけだと思わなかったのかい?」

 ギリアのその質問には答える前に、テレナは浮穴を左手に作り上げた。小さな黒球は音を立てて周囲の空気を少しずつ吸い込んでいる。

「昨日、これをはじめて作りました。今まで誰も見たことはないはずです。ですが、サーバイト団長は一目見ただけで『そいつに触れるな。吸い込まれてしまうぞ』と仰いました。と、いうことは彼はこれがなんなのか知っていたということです。……あなたが発明した魔法『浮穴』を」

「……驚いたよ」

 ギリアが呟く。そばにあった木の枝を取り上げたき火をいじって空気の流れをよくする。たちまち火の勢いが増す。

「認めてくださるのですか?」

 テレナが問いただす。

「ああ、いつかはバレると思っていたから早めに事を済ませようとあれこれ策を練っていたんだが……。まさか、仲間になる前にバレていたとはね。さすがだよ」

 ギリアは諦めたような顔をテレナに向ける。

「でしたら伺いたいことがあります。どうして王政府はわたくしたちを追い回すのでしょうか?これでも魔王を討伐した英雄たちですのよ」

 ギリアにとって、その質問は想定内だったようでたき火をいじりながら答えはじめた。

「君たち……というより国王が恐れているのはジル一人だ。彼はジルがその力を悪用してリストリアを、ひいてはこの世界全体を乗っ取るつもりなのだと考えてるんだ」

「……バカみたい!」テレナは思わずいつもと違う口調をあげる。「ジルがそんなことをするくらいならこんな苦労をする必要がありませんわ。あの子、人を殺したくないと言ってライラさんとケンカまでしてるんですのよ。そんな子が国や世界を乗っ取るだなんてバカバカしいにもほどがあります」

「私もそう思うよ」

 ギリアはテレナの意見に賛同する。

「でしたら、どうして?」

 テレナはギリアの正面に立って顔をたき火越しに顔を見つめる。

「ジルに……国を滅ぼすだけの力はあっても、気概がないのは一緒に旅をしてきたものなら、皆知ってる。サーバイト兵団長もだ。国王だけが疑っている」

「団長は軍人ですから不本意な命令であっても従わなくてはいけないのはわかりますが、あなたはなぜ彼らに加担したのですか?」

 視線をそらすギリアに対してテレナはその視線を追い続ける。

 やがて、諦めたようにテレナを見返しはじめた。

「ジルはリストリア国王になるつもりはない。だとしたら彼に味方してもなんの利益にもならない。だったら、権力のある国王につく方が得じゃないか」

 テレナを見つめながら話しを続ける。

「なあ、テレナ。君も私に協力しないか。ジルを国王の元に引き渡す。生死は問わないと仰せだ。そうすればこれから先、君は命を狙われる心配はないし、私もリストリア直属の魔法使いとして安泰だ。そう約束を取り付けてある。そうすれば一緒に暮らすこともできるから寂しい思いをさせることもなくなる」

 テレナの目に涙がひとしずく浮かんできた。ギリアの姿が今までよりも小さく感じられた。ああ、この人はそういう方だったのですね。自分の利益のためなら、そんな小さな野望のためなら平気で仲間を裏切れるのですね。

「テレナ、どうした?」

 ギリアが顔を見つめる。それだけ見てくれているのに気がついていないのですね。テレナはそう思うとよりいっそう寂しさが増した。こんなことなら会わなければよかった、とそう思った。

「ギリア……あなた。わたくしはあなたを愛しています。はじめてお会いしてあなたがわたくしの魔法使いとしての能力を高めてくださった時からお慕いしていました。ですからわたくしのわがままをきいて結婚してくださってありがとうございます。たった二日間の夫婦生活でしたけど本当に幸せでした」

 ギリアが笑顔を浮かべながら立ち上がる。

「わたくしはあなたの妻です。今までもそしてこれからもずっと。……ですから、夫の間違いは妻であるわたくしが全力で阻止しなくてはいけません」

 ギリアの身体がピタリと止まる。

「夫である私と袂を分かつつもりなのか?」

「つい先ほどまで離ればなれだったではありませんか。それよりも心がこんなにも離れてしまったことのほうが問題ですわ」

 テレナの両手が発光しはじめた。

「後悔するぞ、テレナ」

 ギリアが持っていた枝をたき火に突っ込んだ。途端にたき火の火勢が増し炎の柱が立ち上がった。

 炎はまるで生きているように一直線にテレナに向かって突っ込んでいく。

 テレナは左手に持っていた浮穴を放り投げた。テレナに向かっていた炎の柱は浮穴に吸い込まれていく。

「なるほど。障壁を作れない君にとって浮穴は身を守る手段としてはもってこいというわけだ」ギリアが感心する。「だが……」

 ギリアは浮穴に向かって腕を伸ばす。すると火勢を吸い込むために巨大化していた黒球がみるみると小さくなっていった。

「他人の浮穴を操れるとは思いませんでしたわ」

 テレナは驚く。

「なに、浮穴は空間を歪めて作り出すのだからその逆をすればいいだけだ」

「さすがわたくしの師匠ですわね。勉強になりますわ。覚えておきましょう」

 そう言うが早いか右手の光を投げつけた。光は氷の結晶と化してギリアの胸元めがけて飛んでいく。

 だが、ギリアの一手先で氷の槍は雲散霧消に砕けちる。彼の目の前に障壁が立ちはだかったのだ。

「私は君と違って障壁を作ることができるからね。君に教えていない魔法は他にもあるのだよ」

「だとしたらこれはどうでしょうか。テレクリナサージ・バル・ドラゴリウム!」

 テレナの背後から巨大な召喚竜が飛び出し、ギリアに向かって襲いかかる。

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