第2話 僕たちの戦いはこれからだ。その2

 竜がテレナたちの元に着地しその口をゆっくりと押し開いた。中からジルとライラが降りてきてミシウムとテレナそれぞれと抱き合った。

「よく生きとったな」

 ミシウムが感慨深げに言う。ジルは

「さすがにもうダメかと思いましたよ。召喚竜が助け出してくれなかったらどうなっていたか」と言った。

「それにしても」

 ミシウムがニタニタと笑いながら付け加えた。

「……戦闘の最中によくあんなことができるもんじゃな」

 ジルは顔を真っ赤にする

「見てたんですか?」

「ムフフ、当たり前じゃろう。あんな隠れるようなところがない空中で口づけとるんじゃから。老眼のわしでもはっきりわかるわい。ところで竜の口の中で二人っきりじゃったからの。どんなことをやったのか、こっそり教えてくれんか?」

「なにもありませんよ!」ジルが怒ったように言い返す。「まさか助かるとは思ってなかったからできたんです。正直、竜の口の中では顔すらあわせられませんでしたよ」

「なんじゃい、情けないの」

 ミシウムが呆れたように言った。

「それよりもライラはミシウムさんが無事かどうか心配してましたよ」

 ジルの言葉にミシウムが必要以上に反応した。

「そうか!なんじゃ、いつもわしのことをスケベじじいだとか言うとったのにいないとわかったら寂しくなるんじゃな。可愛いところがあるじゃないか」

 ライラの方を見ながらうんうんとうなずく。……ただ竜が無事なうちは召喚したテレナが無事なことはわかりきっていたからなんだけど。という事実は口には出せないジルであった。

 そのライラはテレナに向かって

「助かったよ。一時はもう諦めてたんだけどな」と礼を言った。

「わたくしの力ではありませんわ。この子があなた方を守ってくれたのです」

 テレナはそう言いながら竜の巨大な鼻に手をやった。

「ありがとう。よく頑張りましたね。さあ、もうおやすみなさい」

 そう言うと竜はキーッとひと声鳴いてその身体を金色に光らせてから、ゆっくりと消失していった。

 一行は車座になって地図を広げて現在地の確認に入った。

「あそこがトリアトの町だとすると魔王がいた頂からかなり飛ばされたみたいだね」ジルが地図に書かれている山の頂上とトリアトの町の中間地点に人指し指を置いた。「ここから直線距離だとやっぱりトリアトが近いんだけど、山道も吹き飛んだからどうやって下山したらいいんだろうね」

「空中浮遊で飛んで行くには距離がありますし、さすがにもう竜を呼ぶ力もありませんわ」

 テレナが両手をあげて降参する。

「だったらさ……」ライラが提案する。「“復活の泉”まで行ってみるのはどうかな?」

 三人がいっせいにライラの顔を見る。

「そこで体力と魔法力を回復させてから山を下りないか」

 復活の泉は魔族の山の中で偶然発見した不思議な効能のある泉だ。その泉の水を飲んだり、身体に浴びたりするとたちまちのうちに体力、気力、魔法力が回復していくのがわかる。もし、この泉がなかったら魔王の城にたどり着くまでに死んでいたかもしれない。その泉にまた行こうと言うのだ。

