第9話 召喚竜《ドラゴン》は仲間《パーティー》には含みません。その3
「ライラ……」
「やっぱり中央の兵士だな、いい剣を使ってるよ」
「ライラ」
「なんだよ、こいつ銃まで持ってたのかよ。こいつを使われてたら危なかったな」
「ライラ」
「でも、あたしは銃なんて使ったことないんだよな。弓とか持っててくれたらよかったのに」
「ライラ」
「……なんだ、小銭も持ってないのか。まあ、森の中でカネを使う用事なんてないもんな。しょうがねえか」
「ライラ!」
「なんだよ?さっきからうるせえな!」
ライラがやっとジルの方を向いた。
「……なにやってるんだよ」
「見りゃわかるだろ。戦利品を回収してるんだよ」
悪びれずに答える。
「どうして殺したのさ……。人間なのに」
「違う。敵だ」ジルの言葉に振り返らずに答えた。「こいつを取り逃がしたら兵団にあたしたちがここにいることがバレちまう」
「だったら……その辺の木に縛りつけるだけでもよかっただろ?」
「これから先、同じようなことが何度だって起きる。その度にいちいち縛らなくちゃいけないのかよ。……結局、使えそうなのはこの“鋼の剣”くらいか。魔法力を宿した武器だったら安心なんだがな」兵士から鞘を抜き取って剣と共に腰に差す。「ジルお前、弱くなったな」
立ち上がりジルに向きなおる。
「……」
「魔族相手だったら躊躇いなく殺せたのにな。人間だったら殺せなくなっちまったのな」
「……だって」
「だって……なんだよ。お前、魔族の正体がなんなのかわかった後だって殺すことに躊躇しなかったじゃねえか」
「それは……もう魔族になってしまったら元に戻ることができないから」
「じゃあ、こいつを殺さなかったら、後悔してあたしたちを逃がすために協力でもしてくれるっていうのかよ。出来の悪いおとぎ話じゃあるまいし」ライラが吐き捨てるように言う。「いいかげん気がつけよ。あたしたちは命を狙われてるんだ。理由はわからないけどな」死んだ兵士を指差す。「こいつがこんなところにいるのが何よりの証拠だよ。本当にあたしらが客人だったら出会った途端に逃げ出したり、剣を抜いたりなんてありえないだろう」
その時、ミシウムとテレナがやってきた。二人ともこの状況を予想していたのか驚きもしなかった。ミシウムは兵士の側に駆け寄り回復呪文をかけようとするが、無駄だとわかったのかため息をひとつついて首を横に振った。
「おいテレナ。もう足はいいのか?
ライラがテレナの足を指して尋ねる。
「はい、ご心配をおかけしました。ミシウムさんの呪文でもうこの通りです」
テレナはその場で屈伸を数回してみせた。
何も言えなかったジルがふとミシウムが兵士の側に小さなメダル状の物を置いているのを見た。
「ミシウムさん、それは?」
「あ……ああ、まあまじないみたいなもんじゃ。せめて安らかに眠ってもらうためのな」
そう言ってミシウムはこうべを垂れて祈りはじめた。
ミシウムは僧侶だから死者に対する扱いを知っているのだろう。でも、魔族と戦っている時にギリアやチャンが死んだ時にはそんな物を出して祈ったりしていなかったような気がする。そうジルは思ったが真剣に祈っているミシウムに尋ねることはできなかった。
「出ろ」
ルイスがフードの男の入っている地下牢の鍵を自ら開けながら言った。
「良いのですか?昨夜出していただきましたが」