「あそこまで行くのも一苦労ですわよ」

 テレナがさっそく泣き言を言う。

「このままトリアトまで道なき道をいくのも大変じゃないか。それだったら距離が短い分、まだマシだと思うんだよ」

 ライラも引き下がらない。

「わしはライラの意見に賛成じゃ」ミシウムが手を挙げる。「ただし、今度こそ泉に入るのに服や甲冑を脱いでもらいたい。これだけはゆずれん」力強く主張する。

 冷やかな目で見る三人に向かって

「なぜそんな目でわしを見る。わしらは一蓮托生の仲間じゃないか。その仲間内で恥ずかしがるなどという事があっていいものじゃろうか」言い切る。

「スケベじじい」

 ライラの言葉に

「まるでわしだけの意見だと思うな。きっとジルも同じように思っておるはずじゃ」と強く言い返す。

「なんで僕が?」

 ジルが反論する。

「カッコつけんでもいいわい。おぬしもライラの裸が見たいじゃろ?」

 ミシウムがジルの左腕を右肘でつつく。

 ジルがライラの顔を見ると蔑むような目で見ているのがわかった。ライラだけでなくテレナも同じような目で見てる。

「僕はそんなこと思ってないから!」

 咄嗟に言い訳する。いや見たくないわけじゃないんだけど……。とジルはうつむきながら思った。

 結局、その場で少し休憩して体力を回復した段階で復活の泉を目指す事にした。

「服は脱がなくても回復するのですからそのままでいいです。見せたくもありませんし、見たくもありません」

 テレナの主張にライラが「同感」と賛同する。もちろんジルも女性陣の側につく。結局、三対一で着衣のまま泉に入る事に決まった。

「後悔するぞ」とミシウムがボソリと言う。

 休んでいる間、この後どうするかを語り合った。

「わたくしはリストリア城へ行って報奨金をいただいたら、かねてからの夢でしたお城を建てますわ」テレナが口火を切った。「そこでたくさんの使用人をかかえてお姫様として贅沢な生活をいたしますわ」

「テレナはお姫様になるのが夢だったんだよね」

 ジルは旅の最中でテレナに出会った時の事を思い出していた。

「僕たちテレナに最初に会った時は本当に零落したお姫様だと思ってたもんね」

 ジルたちが魔王討伐の旅の途中、リストリア城の南西の町ペダンによく当たる辻占いの女性がいるという評判を聞いた。その女性はリストリアの王様の遠縁にあたる姫君だというもっぱらの噂だった。

 当時、仲間だった導師ギリアは彼女をみるなり

「あの女はかなりの力を持った魔法使いだ」と断言した。

 なにをどうしたかギリアは彼女をスカウトして仲間に引き入れた。それが魔女テレナだった。

「結局、ギリアの直感が当たってたんだ。たいしたもんだよな。まんまと騙されたよ」

 ライラは当時の事を思い出して感心する。

「あの姫君の噂ってテレナが自分で流した噂だったのか?」とミシウムが問い質す。

 テレナはそれには答えず

「それはわたくしの演技が上手かったのではなくて、あなたがたの頭が悪かっただけではありませんか?」とだけ言った。

「「「……」」」

 三人とも二の句が継げなかった。

「……わしはタルトニアの寺院で、また神に仕える生活に戻るだけじゃな」

 気を取り直してミシウムが今後のことに話を戻した。

「信じられるかよ、生臭坊主が」

 ライラが吐き捨てるように言った。まだ仲間がジルとライラしかいなかった時にタルトニアの町の寺院に立ち寄った。そこはまるで廃墟のように荒れ果てていた。町の人に尋ねると寺をいくらきれいにしてもそこに住んでいる僧侶がすぐに暴れて荒らしてしまうらしい。どうやら酔っぱらうと我を忘れて魔法をつかって暴れるらしい。

 しかも、ライラが腹を立てたのは町の若い女性にハレンチな行為をするのでなおさら寺院に近づく若い人がいなくなっているそうだ。

 もしかしたら魔族が姿を変えて僧侶に化けているのではと思った、ジルとライラの活躍で夜中に暴れ回っている僧侶を取り押さえた。結局、ただ単に酒好き女好きの人間の僧侶だったが。

 その後なにが気に入ったのかその僧侶ミシウムはジルたち一行に付いていって旅をすることになった。

「わしはこの旅で生まれ変わったからの。きっと町のみんなもわしを快く受け入れてくれるじゃろう。なにせ救世主様じゃからな」

「……救世主は勇者であるジルですわ」

 テレナが訂正する。

「だったらわしらはいったいなんなんじゃ?」

「お付きの人々」

 ミシウムの質問にテレナは即答する。腹をかかえてライラが大笑いする。

「いや、みんなの力で魔王を退治できたんだから、ミシウムさんだって立派な救世主だよ」

 憮然とするミシウムをジルが取りなす。

「その救世主様はどうするんじゃ?」

 ミシウムは不満顔を隠さないままジルに問いかける。

「僕もマーゴッドの村に帰るよ」

 こともなげに言った。

「帰って子どもをもうけて、その子に勇者のことわりを伝承してそれを子々孫々語り継いでいく。そうしてまた世界が暗黒の闇に落ちた時のために準備を進めるのさ。それが僕の先祖からずっと行なってきた勇者の生き方だからね。僕もそれに従うよ」