男はニヤニヤ笑いながらそう言った。わかっているくせにそういう嫌みを平気で言うのが癪にさわる。しかし、今はこの男の力が必要だ。おそらくこれから先も。いちいちその度に牢まで来るのは時間の無駄以外なにものでもない。
「兵士がひとり行方不明になってる。森の中を捜索していたらしい。どこにいるかわかるか?」
男は呆れたような顔つきで
「私は占い師でもなければまじない師でもありません。いなくなった人を探す方法なんて知りませんよ」
首を振りながら言った。
「おそらく奴らと接触したはずだ。この国の兵士が領内の森で迷うことなどありえんからな。だとしたらお前にだってわかるはずだ。と、言うよりお前にしかわからんだろう」
ルイスが睨みつける。
「ええ、たしかに彼らは森の中をうろついているようですね。ただ私は森の中のことはさっぱりわかりませんからどの辺りにいるかはわかりかねます。地図か何かありませんか」ルイスは看守の兵に領内の地図を持ってくるように命じた。「奴はちゃんと仕事をしているのか?」振り向いて男に問いかけた。
「ええ、さきほど“印”をつけたみたいです」男は牢のベッドに腰掛けた。まだ出るつもりはないらしい。「ただそこから動く気配がないところをみるとその場に置いていったのでしょう。おそらくそこにあなたの部下がいるのでしょうね」
「野営をしているのではないのか?」
「まだ昼過ぎですよ。逃げ回っている人間が敵地深くでのんびりと休む準備をするとは考えにくいですね」
看守が領内の地図を持って戻ってきた。ルイスはその地図を牢内で広げて男に差しだした。男は地図を食い入るように見つめて一点を指さした。
「ここか?」
「はい。間違いありません」
「よし、ブラニアにここを重点的に捜索するよう伝達して来い」看守に地図を渡して命令する。「それにしても奴らの居所がわかったりわからなかったりしてるが、どうしてだ?」と男を問い質した。
「そんなことを言われても私にもわかりません。“印”が動いてくれなければ私には知る術がありませんから。ちゃんと“印”を動かすように言っておいてくれませんか」
「だったら奴らがリストリアに戻ってきたのがわかったのも“印”が動いたからなのか?」
「ああ、それは別の理由ですよ」
「……別の?」
「ええ、ただ向こうも気がついたでしょうから、これからはそんなへまをしないでしょうね」
タガリア二等兵の遺体が見つかったのは命令を受けてから、一時間は経過した後だった。もちろん勇者たちはその場にはいなかった。首筋から袈裟斬りで斬りつけてあって、おそらく一瞬のうちに絶命したと思われる。
タガリアの装備していた鋼の剣は見当たらず拳銃はその場に投げ捨てられてあった。剣は戦利品として持ち去られたと見るべきだろう。そうブラニアは思った。
「奴らがどこにいったかわからないか」
無駄だと知りつつも聞かずにいられなかった。もちろん答えはない。
ため息をつきつつ、こんなことならもっと早くに始末をつければよかったのだ。と後悔した。あいつはたしかに俺の指示を無視して単独行動をした。その軽率な行動は問題だが、それにしてもこのように殺されなければならないほど悪いことをしたわけではあるまいに。
「この仇はきっととってやるからな」
ブラニアはタガリアの遺体に向かって呟やいた。その時、タガリアの足元に小さな銀のメダルを見つけた。
拾い上げて眺める。なんの彫り物もない薄汚れたメダルだが、なぜこんなところに?タガリア二等兵の持ち物なのか?