 膝をかかえて誰を見るともなしに呟やく。

 ミシウムとテレナは目の端でライラを見るが彼女の反応はなにもない。聞いているのかいないのか。ジルにとっては故郷に帰って子どもをもうけるという事はライラとともに夫婦になりたいと表明しているも同然のはず。まさかそれに気がつかないほど頭が悪いわけではないでしょうに、とテレナは思った。

「それでライラは?」

 興味をもったミシウムがライラに尋ねる。一同の顔を一瞥したライラが口を開こうとすると予想外の珍客が現れた。

「やあ、救世主のみなさん。お疲れさまでした」

「「「「サーバイト兵団長!」」」」

 リストリア兵団のトップ、ルイス・グリムゾン・サーバイトがジルとライラの背後の崖をよじ登って姿を現した。

「それにしてもすごいですね。山の形がまるまる変わってしまって」

 ルイスは周囲を見まわして感嘆の声を上げた。

「どうしてこんなところに?」

 ジルの疑問に

「救世主のみなさんの労をねぎらうためにお迎えに来たのです」と笑顔で返答する。

 その後ろで次々と兵士たちが崖をよじ登ってくる。

「みなさんを城までお連れするために今から昇降機リフトを組み立てます。もうしばらくお待ちください」

 そう言うが早いか登ってきた兵士たちに指示を出しはじめた。兵士たちは背負っていた荷物を下ろすとテキパキと昇降機を組み立てていった。

 手際の良さに感心しながら一同が見ているとルイスが

「あと十分ほどで完成します。ただし、人力ですので一度に下ろすのは無理です。お一人ずつでお願いします。もちろんレディファーストで」とテレナとライラを手で差しながら話した。

「これから“復活の泉”に行って疲れを癒やそうと考えていたんですが」

 ジルがみんなで話し合った経緯を説明する。

「それには及びません。みなさんの疲れは王都で癒して頂きます」

 ルイスは笑顔で、しかし厳として譲らなかった。

「団長。昇降機の準備が整いました」

 兵士の一人が敬礼をしながら報告した。

 まずテレナが下りることになった。

「これに乗って下りるのですか?」

 テレナが不安そうに昇降機を見る。

 崖に突出するように二本のポールが立てられた。そのポールの先に滑車がつけられロープが張られている。ロープの先には人が一人座れる程度の板切れがくくりつけられているだけだった。

「これだったら“空中浮遊”で下りた方が安全な気がしますわ」

「それでも構いませんが、それだけの魔法力が回復されましたか?」

 ルイスはテレナの不満を一蹴する。

「……仕方ありません。女は度胸ですわ」

 板切れに座り両方につけられているロープをしっかりと握る。二人の兵士が板切れごとテレナを崖まで持ち上げる。崖にぶら下がったテレナをゆっくりと兵士たちが滑車を回して下ろしていく。「キャー!いやあ!助けて、怖い、こわい、こわい……」という叫び声がゆっくりと小さくなっていく。それを不安げにミシウムとジルが覗き込む。

「トリアトの町の宿屋にあたしたちの馬車と荷物をあずけてあるんだ。それを取りに行きたいんだけど」

 ライラがルイスにダメ元で聞く。

「そちらは私どもで責任を持って王都までお持ちします。どうぞ、ご安心ください」

 と、にべもなく断られる。

 一時間半は過ぎた頃に望遠鏡で崖下を覗き込んでいた兵士が滑車を回している兵士に合図を送る。滑車が止まり、さらに合図が送られると先ほどよりも早く滑車を逆に回しだす。どうやら無事にテレナは崖下に到着したようだ。

 上がってきた板を兵士が崖上に回収する。次はライラだ。

「あたしはテレナよりも倍くらいは重いからね。頑張ってね」

 ライラが滑車を回している兵士たちに声をかけて飄々と板を持って崖に飛び下りる。

 滑車を回す兵士たちが懸命に踏ん張る。崖ではライラがブラブラと揺れながら板に座る。

「いつでもいいよぉ」

 ライラが気楽に上に声をかける。望遠鏡を持った兵士の合図で先ほどと同じくらいの早さで下ろしだした。テレナの時とは違い滑車を回す兵士たちの顔に脂汗が流れる。やはり体重によってかける力が変わってくるらしい。

 ジルとミシウムがジャンケンをして次の順番を決めている横でルイス・サーバイトは改めて周囲を見まわした。

「このまま戦いが終わるのが一番良いのですが……」

 その呟やきはルイスの耳以外には聞こえなかった。

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