「おい、これを遺品の中に入れておけ。他の私物と一緒に遺族にお返しせんといかんからな」
そう言ってそばにいた部下にそのメダルを手渡した。
その頃、ジルたちはすでにリストリアの森の西側を抜けて、平原地帯に出ていた。
「よっしゃ!脱出成功」
ライラが両腕を高く上げて大声を発する。
「まだリストリアを抜けただけです。ジルの故郷はまだまだ先ですわ」テレナが冷たく切り返す。「この平原の先にペダンの町があります。せめてそこまで行かないと気が抜けません」
「ペダンの町からリストリアまでそんな遠くなかったはずじゃが。町の影も形も見えやせんな」
ミシウムが平原の向こうを見ながらテレナに問いかける。
「あの時は馬車がありましたから。歩いて行くとなると、どれくらいかかるかわかりませんわ」
「そうか、馬車だったっけか」とライラ。旅の途中で手に入れた馬車がどれだけ重宝したかということを無くしてから、はじめて実感する。
「だったらペダンまで、また竜を呼んでピューって飛んで行っちまおうぜ」
ライラの提案をテレナとミシウムの二人が反対する。
「わしはもう勘弁じゃ。あんなものに乗るくらいなら何日かかっても歩いた方がマシじゃ」
「今回だけと言ったではありませんか。そんなにあの子をこき使わないでください」
ミシウムとテレナの言葉に「わかったよ」と返事をする。
「ところでジルはいったいどこですか?」
テレナの問いかけに周囲を見回す二人。はたしてジルは一人平原を歩いていた。森の出口で三人が話し込んでいる間に黙々と歩いていたのか、かなり先を進んでいた。
「あの野郎。勝手な行動取りやがって」
「お前さんがもう少し優しくしてやったらよかったんじゃないか?」
ライラの怒りにミシウムがニヤニヤしながら反応する。
ライラはそれには応えず走ってジルの後を追う。
「ジルにとってはあれはショックだったのですね」
人を守るために勇者の誓約を結んだジルにとって、守る対象の人間が目の前で、しかも自分が好きな人が躊躇うことなく斬り殺した場面を見たのが辛かったのか、それ以降一言も話すことなく歩き続けてきた。
「ところでな、テレナ。ひとつ聞きたいことがあるんじゃが」
先を歩くジルを見つめていたテレナにミシウムが話しかけてきたので彼女が振り向いて「なんでしょうか」と応えた。
「わしは竜を呼び寄せることはできんからよく知らんのじゃが、召喚竜の魔法を使えるものは他のものが竜を呼び寄せたことがわかるというのは本当なのかな?」
突然のことに戸惑いながら
「……ええ、わかりますわ。正確には竜同士がお互いが呼ばれたということを知らせあいます。ですから、わたくしが竜を呼び寄せたことを他で召喚された竜がその主人に知らせるなんてこともあります……よ」
答えながら、テレナはまた考え込んだ。
リストリアの森に入るときに感じた違和感。あの時の召喚竜の変化はもしかしたら、どこかで誰かが竜を呼び寄せたことを自分に伝えてくれたのではないか?それは逆に言えば向こうの竜が自分を呼び寄せた主人にわたくしの存在を伝えてもいるということ。もし、それが王政府に雇われた魔法使いだったら、わたくしたちが戻ってきたことはすでにバレていたのでは……。
それならばあの兵士が森の中を歩いていた理由も説明がつく。武装した兵士が森の中を散歩していたとも思えない。
「……どうした?」
ミシウムの問いかけに我に返る。
「いえ、なんでもありませんわ」
とにかくこれからは不用意に竜を召喚するのは控えなければいけない。王政府に竜を召喚できる魔法使いがいるという前提で考えないと。そう考えをまとめた。
「おい、言いすぎたよ。悪かった。機嫌直してくれよ」
ジルに追いついたライラがその背中に向かって謝る。
「……」
だが、ジルは黙ったまままっすぐ歩く。
「なんだよ、こっちが頭を下げてるのにだんまりかよ。男らしくねえな」
ついにキレたライラが声を荒らげて怒りをぶつける。その声に反応してジルが立ち止まりライラの方を振り向いて睨みつける。
「……なんだよ」とライラ。
彼女に向かって言いたいことは山のようにある。自分のことをどう思っているのか。魔王との最終決戦で彼女に言った告白の答えはいまだに得られていない。まるでそんなことなどなかったように振る舞っている。こちらはそれで眠れないくらいやきもきしているというのに。男らしくないなんて、男だと思ってくれているのかよ。
それにさっきのこともそうだ。自分が魔族の正体を知った後でも躊躇いなく彼らを殺せたなんて勝手に決めつけられて。正体がわかったときはもう自分は魔族と戦えないのではないかと思ったくらいなのに。それを克服するまでにどれだけの葛藤があったか知ろうともしないで。
「ライラは魔族の正体がわかったときでも躊躇わずに殺せたの?」
やっとそれだけ口に出せた。
「……当たり前だろ」いくらか間があってライラが答えた。「殺さなかったら、あたしたちが殺されるんだ。躊躇う理由なんてないだろう。さっきだってそうだ。そして、これからだってな」
そう一気に言い切った。
「……僕はやっぱり人間は殺せない」ジルはうつむいて言った。「僕はこの世界の人々を守る勇者になるように教えられて生きてきた。だから、リストリア城が魔族の集団に襲われたときだって彼らと一緒になって戦ったんだ。……結局、守りきれずにたくさんの兵士を見殺しにしちゃったけど」
「そんなことくらい、あたしだって同じだよ」目を伏せてるジルを見下ろしながらライラも答える。「お前、もし魔族の正体が人間だったら同じように殺せたのか?」
ライラの問いかけにジルが顔を上げる。
「……そ、それは」
「ジルは一度魔族になったらもう二度と元に戻ることはできないから殺せたって言ったよな。魔王を倒した今、魔族になってた奴らは元に戻らずにおそらく死んじまったんだろうな。人間が魔族になってもそれは一緒だろう。そうだとしたらお前は魔族になった人間を守るのかそれとも、魔族にならなかった人間を守ったのか?」
その言葉にジルは答えを言いよどんだ。
「結局、お前は自分と同じ“人間”だけが大事なんだよ」
「そうじゃない!」
「なにが、そうじゃないんだ?」
「もうその辺にしてあげたらいかがかしら、ライラさん」後から追いかけてきたテレナがライラを諫める。「あまりいじめてはかわいそうではありませんか」
テレナの言葉に「フン」とぞんざいにそっぽを向く。
「……ライラだって人間じゃないか」
やっと言葉を見つけたジルがライラに向かって答えを返す。だが、
「あたしは人間がどうとか関係ない。あたしは、あたしとあたしの手の届く範囲のものを守れればそれでいい。それがあたしが戦士になった理由だ」そうジルに向かって言った。「だから、人間が敵なら人間を殺す。あたしが守りたい人を守るためならな」
「……それが僕でも?」
ジルの必死の問いかけに
「ああ、そうだ」
とだけライラは答えた。
「あの……ひとつ伺いたいのですが?」テレナが手を挙げて割って入った。「その『僕でも』とは『敵』の意味ですの?『守りたい人』ですか?」
二人してテレナを見つめながら
「『敵』の意味だよ」とジルが答え、ライラが
「両方だよ」と答えた。
「……え?」
ジルが予想外の答えに面食らう。
「あたしはジルとはじめて会って一緒に魔族と戦うと決めたときから、こいつを守ることに決めてた。その時の敵が魔族だったから魔族と戦って殺した。だから、こいつを脅かす敵が“人間”だったら人間と戦う」そしてジルの方を向いて「だけど、こいつがその邪魔をするならあたしは容赦しない。ジルを殴り倒してでもあたしは敵を倒す」
言い終わったライラに突然ジルが飛び掛かって抱きつく。
「ありがとう!ライラ」
その勢いにバランスを崩して二人して倒れる。
「なんだよ!何のつもりだ?」
自分の上に乗っかったジルをようやっとのおもいで引き離す。
「ライラがそこまで僕のことを思っててくれてるなんて思わなかったから、うれしくて。ありがとう僕、君のことを誤解してたよ」
満面の笑みを浮かべて再びライラに抱きつく。
「離れろバカ。お前、人の話を聞いてたのかよ」
さらに蹴りを入れて強引に引き剥がすが、それでもしつこくジルは抱きつきにかかる。
「おい、いったいなにをやっとるんじゃ?」
二人のやりとりを見つめていたテレナに向かって、後から追いついたミシウムが問いかけた。
「あら、残念。ちょっとした小芝居がちょうど今、終わったところですわ」
テレナはそれまでの二人のやりとりを遅れてきたミシウムに話した。
「なんじゃ。つまりジルを殺すことだってあるぞっちゅうことじゃないか。あいつ、わかっとるのか?」
「わかってないでしょうね」
テレナは二人を微笑みながら見つめていた。
「……きっと頭が悪いんでしょう」
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